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老後までの数十年

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有り難し有り難し 3

新たに資格取得し転職してもワーキングプアなままかわりません。
このまま老後まですぎてくのかと思うとやりきれません。
ずっと一人のまま楽しみも何もない。
ワーキングプアでは老後の見通し以前に海外旅行もいけません。
毎月すべて生活費にきえてくだけです。
50代になってから医学部入るとかいう人いますけど調べたら元々東大卒でそれだけの能力がある人です。低学力で50代で医学部には入れません。
それに世の中何するにも金がかかります。習い事もどこかにいくにもかかります。資格も大学で単位取得しないと受験資格ないものは授業料払えないととれません。今後も授業料払える給与はえられません。
自給自足でもできればいいですが畑仕事は嫌いなのでできません。
何をするにも遅くないというけど遅いことだらけ、できない事だらけで何かする気がおきません。やったってどうせ何もかわらないというのが現実。
このままワーキングプアでしなない程度に生きてくしかないなと。

2020年1月27日 19:17

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

思考を変えて見ませんか?

初めまして、お早う御座います。

先々の不安・・誰もが抱いている事ですが、まだ起こっていない出来事を考えればそれが不安にも悩みにも、時として恐怖にもなってしまいます。

心のとらわれてしまって、その出来事に占拠されてしまうのです。人生と言う冒険旅行はたった一度しかありません。その人生は、過去でなく、明日でもない・・この今と言う瞬間を生かされています。私も様々な過去があり、負けそうに何度もなりました。こうだから・・と言う気持ちでいると、不思議とそうなってしまいますが・・・善きことを想い行動をすると、不思議とそのようになりました。

ちょっとの勇気と、努力でいくらでも人生も運命も変えられます。でも、決して結果をすぐに求めたり、いそいでしまわないように。そして、一つだけ言えることがございます。”頑張らず、ほどほど”です。頑張っているから周りも、自分自身も見えなくなります。集中しすぎてのめり込むと・・・大切なものを失ってしまいます。今でも、好かれる経営者として、ソニーの初代社長さま、パナソニックの社長さまに次いで、本田技研工業の亡き本田宗一郎さまが今もなお人気が御座います。かなりの苦労をされた方です。彼はそして、40代で遅咲きと言われるHONDAを創立しました。年齢や学歴よりも、こうしたい!と思っている事に対して行動をしなければ、結果が現れません。ちょっとの勇気と、努力で、未来が変わり開けます。夢も希望も捨てない限りは逃げて行きません。

私も、45歳でサラリーマンから出家をしてお坊さんの夢を叶えました。やれば大抵のことは出来るんです。

人生と言う冒険旅行はいくらでも好きに描くことができます。コツコツと、焦らないであなたのペースで。あなたにはあなたの良さが必ずあります。大きな目標に一気に行かず、小さな目標をクリアしながら夢に向かって行って見てください。

時が移り行くように、苦しみや辛さは留まらず、動き出します。

あなたらしく人生と言う冒険旅行を仕合せに歩めますように。

合掌

2020年1月28日 7:30
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有り難し
おきもち


永寛
皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、...
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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
努力でどうにかなるのは学校の成績だけです、世の中にでたら努力してどうにかなる事のほうが少ないから皆諦めおりあいをつけます。努力でどうにかなるならとうにやってます。何するにも金かかる、これが現実でかわることはありません。必ずしも努力でどうにかなるわけではありません。
僧侶になるのは修行も必要ですが大学で仏教学ぶなら学費が必要です。
金がないとどうにもならない世の中では諦めて仕方なし生きてくしかありません。と、同時に年数たつにつれやる気もうせもう何をする気もおきなくなります。そういう状況になったことないから、努力でどうにかなるなんていえるんかと。最底辺にいたらもうムリです。もう少しプラスになる回答して頂きたかったです。

「老い・老後」問答一覧

老苦、死苦は未来人にも通用するか?

こんにちは。こちらは私の知的好奇心からの質問になります。少しSFチックになってしまうのですが、このような疑問を他にどこでぶつけていいかわからず、ここに投稿させて頂きました。 近代、人類は科学技術を大幅に発展させています。近未来の人類には、「不老不死」の可能性があると考えられます。 ある研究では、若いマウスの細胞を老いたマウスのものと接続したところ、老マウスの体に一定の若返りが見られたとの結果が出たそうです。 また、AI技術の発達により、故人の人格を「再出現」させる実験も一定の成功を収めたように思います。例えば、AI手塚治虫が描く新作漫画や、AIレンブラントが描く新作油画が発表されました。 私はその道に明るくないので確かなことは言えないのですが、今後の人類の未来に「不老不死」の選択肢が出現することは大いに考えられるものだと思います。細胞技術で、老いない体を手に入れるかも知れませんし、AIに自分の人格を託して、機械の体で生き延びるかも知れません。 そこで疑問に思うのが、「お釈迦様の説かれた老苦・死苦は未来人にも通用するのか」ということです。四苦八苦というと、お釈迦様が定義された、人間誰しも被る苦しみのように思います。 しかし、「老」と「死」に大変革がもたらされつつある今、老苦・死苦の未来についてhasunohaのお坊様方は思うところはお有りでしょうか? 未来人に老苦・死苦を免れる可能性はあるのでしょうか。それとも、お釈迦様の説かれた普遍の真理の通り、いつの時代でも人間は老苦・死苦からは逃れられないのでしょうか。 (誤解などありましたら未熟な私をお許し下さい。)

有り難し有り難し 16
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天涯孤独な老後が心配、死後両親と会える?

天涯孤独な老後が心配です。 心を許せる友人も恋人もいません。そしてなにより、両親が大好きです。 結婚はおろか付き合いたいと思ったことすらありませんが、いずれ結婚して子供を産んで、と漠然と思っていました。 しかし出会いもなくネットやアプリは怖い、となれば今更結婚できる気も、体調的に子供を産める気もしません。 また、大好きな両親がいなくなってしまった時のことを考えると昼は何も手につかず夜も眠れないほど辛いです。 辛い時に支えてくれる人もなく誰にも頼ることのできない、天涯孤独の老後が心配で仕方ありません。 両親は私の心の支えです。 特に母は面白く明るい性格のため、母がいるとその場が明るくなります。太陽のような存在です。同じゲームもしています。 母がいない部屋がどれだけ静かになってしまうのか、想像しただけで寂しいです。 また両親に結婚相手を紹介したり孫に会うという世間一般での普通の経験をさせてあげられないことが申し訳ないです。 今のところ老後の支えは、死後両親に会って今のように楽しく過ごしたい、ということだけです。 死後なので過ごす、という表現は違うかもしれませんが、両親にお迎えされ同じ場所へ行き一緒にいたいのです。 そこでお尋ねしたいことは、 1、死後両親と再会し共にいられますか? 恐らく私は孤独死してしまうと思うのですが、それでも両親に会って一緒にいられるでしょうか? 2、色々調べている中で未練があると成仏できないとありましたが、もし両親か私がお互いが心配で成仏できていなかった場合、私の死後両親と会って共に成仏?再会し一緒にいられるでしょうか? 3、もし両親や私が認知症になってしまって生前お互いを認知できなくなってしまっていた場合、死後お互いを認知できますか?両親と再会し一緒にいられますか? 私はとにかく死後も大好きな両親と一緒にいたい、それだけです。 会える、一緒にいられるのなら天涯孤独で寂しくてもそれを楽しみに生きていけるような気がします。 若いうちから今後や老後の心配して今を楽しめていない自分も辛く、勝手にうつになりそうです。 どうか今の私を救ってください。よろしくお願いいたします。

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歳を重ねることへの不安があります

久しぶりに相談させて頂きます。 私は30代前半の女性ですが、歳を重ねることに恐怖や不安ばかり感じます。 きっかけは、自分の体型に関することでした。 30歳になって半年経った頃から、明らかに太りやすくなったのです。 私は甘い物を食べる事が大好きで、今まではどれだけ食べても普通体型でいられたのに、運動しても食べる物に気をつけても中々痩せず、ひたすらダイエット食品とサプリを買い漁りました。 体型が変わっていくことが耐えられず、定期的に断食する日を作る始末で、今でもそれは変わっていません。 これは歳をとったのだから仕方のないことだと頭では分かるのですが、中々その事を気持ちの上で受け入れられないのです。 相談したいのはここからです。 30代になってすぐにこれで、これから先歳を重ねてもっと色々と変化を迎えるにあたり、どのような心構えをしておくべきかアドバイスを頂きたいのです。 身近な人には言えませんが、体型が維持できないというだけで、時には死にたいとまで思ってしまい、このままさらに歳を重ねることに不安が絶えません。 変化を受け入れるには、どのような考え方をすればいいのでしょうか。

有り難し有り難し 7
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五十代からの老病死のとらえかた

こちらではいつもお世話になっております。五十代半ばの男性です。ここ何年か題名の通り、老病死を強く意識するようになりました。それまでは頭にはあったもののほとんど気にしないで生きて来ました。 (老)に関しては、平均寿命から残り何年いきられるか?とか実感するようになったり、いつの間にか回りやテレビで活躍する人達がみんな年下で、二回りも下もいたり。またあと数年で還暦というと愕然とします。なにもできないまま年だけとったように、そんなはずではなかったのに等と考えてしまいます。ケアはするようにしていますが体力も目に見えて衰えて来ました。白髪も増え、目も悪くなって来ました。 (病)(死)に関しては今のところ大きな健康問題はないのですが、両親を内臓系の悪性腫瘍で亡くしているので、毎年の人間ドックが異常に不安です。食生活に気を配り、毎日ウォーキングをしたり等てできる限りの事はしていますが、両親の闘病から亡くなるまでのつらい経験が恐怖を増しているのかもしれません。 老病死という誰もが避けられない苦が急に身近というか、現実見をおびてきた感じでしょうか。 普通に結婚して子供に恵まれ、企業の管理職として並みの生活、人生なのかもしれません。ただなぜか急に老病死が受け入れ難いのです。 これからの余生の心構えについて是非アドバイスを頂けますと深甚に存じます。

有り難し有り難し 22
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老化ですか?

社会人もうすぐ10年目になりますが、最近物事に興味がわきません。 私は小さい頃からアニメやゲームが好きで、学生時代は寝食を忘れるほど熱中していました。 また、なんでもない景色や人の発言から空想したり、イラストを描くことも好きでした。 自分が空想の世界に惹かれ、世間知らずなところがあると思っていたので、就職が決まったときは「これからは地に足をつけた社会人になりたい」という気持ちがありました。 今の仕事は感情労働特有のしんどさこそありますが、ブラックな労働環境でもなく人間関係も悪くありません。 楽しいこともあるし、勉強になることもあります。 ただ、社会に出る前に感じていたような好奇心とかワクワク感とか想像力とか、そういう生きてる感覚が最近あまり感じられません。 好きだったゲームやアニメにも惰性的に触れている状態になってしまっています。 仕事や生活といった現実的なことで頭がいっぱいで、空想する元気がありません。 かといって新しい趣味も見付からず、最近は何を食べたいのかもよく分からなくなってきました。 時折無性に寂しさや焦りのようなものを感じます。 これらの気持ちとの付き合い方のようなものがあれば、ご教示いただけますと幸いです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 35
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