過去におかした罪への罪悪感で苦しいです
こんばんは、初めての質問です。
過去、記憶からして恐らく5年以上前の話なのですが、僕は過去に罪を犯しました。
僕の家の近くには山がありちょっとした観光スポットがあるのですが、近くに自販機と無人の野菜販売所がありました。
その日はとても暑く、一つ下の女の子と一緒にそこまで行っていました。
女の子と「暑いね、飲み物が欲しい」と話していました。話の流れで分かってしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、僕は無人の野菜販売所の集金の缶のガムテープを剥がし500円玉を盗ってしまいました。
それで近くにあった自販機で小さなりんごジュースを買いました。今思えばなんて愚かなことをしたんだろう、せめてお釣りだけでも放置せずに戻すべきだったと後悔の念に押しつぶされそうになっています。
お金を返しに行こう、何も買わずに僕が500円玉をこっそり缶に入れに行こう、そう思っていたのですが当時小学生だった僕にそんなお金があるはずもなく…(僕の家は高校生になるまでお小遣いが貰えませんでした)
後悔を重ねているうちに無人の野菜販売所はいつのまにか無くなっていました、今では自動販売機も撤去され当時の面影など微塵も残っていません。
ふと思い出したようにその時のことを思い返しては恐ろしく感じるのです。なんて馬鹿なことを、僕は一生犯罪者なんだ、法が許しても盗んだ過去は変わらないのだと永遠に苦しんでいます。
こんな恐ろしいこと親にも大好きな親友にも言えません。一緒にジュースを飲んだ女の子はつい最近引っ越してしまいもう居ません、あの子はどう思っているんだろう、いつかこのことをバラされてしまうのか?そう思うと怖くて怖くて……
僕は一体どうすべきなのでしょうか、御回答の程どうかよろしくお願いいたします
優柔不断、後先を考えられない、人の気持ちに共感する能力が低い、努力ができない、しな
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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生きるしかない
過去にしてしまった過ち。それに縛られることは誰にでもある。私だって例外じゃない。恥ずかしくて情けなくて、それでも生きていかなきゃならないんですよ。今からでもいい、明日の朝からでもいい。背筋をピンと伸ばして、前を向いて歩いていくのです。過ちを二度と起こさないと心に誓って。それでも、どこかでまた過ちを犯すかもしれない。その時はまた落ち込めばいいんです。落ち込んで落ち込んで、その後にまた立ち上がって、背筋を伸ばして前を向いてまた歩き出す。人生はそれの繰り返しです。
生きるということはこれ即ち、苦しみの連続です。たくさん悩んで苦しんで。でも、それがすべてじゃない。苦しみが多いからこそ、小さな喜びや幸せを思いっ切り感じられるのです。幸せとは、成るものでなく、感じることです。
俯いてるだけじゃ何も見えませんよ。
どうか、前を向いて。生きて生きて生きまくりましょう!