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「老い・老後」問答(Q&A)一覧

2023/09/23

老いること衰えることが怖くて生きたくない

私の長所は努力できることです。 昨日より今日、今日より明日、良い自分になりたくて様々な面で努力してきました。勉強も仕事も美容も、目標を設定し、達成するまでの方法を考え、いくつもの目標を達成してきました。 目標に向かって努力する自分が好きですし、達成感は人生の喜びでした。 しかし、40代になってからうまくいきません。脳や体、肌や髪の毛などがどんどん衰えてきます。仕事はデスクワークですが、目や脳の衰えから以前より効率が落ちてきました。気力もどんどんなくなり、何をしても疲れやすくつまらないです。 やりたいことはやってきましたし、目標や夢もかなったので、今現在やりたいことが特にありません。 そしてこれから脳や体がどんどん衰え、がんばることもできない、努力によって磨いてきた女性としての美しさも失われていくことにむなしさを感じています。 肌がしわしわになり、白髪になり、髪もぱさぱさになり、記憶力も体力もどんどん衰えていく。 「昨日より今日、今日より明日、良い自分になりたくて様々な面で努力」することが楽しかった私には苦痛の日々です。今まで楽しかったことや達成感を得たことがたくさんありました。そんな楽しい日々はもう来ないでしょう。 はっきり言って、老いることでよくなることは本当に少ない気がしています。どんどんダメになるくらいなら人生終わった方がましです。 これからどんどん衰えていく自分をどうとらえ、何を目指して生きていけばいいでしょうか。自分勝手な悩みではありますが、日々真剣に悩んでいますので、助言をいただければ幸いです。

有り難し有り難し 30
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2023/09/04

老い・死が本当に怖い

老いること、死ぬことが本当に怖いです。 言葉にしにくいことが多く、複雑かもしれませんごめんなさい。 老いについて ふと寝る前や、勉強中に、自分の将来を考えてしまい、年老いたことを考えると辛い気持ちになります。言葉では表現しにくいのですが、先行き見えない不安感などが強くて、将来どうしているか、社会がどうなっているかなどを考えるのが怖く、特に両親や祖父母のことを考えると余計に辛くなります。今まで過ごして来た時間、これから過ごすわからない時間を考えると言いようのない恐怖と無力感に苛まれ、どうしようもなくなります。対処法を教えていただきたいです。 死について 死ぬのが怖いです。自分が死ぬ時、周りにいる人のことを考えたり、死んだ後の自分の体、意識のことを考えた時、どうしても怖くなります。自分のこの世界が「無くなる」ことを考えると、本当に恐ろしく眠れません。自分がこうやって質問しているように、なんでもない1日がなくなり、目が覚めないとはどういうことなのか、2度とこの世界に帰れないとはどういうことなのかものすごく怖いです。漫画の世界のように、脳みそだけが夢を見続けるような、そんな世界ならまだいいと思ってしまい、今の世界が無くなり、自分が認知できなくなることが怖いです。 自分が歳をとって行くこと、弱って行くこと、そして死んでいくこと。何もわからないからこそすごく恐ろしく、辛いです。自分の将来を考えることも、今日したことを振り返るのも辛く、もうどうすればいいかわからないです。曖昧な質問で悪いのですが答えていただきたいです。それから、10代でこの疑問に苦しめられてるから、今後の将来、もっと苦しむのではないか、と思ってしまいます。その対処法も教えていただきたいです。

有り難し有り難し 3
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2023/06/03

年を取るのが怖いです

最近 年を取るのが怖いです。 私は、まだ十分に若いと言う年齢ですが、もう既に怖いです。 子供時代は、早く大人になりたいとか、早く30歳になりたいとか、早く60歳になりたい、80歳になりたいなど早く年を取りたかったです。でも最近は、年を取ることにとても恐怖を感じていて、毎日その事を考えてしまいます。 10代の頃は、早く30歳になりたいとか、オーストリア皇帝カール1世の享年を越えたいなど思う気持ちがありました。 私が年をとることが怖い理由は、今の自分が変わってしまうかもいう恐怖です。その事を毎日考えています。とても苦しいです。誰でも年はとるものということは分かっているが、それでも怖いです。 年を取るってメリットないのですか? 私の好きなオーストリア皇帝カール1世の年齢を思い出します。カール1世は1922年に34歳という若さで亡くなりました。カール1世は、亡くなった後は年を取らなかったのですか? 過去を忘れられないことも苦しいです。周りの人は過去のことを忘れて、前に向かって歩いているのに…過去のことをいまだに引きずっている自分がなんか嫌悪感を感じます。 過去は忘れること、過去をやり直すことも出来ないことも分かっていますが、過去を忘れたくても、成功している人や、キラキラしている人を見ると、過去の失敗が思い出されます。また過去の失敗など考えます。過去を忘れたくても忘れられないです。過去を忘れて、前に向かっているが羨ましいです。 過去を忘れられないことで、母親とも険悪感になりました。 年を取る恐怖と、過去を忘れられないことが一番の今の自分にとっては苦しいです。 オーストリア皇帝カール1世は、亡くなった後も年を取らないのですか? つまりカール1世は34歳のままですか?

有り難し有り難し 2
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2023/05/23

若さを無駄にするのが怖いです

率直な悩みで大変お恥ずかしいのですが、私は何もせずに若さを失うことへの恐怖があります。 若いっていいね・羨ましい・大事にしてねなど今までいろんな大人に言われて間に受けたり、InstagramやSNSで、思う存分お洒落や旅行、遊びを楽しんでいる人たちや、同い年なのに外国語が話せたりダンスができたりといった、能力や技術が優れている人を毎日のように見て、いつか若い状態はなくなってしまうから、やりたいことがあるなら今やらなきゃ、って、それが強迫観念のようになってしまいました。 何歳までにこの実績を積まなければ、資格を取ったり英語を話せるようにならなければ、〇〇ができるのは何歳までだから今やらなければ、可愛い服を着られるのは若いうちしかできない、など、上げたらキリがないです。 目標が高すぎて、そして多すぎて、頑張ろうとすると思考停止・無気力になってしまい辛いです。 そしていくらこうなりたいと思ってもそこに到達するまでには時間がかかると思います。それでも執着してしまいます。この執着は意味のないものでしょうか。もしそうだとしたら手放して、毎日をもっと気楽に生きたいです。 幼稚で未熟な質問ですみません。

有り難し有り難し 8
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2023/03/06

老いること

先日50才になりました。歳を重ねる事は素晴らしい事だ。と考えている私です。子供も成長し寂しくなり体も不調が出てきて不安ですが、気持ちを切り替え「歳を重ねる事は恥かしくもなく素晴らしい事」と考えるようにしようと思っていました。 先程、父親(81才)と話しをしていたら「今月の連休にでも遊びに行こうかなあと思ってる。これが最後だと考えて行く。」と。この一言で私凄く心が寂しくなりました。悲しくなりました。50才にもなってお恥ずかしいですが泣きそうになるくらい寂しくなりました。当たり前の事なんです。母も脳梗塞になり早4年。運良く早期発見だったので後遺症もなく元気です。が年齢も年齢他の病気にもかかり私の家まで来るのは年老いた2人にしたら大変でしょう。分かるのですが、「これが最後」との言葉が…それと同時に年老いていく悲しさ。私は素晴らしい事と考えていましたが自分の事ではなくなると、年老いていく事の寂しさ悲しさ。人間歳をとることは一体どういう事?耳も聞こえなくなる。足腰も弱くなる。体は衰えていく。これの何処が素晴らしいの?悲しくないの?分からなくなってきました。寿命があるのは分かるんですよ。でも年老いる意味を教えてほしいです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 14
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2023/02/20

高齢者が嫌いになる

今、介護施設で働いてます。働き始めた頃はそうでもなかったのですが、最近では高齢者にわがままで憎らしいような怒りの感情を抱いてしまいます。本来福祉を提供する立場は対等であるはずですが、施設の高齢者は家族から離れた寂しさ故に、理不尽な要求を続ける方が多く私は奴隷か何かに思われてるのではと否定的な気持ちが抑えられません。また私がそうやって必死に自分を抑えて仕事をすればするほど、何でも我慢できる職員と勘違いするのか、さらに要求がエスカレートします。トイレに行った数分後にトイレが出ると言い連れて行ったものの何もせず早く寝せてよと言うとか。ご飯を介助で食べる方が職員を好き嫌いで判断して私の時は口すら開けてくれないとか。こんな一部では収まらない程日々の訴えに対応してます。これはもしかしたら相手の立場で考えたら何か理由があるのかもしれないが、高齢者だし、人の気持ちがわからないのかもしれないし自分のことさえ良ければいいとか考えてるのでは?と不信な心が育ってます。それが高齢者というものであってもこんな不信感にさいなまれて仕事行くので、相手と関わりたくもなくなるし、最低限の仕事をこなせばいいと思うのですが、そんなこちらの苦悩なんてわかるはずもないので、いつもの様にわがままを繰り返します。この怒りや不信感はどこに持っていけばいいのかわからないです。私自身、お婆ちゃんと一緒に住んでいたとか、前からお年寄りが好きとかいうたいした動機もなく夜間福祉大学の実習で言った職場に就職したしこんな気持ちでいるならこの先も仕事は上手くいかないだろうと思います。大学自体も親の勧めでした。この状況なら離れた方がお互いのためですよね。もちろん、それを見てくださり、あなたのお世話は嬉しいよとか、大変ねとか言ってくださるほんのひと握りの優しい高齢者もいます。ただ8割が人の気持ちも知らずあれしてこれしてよという人ばかりです。寂しい、死の恐怖がある、人に縋りつきたいを理解したいと言う気持ちもあるが、それは相手の気持ちでありそれをわがままに代えてこちらを振り回すのは違うのではと一人モヤモヤしてて、最近はあまり寝ることもできません。

有り難し有り難し 7
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2022/12/10

母親の老いが怖いです

こんにちは、お縋りさせてください。 私は37歳で、母は77歳です。 父は私が20代に亡くなりました。 一人っ子です。 生前、父はアルコール依存症を患っており、父だけでなく、母も私も苦しみました。 家族三人で父の病を受け入れ、お酒をのんだらいけんから、とやっと笑い話にできるようになったのは、父が死ぬ一年前でした。 それまで、母と私は父の病に怯えて、ずっと励まし合い続け、父が死んだ事も二人で乗り越えました。 父が亡くなった後、四十九日頃、当時の上司に「もう立ち直ったでしょう」と言われて、普通の人はそれくらいで立ち直るものなのか、と驚いた記憶があります。 こんな苦しみがあるものか、人が受けて良いつらさじゃ無い、と思いながら過ごしてきました。 結婚し、子どもも授かりましたが、なぜか、母とのように深く思えません。 どこか「いずれ離れる人」という気持ちがあります。母が死んだら一人になってしまう、という気持ちが強いです。 母の死が怖いです。 また、あの苦しみを味会わなければならないのか、そのときはたった一人で……と思うと恐ろしくてなりません。 母が老いていくのも怖いですが、どうか健やかにたのしく生きていて欲しい、と思うあまり、母の「耳が聞こえなかったのをごまかしてトラブルになる」「なんとかして私の助けになりたいと空回りして迷惑をかける」というような、老いを隠そうとする姿が辛いです。怒ってしまうこともあります。 母は母で、必死なのだと思います。 どうやったら、すこやかにみんなたのしく、未来を楽しみに生きる事ができるのだろうかとそればかり考えてしまいます。 泣きながらタイプしているので、読みづらい部分があると思いますが、どうか教お許しください。

有り難し有り難し 4
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2021/12/16

年を重ねる

今私は、夢もあって若いのですが、自分がお年寄りになったときというのが全く想像がつきません。 でも、もしその時が来たら自分のおばあちゃんみたいな感じになりたいです。 ですが、不安もあります。 人生、若い時のほうが成長できるし、夢もあって楽しいと思います。 年を取ると、経験の分だけいろいろなことが分かるようになると思います。だけど、若い人たちとは、時代が違うので通じにくい部分も出てくると思います 友達とかもなくなったりして、さみしいなと思います。 介護されながらも祖父は長生きしましたが、やはり今思うと寂しかったかなと思います。無口な人でしたが、もっと話をしたかったと後悔してます。 年配の方の気持ちを考えたときに、介護とかはされたくないものだと思います。できれば老人ホームもデイサービスも行きたくないのではと思います 年配の女性と話した時に、デイサービスの入浴が嫌だと言っていました。その方は元気なで畑もやっている方です。塗り絵を退屈そうにしてました。 私は祖父母の介護に携わってはいなかったのですが、やはりいないと寂しいです でも自分がそうなったときには家族に迷惑をかけていると思ってしまうと思います。 年を取るって、総合的にみてもさみしいなあって思ってしまいました。 人生って何なんだろうって思いました。 中学のころの親友は別人みたいになってしまうし、会ってもあの頃のように楽しくないです 人生を通して変わらないものって何だろうと思いました 自分も変わったのかもしれません。 別れがあるから余計にさみしいです 誰もいなくなってほしくないです、変わってほしくないと思ってしまいます

有り難し有り難し 11
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2021/10/02

老苦、死苦は未来人にも通用するか?

こんにちは。こちらは私の知的好奇心からの質問になります。少しSFチックになってしまうのですが、このような疑問を他にどこでぶつけていいかわからず、ここに投稿させて頂きました。 近代、人類は科学技術を大幅に発展させています。近未来の人類には、「不老不死」の可能性があると考えられます。 ある研究では、若いマウスの細胞を老いたマウスのものと接続したところ、老マウスの体に一定の若返りが見られたとの結果が出たそうです。 また、AI技術の発達により、故人の人格を「再出現」させる実験も一定の成功を収めたように思います。例えば、AI手塚治虫が描く新作漫画や、AIレンブラントが描く新作油画が発表されました。 私はその道に明るくないので確かなことは言えないのですが、今後の人類の未来に「不老不死」の選択肢が出現することは大いに考えられるものだと思います。細胞技術で、老いない体を手に入れるかも知れませんし、AIに自分の人格を託して、機械の体で生き延びるかも知れません。 そこで疑問に思うのが、「お釈迦様の説かれた老苦・死苦は未来人にも通用するのか」ということです。四苦八苦というと、お釈迦様が定義された、人間誰しも被る苦しみのように思います。 しかし、「老」と「死」に大変革がもたらされつつある今、老苦・死苦の未来についてhasunohaのお坊様方は思うところはお有りでしょうか? 未来人に老苦・死苦を免れる可能性はあるのでしょうか。それとも、お釈迦様の説かれた普遍の真理の通り、いつの時代でも人間は老苦・死苦からは逃れられないのでしょうか。 (誤解などありましたら未熟な私をお許し下さい。)

有り難し有り難し 20
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2021/09/06

天涯孤独な老後が心配、死後両親と会える?

天涯孤独な老後が心配です。 心を許せる友人も恋人もいません。そしてなにより、両親が大好きです。 結婚はおろか付き合いたいと思ったことすらありませんが、いずれ結婚して子供を産んで、と漠然と思っていました。 しかし出会いもなくネットやアプリは怖い、となれば今更結婚できる気も、体調的に子供を産める気もしません。 また、大好きな両親がいなくなってしまった時のことを考えると昼は何も手につかず夜も眠れないほど辛いです。 辛い時に支えてくれる人もなく誰にも頼ることのできない、天涯孤独の老後が心配で仕方ありません。 両親は私の心の支えです。 特に母は面白く明るい性格のため、母がいるとその場が明るくなります。太陽のような存在です。同じゲームもしています。 母がいない部屋がどれだけ静かになってしまうのか、想像しただけで寂しいです。 また両親に結婚相手を紹介したり孫に会うという世間一般での普通の経験をさせてあげられないことが申し訳ないです。 今のところ老後の支えは、死後両親に会って今のように楽しく過ごしたい、ということだけです。 死後なので過ごす、という表現は違うかもしれませんが、両親にお迎えされ同じ場所へ行き一緒にいたいのです。 そこでお尋ねしたいことは、 1、死後両親と再会し共にいられますか? 恐らく私は孤独死してしまうと思うのですが、それでも両親に会って一緒にいられるでしょうか? 2、色々調べている中で未練があると成仏できないとありましたが、もし両親か私がお互いが心配で成仏できていなかった場合、私の死後両親と会って共に成仏?再会し一緒にいられるでしょうか? 3、もし両親や私が認知症になってしまって生前お互いを認知できなくなってしまっていた場合、死後お互いを認知できますか?両親と再会し一緒にいられますか? 私はとにかく死後も大好きな両親と一緒にいたい、それだけです。 会える、一緒にいられるのなら天涯孤独で寂しくてもそれを楽しみに生きていけるような気がします。 若いうちから今後や老後の心配して今を楽しめていない自分も辛く、勝手にうつになりそうです。 どうか今の私を救ってください。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 27
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歳を重ねることへの不安があります

久しぶりに相談させて頂きます。 私は30代前半の女性ですが、歳を重ねることに恐怖や不安ばかり感じます。 きっかけは、自分の体型に関することでした。 30歳になって半年経った頃から、明らかに太りやすくなったのです。 私は甘い物を食べる事が大好きで、今まではどれだけ食べても普通体型でいられたのに、運動しても食べる物に気をつけても中々痩せず、ひたすらダイエット食品とサプリを買い漁りました。 体型が変わっていくことが耐えられず、定期的に断食する日を作る始末で、今でもそれは変わっていません。 これは歳をとったのだから仕方のないことだと頭では分かるのですが、中々その事を気持ちの上で受け入れられないのです。 相談したいのはここからです。 30代になってすぐにこれで、これから先歳を重ねてもっと色々と変化を迎えるにあたり、どのような心構えをしておくべきかアドバイスを頂きたいのです。 身近な人には言えませんが、体型が維持できないというだけで、時には死にたいとまで思ってしまい、このままさらに歳を重ねることに不安が絶えません。 変化を受け入れるには、どのような考え方をすればいいのでしょうか。

有り難し有り難し 8
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五十代からの老病死のとらえかた

こちらではいつもお世話になっております。五十代半ばの男性です。ここ何年か題名の通り、老病死を強く意識するようになりました。それまでは頭にはあったもののほとんど気にしないで生きて来ました。 (老)に関しては、平均寿命から残り何年いきられるか?とか実感するようになったり、いつの間にか回りやテレビで活躍する人達がみんな年下で、二回りも下もいたり。またあと数年で還暦というと愕然とします。なにもできないまま年だけとったように、そんなはずではなかったのに等と考えてしまいます。ケアはするようにしていますが体力も目に見えて衰えて来ました。白髪も増え、目も悪くなって来ました。 (病)(死)に関しては今のところ大きな健康問題はないのですが、両親を内臓系の悪性腫瘍で亡くしているので、毎年の人間ドックが異常に不安です。食生活に気を配り、毎日ウォーキングをしたり等てできる限りの事はしていますが、両親の闘病から亡くなるまでのつらい経験が恐怖を増しているのかもしれません。 老病死という誰もが避けられない苦が急に身近というか、現実見をおびてきた感じでしょうか。 普通に結婚して子供に恵まれ、企業の管理職として並みの生活、人生なのかもしれません。ただなぜか急に老病死が受け入れ難いのです。 これからの余生の心構えについて是非アドバイスを頂けますと深甚に存じます。

有り難し有り難し 25
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