自殺を決心しました
今まで何度も死のうとしては失敗してきましたが、この度死ぬことに致しました
そこで質問なのですが自殺というのはやはり悪いことなのでしょうか
自分で言うのもなんですが、僕は繊細すぎて全ての事柄に不安を感じたり、人の感情を受け取りやすかったりして今の段階でも仕事を鬱で休んでいます
あと数週間で復帰しなければならないのですが焦燥感に苛まれて寝れません
なので、こんなに苦しい人生なら今度こそ死んでしまおうと思い立ちました
自分より辛い人がいるのに自殺することは甘えでしょうか
上手く文章に出来なくてすいません
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生きる元気が萎えた時は歌を聴け!歌に力をもらえ!
笑い男さん、おはようございます。お応えを読んでくださっているのですね。間に合ってよかったです。自殺について、私が良い悪いと判断するつもりはありません。それよりも、自分の息子のような年代の笑い男さんに、どのように声をかけてあげたら良いかとしばらくしばらく考えました。もし、笑い男さんが私の息子であれば直ちに電話をするでしょう。まず、じっくり話を聞くでしょう。確かに、親子であってもお互いのこと全てを分かり得ることは困難ですから、笑い男さんが「僕の辛さはわからない」と言うなら、「そうですね」と私は呟かざるを得ません。けれども、多くのいのちのバトンを受けてこの世に生み出され、いろんな願いを託されて十数年生きてきた笑い男さんがいのちを絶たねばならないとするならば、こうしてハスノハを通して縁を結ばれた私としては大変悲しく辛いです。もし、笑い男さんがこの度の決心通り自殺をしてしまったなら、私はこれから後悔の思いを抱えながら生きていくことになります。
私も息子に、何度も話ししたことがあります。かつて、学校や勉強、人間関係で悩みを抱えていた時、息子は「終わった」「絶望だ」「もう死ぬしかない」と叫ぶ癖がありました。パソコンが好きだった息子でしたから「おまえも頭の中がパソコンになってるぞ」と言葉をかけることがありました。0か1、生きるか死ぬかという単純な考え方に犯されてしまっていたからです。しかし、0と1の間には 0.001という数字が存在しますよね。笑い男さん、「不安だから死ぬ」「焦燥感を抱えているから死ぬ」という飛躍した考え方をいったん離れ、「不安だけれど焦るけれど、それを抱えながら今日を生きる」「この中で自分にできることがないか」と振り返ってみてください。
笑い男さん、このハスノハに相談を寄せながらトイレにも行ったでしょ。心臓に手を当ててみてください。心臓の鼓動を感じるでしょ。それらは、笑い男さんの頭とは別に、(無意識に)体が生きたいという願いを発している証なのですよ。
笑い男さんを支えようとする方は、必ずいらっしゃいます。(このハスノハもその一つです)そして、解決の糸口は必ずあると思っています。辛かったら何度でもこのハスノハに相談を寄せながら、今日の1日を生きてください。待っています。
あ、そうそう!生きる元気が萎えた時に私が聴く曲、福山雅治『生きてる 生きてく』もお勧め。
一息入れてみて下さい!
拝読させて頂きました。
あなたの命は尊いです。
あなたの命はその仕事の何万倍も尊いです。
あなたはあまたの無限のご縁に恵まれてかけがえのない命を頂いて今を生きています。
先ずは一息入れて下さい。そしてあなたの命を大切になさって下さい。
せっかく与えられた命です人生です。仕事のことはほおっておいていいと思います。
気にせずにあなた自身の心を休めていたわってください!
困ったことがあれば沢山の方々に助けてもらいましょう。進んで相談して支援を受けましょう。
もし宜しければ一息入れてあなたのお話を聞かせて下さいね!あなたがお話なさるのは決して甘えではありません。人生は辛いことあります。ぜひあなたの状況や思いをお聞かせ下さいね。