過去に犯してしまった性犯罪
僕は高校生のときに、学校から帰るときに小学3年生くらいの女子に声をかけて、胸や股間などを触ってしまいました。抵抗がなく、簡単に出来てしまった僕は、休日に近くの公園に遊びに来た女子小学生に声をかけ、また胸や股間などを触ってしまいました。その後、後悔と罪悪感に見舞われ、自己嫌悪がして、自首しようと思い、法律事務所に電話しましたが、場所が遠かったので結局行けませんでした。なので、自分で深く反省して罪悪感を背負って生きていくことにしましたが、どこか罪悪感から解放されたいという自分がいて、更に自己嫌悪がします。被害者の女子小学生には小さい頃からトラウマを植え付けてしまい本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。見守って下さってるご先祖様や仏様、そして家族や友人、被害者の親にも申し訳ない気持ちでいっぱいです。今後罪を一生背負っていくことは当たり前ですが、どうか罪を軽くする方法はないのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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できる善きことを周りに返してみてください
初めまして、お早う御座います。
人は生きていく中で、気が付かずに犯してしまう過ちと、気が付ていても犯してしまう過ちが御座います。その過ちに気が付いて反省をすることは懺悔に繋がると私は思っています。
どんなに悪いことをした人でも、だれにでも仏心があります。育った生活環境など原因となる出来事もプラスされその悪きことをしてしまったはずです。何か原因がなければ物事は起こりません。性欲などあって当たり前の事ですが、欲や我がの”我”と上手に付き合って行くことが大切です。とらわれてしまったり、間違えた方法でその欲を得ようとすることは身を滅ぼしてしまうのです。
女性や弱いひとに対して、労り守って行くことは性別や人種問わず男性の役目でもあります。
時として、女性は身体だけでなく心までも深い傷を負ってしまいます。とても大切な気づきを与えて頂いたのです。良く、私は懺悔をしたいと言われその際に、蜜厳院発露懺悔文(みつごんいんほつろさんげ)と言う教文を教えております。真言宗、高野が荒れていた時に、覚鑁様と言う僧侶が書いた懺悔文です。これはお坊さんの懺悔文ですが一般の方にも当てはまる事も多いと思いお伝えをしています。
それと一緒に、出来る善きことを周りにお返しをさせて頂くことが過ちに対しての”お返し”だと思います。得を積む事やご恩返しもこれに当てはまると思っております。
何よりも気づきを与えていただいたのです。しっかりとその事を忘れずに日々をお過ごしになって頂きたいです。
合掌
質問者からのお礼
永寛様
コメント読みました。ありがとうございます。女性を深く傷つけてしまったことを何より深く反省し、出来る限りのことを周りにお返しして、仏様やご先祖様、そして自分の仏心に感謝のお気持ちをお返しします。二度と同じ過ちを繰り返さないようにします。本当に、本当にありがとうございました。
「自分の仏心に感謝」は取り消しでお願いします。理由は性犯罪を犯した自分に感謝できないからです。被害者の心の傷は消えません。突然知らない人に体を触られるのは本当に怖かったと思います。それを僕はやってしまいました。本当に申し訳ございませんでした。反省の文を書くよりも、行動で罪を償った方が良いと思ったので、当たり前ですが募金を毎日やります。
「当たり前ですが募金を毎日やります。」と書きましたが、毎日やってませんでした。募金は近くのコンビニでたまにやったりするほどです。嘘ついて本当にごめんなさい。こんな自分が嫌になります。相談を回答してくださった方にまで迷惑かけて、本当にごめんなさい。