hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

死後の世界

回答数回答 2
有り難し有り難し 11

死後の世界では、私が産まれる前に亡くなった祖父や、亡くなった曾祖母や、御先祖様に会えるのでしょうか。
また、私の事知っている・覚えているのでしょうか。。。
ご回答よろしくお願いします。

2020年5月28日 15:47

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

まずは、現世での人生を精一杯つとめましょう。

河童さんが、おじいさんやひいおばあさん、ご先祖様を大切に思うお気持ちはとても尊いものですね。

私も母方の祖父とは会ったことがありません。母が中学生の頃に急死したからです。先代住職でもあった祖父は、多くの人に慕われていたようで、定時制高校で祖父が教鞭をとっていた頃に生徒だった方がたからよく思い出を語ってもらいました。

祖父は地域振興のために頑張っていたようで、私が地域おこし活動をしている中、祖父を知る方から祖父が考えていたことと私が実践していたことが似通っているととある方に伺ったことがあります。その時、会ったこともない祖父に、現世で会うことができたという感激に包まれたのを覚えています。以来、私は自分が亡くなった後に祖父と会い、私が実践してきたことをご報告するのが楽しみとなりました。

「人は生きてきたように死ぬ」「人は死後、生前行きたいと思っていた場所に赴く」という言葉があります。

私の宗派の教義的な説明では、「(生前であろうと死後であろうと)仏弟子となった者は、仏国土に赴き、そこでお釈迦さまに見守れながら生き死にを繰り返しながら仏道修行に励み、悟りを目指す」ということになりますので、祖父と出会う場や死後の目的をそのようにとらえています。

是非、機会を作って、御家族や御親族に河童さんのご先祖様についてお人柄などを聞いてみてください。そして、あちらの世界に行った際、現世において、精一杯ご自分の人生を送ったというご報告ができるよう、今できることを一生懸命にお努めいただきたいと思います。

2020年5月28日 16:30
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


東京都内広告制作会社にてプランナー職を経験後、大本山永平寺にて安居修行。曹...

不思議な世界ですね

死後の世界があるのなら、生まれてくる前の世界もあるとなります。
でも、それらの世界あまり解明されていません。
あるようでないようで、でも、世の中には、死後のこと、生まれてくる前のことを語る本もたくさんあります。
しかし、その仕組みは、私たちのこの世においては複雑なのか単純すぎるのか、いずれにしても、これだ!ということが証明できていません。でも、どのように捉えるは自由ですし、その解釈の仕方で、今を生きる価値観も変わってくることはたしかです。

さて、河童さんの思われる世界観はどのように捉えられているのか分かりませんが、私は死後の世界も生まれてくる前の世界も、次元の違いかと思います。次元が違えば、時間空間を超越すれば、祖父母もさらに祖祖父母さえも、この瞬間に存在すると思うのです。でもその実態はというと、それは分かりません。

経験上、言えることは、私たちは、魂と意識と肉体で成り立っていると思っていますから、死は肉体の変化のみあり、魂と意識は続いているのでしょう。ただ次元が変わるだけだと思います。又、魂と意識は超越している存在?ならば、その世界はその世界に通じていると思います。となれば死んでからでなくとも、今すでに亡くなった方にも会っているのかもしれませんね。
ちなみに、まだまだ勉強中ですから、参考程度に。

2020年5月28日 16:39
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。あの世に行った時にご先祖様などに報告できるように、精一杯現世での人生をつとめたいと思います!

鈴木海祥様ご回答ありがとうございます。
人生経験が多い方のお言葉はやっぱり心に響きます。
もう会っているのかと考えたら心が軽くなりました。 ありがとうございます!

「死後の世界・死んだらどうなる」問答一覧

あの世にしか私の味方がいない

以前旦那さんが亡くなってすぐに質問させていただきました。 あれから3ヵ月半経ちました。 たった3ヵ月半ですが、私はもう何十年生きたくらい、生きるのに疲れました。 旦那さんとお別れした当初は、これからは色んな人に助けてもらえると思っていました。 けれども今、誰にも自分の気持ちを話さず、1分1秒ごとにくる苦しみを1人で耐えている地獄のような毎日です。 歯を食いしばりすぎて、そろそろ顎が割れそうです。 両親には毎日夫婦のやり取りを見せられています。 ご飯の味が濃いか薄いか、私の息子が今日こんなことをした等、毎日小さなことをなんでもお互いに報告する姿を見せられています。 もう彼らにとっては日常で、芸能人の訃報がテレビで出れば、へー!死んじゃったんだ!と言われます。 お父さんとお母さんでベビーカー押してる人がいたよ!と言われます。 義理の家族には、百箇日の法要を勝手に私の誕生日に開催されました。 その時に、あなたの誕生日だから、よかったら来ない?家族のみでやろうと思ってるの!と言われました。 彼の家族は私と息子なはずなのにおまけです。 私の誕生日に彼は喪服を着て祈ってほしいと思っているようです。 また納得できないから、彼の健康診断の結果を見せてほしいと言われました。 妻の私の至らなさをあーだこーだ言われそうです。 それらを聞いても、私の両親は義理の家族に何も言いません。 むしろ返事をしない私が失礼をしたと、謝っています。 友達も最初は連絡してくるくせに、今はほとんど連絡してきません。 私に死なないでほしいと言います。 でも何も助けられなくてごめんと言われます。 彼を失っただけでも辛く悲しいのに、世界はさらに私を傷つけてきます。 味方は旦那さんだけだったと、つくづく思い知らされます。 もう生きるのが辛い。 息子を養護施設に置いてくる勇気さえあれば、すぐに死ねます。 息子の前では必死に笑っていますが、毎日何度も何度も死にたいと口にしてしまいそうです。 自殺する方の気持ちがよくわかります。 生きるのが辛いんです。 死んで、周りの人たちにどれだけ苦しいか思い知らせてやりたいんです。 この世界に味方はいない、誰も助けてくれない。 なぜ、私は生きなければならないのでしょうか。 彼を救えなかったのは私です。 謝っても許されない、その罰を受けるので、誰か私を殺してください。

有り難し有り難し 61
回答数回答 2

人間の死後について(複数回答希望!)

お坊さんや、宗派によって答えが分かれると思うので、複数の回答をお願いします。 ①人間の死んだ後の魂の居場所はどこですか? まず、人は死後の魂は入魂儀式で位牌のに入るのでしょうか? 例えば49日に白木位牌から本位牌に「入魂」します。だとすると「遺骨」には魂は宿ってないんでしょうか?遺骨に魂が宿ってないのなら、お墓は単なる納骨施設で、お墓参りする意味も薄れてしまいます。仏壇の位牌に毎日手を合わせる方が遺族にとっても、亡き人にとってもいいと思います… 遺骨に魂が宿っているから、お墓の下で眠っていると信じてお墓参りにも行くし、また自分が死んだ時に一緒にいたいと思うからこそ家族は同じお墓に納骨するのだと僕は思いたいです。もし「位牌」に魂が宿っているなら、位牌もお墓に入れるべきですが、お墓→遺骨 仏壇→位牌というしきたりになってますよね… 死者の魂の本当の居場所はいったいどこなんでしょうか? ②極楽往生と輪廻転生 輪廻転生説:人間は死んだら、その人生の記憶は全部消されて白紙の状態に戻されて生まれ変わるんでしょうか?プラスチックやペットボトルのように、何度も0に戻ってリサイクルされるように、人間も全く別物に生まれ変わるのでしょうか?  極楽往生説:それとも浄土宗の教えのように、極楽浄土で過去の人生の記憶を持ったまま、自分の家族や大切な人と永遠に過ごせるのでしょうか? 僕は生まれ変わらなくていいから、極楽往生説を信じたいです。 大切な家族との思い出も、大切な人さへも、自分が誰だったのかさへも忘れてしまうなんて、余りにも虚し過ぎます(涙) 質問は人間の死後の「魂」についての上記2つです。 宗派や考え方でお坊さんによって違うでしょうが、複数のお知恵を拝借願います。

有り難し有り難し 39
回答数回答 3

亡くなった人はどこにいますか

よろしくお願いします。 母は生前いろいろな苦労をして、私も母に楽な暮らしをさせてあげられず、せめて来世は幸せになってほしいとの願いで日々仏壇に手を合わせています。 ただ、一方で疑問を抱いています。 四十九日で亡くなった方の魂の行先が決まると解釈しています。となると、既に母が誰かに生まれ変わっているのであればもう私の母としての魂はいないのでは? だとすると、拝んだり母に話し掛けても受取る人はおらず、初盆だとかお盆にご先祖が帰ってくるとかいっても(もうみんな生まれ変わっているなら)帰ってくる人などいないのでは?と思うのです。 そう思うと母が亡くなった時に親戚や知人が私に掛けてくれた、先立った母の兄弟や両親が母を迎えに来てくれてるから大丈夫だよとか、姿は見えなくてもいつでもあなたのそばで守ってくれているよとか、また会えるよとかいう言葉が虚しくなりました。 母が別の誰かとして幸せな新たな人生を踏み出しているなら勿論嬉しいです。ただ、私は誰に、何に、祈ったり笑い掛けたりしているのかと寂しくなる時があります。 勝手な想像で、母の両親兄弟、夫(私の父)らと所謂「あの世」で穏やかに暮らしているイメージを抱いたりしますが、それは四十九日の意味合いと矛盾します。 仏教では、現在母はどのような状態にあるのでしょうか。私の気持ちはもう母には届いていないのでしょうか。 或いは、私が心配を掛けてしまって母が気にして幸せに生まれ変われないなどということはないでしょうか(だとしたら話し掛けたりしない方がいいでしょうか)。 浄土真宗の住職をしている友人がいるので、できれば浄土真宗以外のお教えをお聞きしたいです。 取り留めのない長文で申し訳ありません。

有り難し有り難し 22
回答数回答 2

死後の世界についてお聞きしたいです。

質問、ご覧いただきありがとうございます。 地獄に落ちるのが怖い。 最近そう考えるようになったので色々検索してみると、色々な種類の地獄があり、どれもとても苦しいものだ。回避するためには生前の行いが大切であると、書かれているのをたくさん目にしました。 とりあえず、自分の歩んできた人生を改めて振り返ってみると、嘘をついたり、逃げたり、虫や植物の命を奪ってしまったり、色々な人、物に好き嫌いをしたり良くないことを考えてしまったり、文句言ったり悪態をついたり……とても、多くの良いとは言えない行動をしておりました。そして、このままでは地獄に落ちてしまうと思いました。 なので今から少しずつ行動を改善しようと思い、正しい道や考え、行動について調べてみて、懺悔をし行動を改めること、物事に執着しないこと、煩悩をなくす…などを知りました。こういったことは自分で考えて変えていくものだともおもいますが、行動、執着や煩悩についてどう改善していけば良いのかはっきりと掴めません。自分が良いと思ってしたことでも、もしかしたら良くないことをしていることもあるでしょうし、あの人のようになりたいと憧れその人を目指すことや、この有名人の方がとっても好きだと好意を抱くこと、これ欲しいな、あれ欲しいなという欲を抱いてしまうこと、どこまで制御すればいいのかも分かりません。 また、この行動改善についての話とは少し異なってしまうのですが、地獄に落ちてしまった場合、そこから出ることは一生出来ないのでしょうか。 もしかしたらこうやって誰かに答えを求めること自体も甘えなのかもしれない、ともおもいますが、まずは皆様のご意見をお聞きしたいと思い、こちらで質問をさせていただくという選択をさせて頂きました。 読みにくい文章で申し訳ございません。10代の未熟者ですが、なにかお返事頂けたら幸いです。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 20
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る