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仲直りできないまま

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有り難し有り難し 8

春に次女を出産後、コロナの影響もあり手伝いに来てくれていた母と共に新生児と4歳の娘にを連れて田舎に帰省しました
 

祖母とは特に仲が悪い訳では無く、子どもたちを可愛がってくれるので帰省したのですが
 

今思えばその頃から体調が悪かったのか、当たりが強くなっていました
 

私自身も祖母から距離を取るようになり、娘も遠ざけていました
 

散歩に出かけた私達を追いかけて来ていたようですが『ばーちゃんも散歩している』と勝手に解釈し、置いてきてしまったり
 

心配して何時間も待ってたと、後から叔母から聞きました
 

物凄い罪悪感が残ったまま
 
祖母は耳が遠い事もあり娘が『ばぁば』と言っている言葉も『クソババア』と聞こえてしまうようで、『クソババアが嫌いか?』と自分は嫌われていると思い込んでいました
 
 
早く帰りたい、早く帰りたい、と帰宅を早めてしまいました
 
 
また今度誤解を解けばいい、仲直りすればいい、また会いに来ればいい
 
 
とそそくさときちんとお別れをしないまま帰って来てしまいました
 
 
その後1ヶ月程で亡くなってしまいました
 
 

娘と仲直りさせたかった、誤解を解きたかった、嫌いじゃないんだと伝えたかった
 
 
今更遅いですが、その事がずっと私の心の重荷になっています
 
 
亡くなった連絡を受け、その日に娘たちも連れて帰省
 
 
最後に顔を見に行き何度も謝りました
 
 
できなかった罪滅ぼしではないですが、裏方の手伝いをしてきました
 
 
それでも、罪悪感といいますか、心のしこりが取れず。。ずっと苦しいです
 
 
ごめんねと謝っても、返事は当然無く
 
 
娘にはまだ『死』の概念が無く、「病院に行ったら元気になる」「まだ起きないね」と無邪気な言葉が今の私にはグザグサと刺さります
 
 
娘にも、ちゃんと仲直りさせてやれなくて申し訳無い気持ち
 
 
ばーちゃんにきちんと謝りきれてない心残り
 
 
ばーちゃんは私含め娘も許してくれているのでしょうか
 

 

まだ寂しい気持ちを抱えてしまっているのでしょうか。。
 
 
墓参りは勿論ですが、何をすれば供養といいますか私達を許してもらえるのでしょうか


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたを通して確かめる

ご相談拝読しました。お祖母様のご命終に謹んでお悔やみ申し上げます。

そうでしたか…心残りのあるお別れとなってしまったのですね。あなた自身にとっても、そして娘さんとの関係についても申し訳ないお気持ちなのですね。

さて、お祖母様はその最後の仕事としてあなた方に死の事実を伝えてくださいました。

>ごめんねと謝っても、返事は当然無く

とおっしゃる通り、お祖母様は今はその死の事実を姿を見せはたらきかけてくださっているのみです。

ではあなたを許していないのは誰でしょうか?それは他でもないあなた自身ではないでしょうか?

お祖母様自身の今を確かめる術はありません。いや…一つあるとしたらあなた自身の死後を確かめることです。

あなたは死んだらどうなるのか。生前の許せない出来事や誰かを死後も許せないままの存在として死んでいくのか、そうでなくそうしたあらゆるとらわれから解放される者として往くのか。あなたがあなたの死を確かめることでお祖母様の今を感じることができるでしょう。

それが他でも供養です。供養とはもともと仏様や僧にお供えをするという意味ですが、そのことを通して仏の教えに触れることが大切なのです。仏の教えとはすなわち真理です。あなた自身の本当のことを教えてくれるのが仏の教えです。

今、その橋渡しをしてくれているのは誰でしょうか?それはお祖母様です。お祖母様があなたに仏様の教えを聞きなさいと促してくださっているのです。そのお祖母様のはたらきに気がついたならばお祖母様はあなたにとって仏様の一人として見出されます。その時けしてもう恨んだり許さないままでいるような存在として受け止められはしないでしょう。

お墓参り、ご法事、日々のお仏壇のお世話、お祖母様も思い出すこと、あなたが真摯に生きること…あらゆるあなたの歩みは供養と無関係ではありません。何をしていてももうお祖母様からの促しの中にあるのです。人は誰でも死ぬのですからね。

大事なことを教えてくれたお祖母様と共にこれからあなた自身の問題として確かめていきましょう。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
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