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外敵の脅威に晒されず、田畑をのんびり耕し、子どもは伸び伸び育ち、ご近所さんや家族仲間と笑いあい、物々交換しあっていた日の差す日本が羨ましい。
もうその頃の善意良心、温かみだけで成り立っていた世には戻れない。

「安楽死」の言葉、なんて魅力的。「安楽」が布団の中でぬくぬくすやすや眠るイメージ。

しかしやる事は自殺。それも他人様に殺人の罪を被せるわけだから制度として確立されるわけがない。

死ぬのは怖い。それでも知りたいのは自分の死期。委託殺人があった、制度が出来たら死ななきゃダメなの?みたいなクソ漫画もあった、海外と日本の考えが全く違うのも分かる。

希望は内側から開けられない、逃げられないカプセルの中に入り、瞬殺するガスのボタンを自らの手で押す。処理だけはお願いしておく。これが理想、これなら誰も悪くない。
自分の死期はここまでって選択として握っていたい。安楽死制度がもし出来たら私の守りになる。今より熱がきっともてる。明確なそこで死ぬというゴールが欲しい。

某占い師ばりに寿命を断言してほしい。
死期の知り方を教えてください。

2020年9月3日 10:48

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

質問以前に

こんにちは。

回答僧とあなたのやり取りを拝見しました。

あなたは、お礼コメントの中でこう書いていますね。

「お坊さん好みの質問を考えるのは無理です。心にも無い謝罪をありがとうございました」とあります。あなたのその頑なな姿勢がとても残念です。

ここは、言葉のやり取りをしながら、悩みを解決したり、人間的に成長しようとする人同士のやり取りで成り立っている場です。言葉には発する方と、受けとる方で認識の違い、すれ違いが常にありえます。相手の意図をきちんと汲み取っているだろうか、自分の早とちりではないだろうか、学ぶべきところがあるのではないか、そういう謙虚な姿勢で臨むべきではありませんか。

あなたもそうでしょうが、回答僧の皆さんは自分の人生の時間を削って、あなたの問に応えようとしているのです。それは、あなたにとって不本意だったり、不足だったりするのかもしませんが、「心にも無い謝罪」などと回答者の心まで拒否するのは感心しません。では逆に問いますが、あなたは本当に回答僧の心を汲んで、返信のコメントを書いたのですか。

わざわざ、時間を割いて回答してくれた相手への感謝、相手の意図を汲もうとする努力、自分の至らなさへの顧慮。

色々なことをあなたは質問の中で問うていますが、その前に、まず自分の回答僧への向き合い方自体を自分に対して問うことから始めたほうが宜しいのではないですか。

頑なな殻の中には、何も入っていきませんよ。
自分で殻を少しでも破って下さい。

2020年9月3日 15:45
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浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...

【追記あり】無知の知を

ご相談拝読しました。

確かに今の時代は色々あって生きづらいかもしれませんが、昔は昔で色々あったはずです。けして善意良心、温かみだけで成り立っていたわけでもないでしょう。

さて、死期を知りたい、また、安楽死の権利を握っておきたいとのこと。

残念ながら分からないものは分からないし、得られないものは得られません。それでももがくのは余計に苦しいかもしれませんね。

それに果たして死がゴールなのかどうか。ではスタートはいつなのか。あなたはどこから来たのか。いつ、どこからがあなたのスタートなのか。もしかしたらまだスタートも出来ていないのかもしれません。

あなたが本当にあなたとして始まるには、あなたのご縁を引き受けなければならないのかもしれません。

【追記】
ご気分を害してしまいごめんなさい。たとえ話も妄想もあなたの自由です。それを拒否するのではありません。
しかし、妄想はどこまで延長しようが妄想です。その妄想から事実としての苦しみを得るならば、妄想は妄想と受け止めた方が良いのでは?という提案でした。あとはあなた次第です。あなたがどう生きるかは私にとってでなくあなたにとってこその問題なのですから。死は思い通りになりません。死の恐怖もやはり同様です。死期を知ることは出来ませんが、知ったら知ったなりの弊害が必ずあることでしょう。

「どう生きるか」はとても大切な問いですが、その問のもっと底にある「なぜ生きるか」という根本問題の前にあなたが揺らいでいるからこそ「死」を何とかしたいと思うのかもしれません。

縁を引き受けるとは思い通りにならないこと、つまりは他ならぬあなた自身を引き受けることです。あなたを織り成す無数の縁を。あなたが排除したいものすらもあなたを成り立たせる縁の一つです。

【再追記】
他の回答が沢山入りましたし、かみ合わないのでこれでやめます。

あなた「死期を知りたい、安楽死したい」
私「そうですね」

で済むような相談だったのでしょうか。死を希求するほどの苦しみにあるからこその相談なのだと感じていました。あなたのその苦しみに対し正論に感じる、つまりは受け止めがたい回答をしてしまったのは私の力不足です。

しかし、「回答からヒントを得る」というのが「自分の感情が満足する」というものならば、それは苦しんでいる自分の価値観の範囲内でグルグル回るに過ぎません。

2020年9月3日 11:10
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はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

ムリ

"自分の死期はここまでって選択として握っていたい"
"明確なそこで死ぬというゴールが欲しい"

そいつは贅沢な話だ。

hasunoha.tenrakuin@gmail.com

2020年9月3日 15:04
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最近、Twitterで【レンタルお坊さん】はじめました。 とりあえず何で...

外界の影響を受け流す

拝読させていただきました、慈陽院の平本と申します。

今の現実に絶望をなされているのでしょうか。

結論から申し上げますと
「人間は、完璧ではありません。そんな人が死期など分かることができないんですよ」

ただ「死」というのは、苦悩から開放する方法の一つであるのかもしれません。

しかし悩み苦しんでいる人に共通していることなんですが、
「苦悩の原因は、外界の問題にあり、その外界の問題がどうにもならないから死を選ぶしかない。」
と考えてしまう人がとても多いです。

しかし人は、外界を「心」を通してみることで、苦しみや喜びを感じています。

例えばある日、ほしかった物をプレセントされたとします。しかし次の日にまた同じ人から同じ物をプレセントされたとします。そして毎日同じ人から同じものを貰ったらどうでしょうか。きっと毎日新鮮な気持ちで喜ぶことができません。

毎日同じ現象が起こっているのに、毎日心の反応が違うんですよ。

つまり心というのは、外界の現象に対して自分の記憶や思い通りにしたい気持ちなどによって左右されるのです

しかし思い通りにしたい気持ちや記憶に振り回されずに受け流しコントロールする方法があります。

この受け流す方法を「セルフコントロール」と言います。

このセルフコントロールができると、外界の現象を受け流すことができ、さらに外界のあらゆる現象を力に変えて前に進むこともできます。

ただセルフコントロールを覚えるには、時間がかかります。

この手間を考えるなら「死」を選ぶと言われてしまうと何も言えないのですが、ただ外界の影響にたいして心が左右されない心境というのは、とても心地の良い心境です。

外界の影響に振り回されて死を選ぶか、それとも外界の影響を力に変えて死の瞬間まで生き生きと生きたいか。

ただ一つ言えることは、心とうまく付き合えた人のみ本当の幸せを手にいれることができると思いますよ。

またお悩みごとがありましたら、ご相談お待ちしております。

2020年9月3日 15:06
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平本 優眞
横浜市神奈川区 東白楽の「倶生山 慈陽院 なごみ庵」という「浄土真宗」の小...

質問者からのお礼

(編集部より。お坊さんは身元や所在地も明かして、相談者様に一生懸命寄り添う努力をされています。文章のやり取りの中で貴方の意に反する回答があるかもしれません。すれ違いもあるかもしれません。ネットのやりとりでも、その奥には人がいます。hasunohaは人と人がお互いに尊重できる場を目指しています。反対意見ももちろんかまいませんが、表現にはご配慮をお願いします。
回答者であるお坊さんにも配慮がないと事務局が判断した回答は、公平に配慮をお願いしています。)

吉武さん、回答ありがとうございます。
だったら良いなみたいな只の例えも拒否断絶、あげく分からんものは分からん、無知だ!と言われると、ど正論なんですがより迷います。
結局全ては自分がどう生きるかで、肉体物質さえなければ悩みの殆どが無くなるかと。縁を引き受けるという意味の方こそ知りたかったです。
返事をくれたという行為のみに感謝します。

妄想空想、思考の堂々巡りの苦しみ。自身の揺らぎ、そんなの自覚した上での質問でした。必ず死は訪れるから自ら引導を渡すのも良いなというだけです。回答から少しでもヒントを得ようとしたのが愚かでした。

自分の問題だと言ってる人間に「私にとってでなく」とは?吉武さんに対して質問したわけではないのに。後出しで提案とか言われても…。とりあえず回答して妄想だ!は正論ですけど。そもそも妄想は自由だけど拒否しないって。

お坊さん好みの質問を考えるのは無理です。心にも無い謝罪をありがとうございました。

「死について」問答一覧

死について考えすぎてしまいます

現在高校3年生です 受験を一通り終え人生の節目に立ったことと、時間がとても余っていて暇なこともあってか、ここ数日死について考えてしまいます。受験とコロナという状況も相まって自室という閉塞的な場所に長期間いて家族以外とあまり会えず精神状態が不安定なのかもしれません。 僕は今までとても幸せな生活を送ってきてこれまでの人生に後悔はありません。 だからこそ、いつか来る終わりが怖くて仕方ありません。 死については科学や宗教など色んな立場の人が色んな意見を出し合っていると思います。 今この世に生きている以上結局死後のことは何も分からないことも分かっています。 けれどあれこれ考えてしまいます。 もう大学生ですし結婚願望もあるので親と一緒に過ごせる時間やそして必ず来る親の死、自分の寿命が尽きた時の自我の消滅などを考えると怖くて仕方ありません。 僕としては自分が死んだら、親や兄弟、ペットとまた幸せに暮らしながら、自分の子孫などを見守り、時が来たらその子とも暮らしたりという、あの世での永遠を望んでいます。 これはとても都合のいい考えだと分かっていますが、こうでも考えないとおかしくなってしまいそうです。 もちろん死ぬまでは精一杯生きるつもりですが皆さんの考えを是非お聞かせ頂きたいです。

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亡くなった人の思いはあるのかないのか

今年四月に父が亡くなりました。 両親は私が五歳の頃に離婚をしました。 母に育ててもらいました。感謝しております。 私は今まで父の事をないものとして生きてきました。 帰ってこない、蒸発した父と教えられてきたので その通りだと思って生きてきました。しかし、本当は違いました。 父は母と離婚したのち、数年後に再婚しておりました。 そのことを親戚に聞きました。子供まで二人作っていたことも 知りました。正直ショックでした。そんな人だと思いませんでした。 それも父が死んでから親戚に電話口で聞かされました。 私は今まで二十年以上、何も知らずにのうのうと生きてきたのです。 馬鹿馬鹿しくなりました。そして情けなくもなりました。 自分に対しても、父に対してもです。 私は父のことが好きでした。今も好きです。 本当に好きでした。それなのに父は裏切った。 今も苦しいのです。私にはお父さんがいなかったのに その子たちには二十年以上、お父さんがいた。 一緒に生きてきた。一緒に生活をしてきた。 泣いたり、笑ったり、怒ったり、そんなこともあったのでしょう。 そんなふうに普通の家族としてその二人の子供はお父さんと一緒に いれたのです。しかし、私にはそれがなかった。 父は私のことを無いものとして生きてきました。 私のことを完全に無視しました。 しかし、私もまた同じでした。 私も父の事を無いものとして生きてきました。 そうしなければ、生きていけなかったからです。 封印して父の記憶消しました。父と私は似ています。 きっと父もそうだったのではないかと思います。 本当はつらかった。今も苦しいのです。 死んでから父のことが頭から離れません。 今まで生きている間は父のこと考えもしませんでした。 忘れているのではなかったのですが、封印したのです。 父に会いたいと思ったことも全くありませんでした。 しかし、父が死んでからそのことを聞かされてから 父に会いたくて会いたくて堪りません。 こんなに人を思う、こんなに誰かのことを思うのは、 私の人生の中で初めてです。自分がビックリしています。 毎日毎日父のことばかり考えています。 昔はあんなにどうでもよかったはずの人なのに。 もしかすると父も私のこと見ているのでしょうか。 父も私のこと思ってくれているのでしょうか。 私は何故だかそんな気がしています。

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死についてのさまざま

先日、祖父を亡くしました。半年前には祖母を亡くしました。 2人とも僕にとても尽くしてくれて、人間としても素晴らしい方々でした。 祖父の最後は僕のために洗ってくれたお風呂の中でした。少し発見が遅れてしまい、1人にさせてしまったことが今でも悔しいです。 祖父が使って、洗うために台所に置いてあった食器を供養の気持ちを込めて洗っていた時に、ふと、もうこの食器を使っている姿を見れないんだなと思う気持ちと、生前に食器を使っていた場面が鮮明に思い出されて、保っていた涙腺が崩壊してしまいました。 その後もただ、祖父母のいなくなった部屋を呆然と眺めているだけで、喪失感、自分と2人との部屋での日々を思い出し、涙が出ます。 祖父は祖母が亡くなったのとほぼ同時に進行したがんの発見や老いによる身体の不自由。さらに仕事という生きがいを無くし、僕たちに生活の迷惑をかけていると思っていることや祖母の死になにもできなかったと悔やむ姿。とても辛そうでした。 亡くなってしまったことはとても残念ですが、夫婦一緒に納骨できること、辛そうな祖父が解放されたような気がして、これでよかったのかもしれないと。こう思ってしまう、僕は間違っているでしょうか? そして、祖父母を亡くしたことで自分や家族、友人、大切な人が次にまた無事に会えるのか毎日怖くなってしまいました。 些細な不調なんかでも最悪のケースを常に先に考えてしまい、不安で無気力になってしまうこともあります。 寝てしまって、そのまま自分に何かあったら、それ以外の人もそのまま永眠してしまったらと自分が寝るのも家族などが寝るのを見るのも怖くて、あまり寝れません。 死とは突然で世界を一変させてしまうものだと祖父母に気付かされました。 誰かに聞いて欲しい。それだけを思って書いてしまった部分もありましたが、お許しください。 そして、どうかお言葉、知恵を与えてください。お願いします。

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自分が本当に死んでしまう気がします

生きることが怖いです。 私は昔から自分に自信がありません。人目を気にして、顔色をうかがって、周りを羨んで、甘えたり頼ったりするのが苦手で他人と深い関係を築けませんでした。周りが普通に出来ている人生のステップがとても難しく見えました。自己肯定感は低く、変に完璧主義なところがあります。大学生の頃から過食嘔吐も止められません。 学校や会社での経験で、見た目が綺麗な人は生きやすそうだなと感じました。私は中身が空っぽだから外見を良くすれば周りから優しくされて自信が持てて、自分を好きになる人生が始まると思い込みました。今振り返ると恥ずかしい考えです。 整形しようと風俗や援助交際でお金を貯めました。昼は会社、夜は風俗で毎日働きました。父や兄が短気で男性は苦手でしたが、お金を貰うと自分に価値があると勘違いできました。 会社を辞めて、貯めたお金で整形しました。大金でした。手術自体は失敗しませんでしたが私的に違和感のある顔になりました。前の方が可愛かったです。そこから情緒不安定になり鏡を見れなくなりました。 自信がゼロ以下になり、何のために働いたんだろう、勢いでやって馬鹿だった、という後悔。朝がくるのが怖い、将来を考えると不安で心臓がドキドキするようになり、何をするのも気力がなくて涙が出てお酒で紛らわすようになりました。バイトすら今の自分にできるか分かりません。心の底から疲れたという思いだけです。人が怖い。働くのが怖い。社会が怖い。1人が怖い。顔を見せるのも怖い。生きるのに向いてなかった。こんな私は結婚もできず、お金もなくなって母に何もしてやれない。数少ない友達にも会えない。誰にも愛されない。顔を変えて親不孝者。ただ息をするのがこんなに辛いとは知りませんでした。 最初は死ぬのは怖かったです。でも段々と何も希望がないのに生き続ける方が怖くなりました。死ぬ方法や場所も調べて、苦しくなると、死ぬから大丈夫早く死なないとって考えて少し楽になります。親に少しでもお金を残したくてあと数ヶ月は頑張って生きるつもりです。 母だけが心残りです。けどごめんなさい、生きるのに疲れたから明日を終わらせたい。今の自分を認めてあげたいけど無理です。 このままだと私は本当に自殺するんだろうなとぼんやり思います。自業自得で恥ずかしい私ですが、なんとか生きていくヒントはあるでしょうか。下手な文章ですみません。

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