ふと、死にたくなりました
はじめまして。
ふと、死にたくなりました。
生きていて楽しいこともありますし、つらいこともあるのですが、だからなんなんだろう?と思ってしまい、それが頭から離れなくなりました。
それから、何もする気が起きないし、なんとなく、死にたいなと思うようになりました。
今までに自傷行為や、個人輸入したホルモン剤の大量服薬などもしましたが、その時の自暴自棄な感覚とも違います。
ただ虚しくて、死にたいと思います。
とはいえ、今すぐ首を吊るとか飛び降りるとか、そういう気が起きるわけでもないのです。
色々なことがよくわからなくなってしまいました。なんで私は生きているのでしょう?
どうすれば、この感覚から逃れることが出来るのでしょうか?
・自分の身体が元男であることを考えると落ち込んでしまう ・ふと、生きていることに虚しさを感じる
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたの人生ですから
拝読させて頂きました。
あなたがふと、むなしくなって死にたいと思ってしまうこと、自分は何で生きているのか疑問に感じていらっしゃることを読ませて頂きました。あなたがそうお感じになることもなんとなく分かるように思います。
そうですね、私達は何故いきているのでしょうか?何のためにいきているのでしょうか?そして何故死ななければならないのか?等々ふと考えてしますものです。
私達は普段何気なくいきていますが、実はいつもそのような生と死のはざまにいきていますし、いつ死ぬのかもわかりませんし、そもそも何で生きているのか?生きている意味があるのか?という疑問は常にあるのです。
それは生まれて物心ついてから実はいつも自分の存在について考えてみることでですし、見つめ直すようなことでもあるのです。或いはそもそもその答えを見つめていくこと、見つけていくことが己の人生の目的かもしれません。
とはいえ誰しもが自分とは何か、何のために生きているのか?をしっかりと把握できるとは限りません。
逆に挫折して壁にぶつかったり、大切な方を亡くしたり、自分自身が病気になって余命いくばくもないと医師から宣告されてから、はっ!見直すことが多いのではないでしょうか。
今あなた自身ご自分の人生の中で壁にぶつかったり、大きな迷いが生じていたり、或いは大切な方を亡くしたりしているのかもしれません。又は今とても辛い思いをなさっておられて心身ともに疲れているのやもしれません。
とはいえ淡々と時は過ぎていきますし、あなたも周りの方々も世の中も変わっていくでしょう。一時として待ってくれることはありませんからね。
折角ですからひとまず一息入れてみて心を落ち着いてみて、あなた自身のことやこれからの未来について、夢や希望や目標について見つめてみてはいかがしょうか?或いは周りの方々や環境や状況についても見直してみてもいいかと思います。
答えはそう簡単に出てくるものでもありませんからゆっくりと見つめてみてはいかがでしょう。自分が生きること死ぬこと、それによりどのような影響や変化があるのか、今そして今後もその答えは様々変わってきますし、何が答えかはそれぞれ違いますからね。
恐らくあなた自身の中にも答えもあるでしょうし、そこからまた新たな疑問もわいてくるでしょうからね。
折角のあなたの大切な人生ですからじっくり見直し見ましょう。
質問者からのお礼
とても丁寧にご回答くださり、感謝致します。ありがとうございます。
おかげさまで、安心といいますか、少し落ち着けたように感じます。
『実はいつもそのような生と死のはざまにいきていますし、いつ死ぬのかもわかりませんし、そもそも何で生きているのか?生きている意味があるのか?という疑問は常にあるのです。』
私の感じる虚しさ、疑問は常にあるものだと教えていただき、なんだか気持ちが楽になったように思います。
すこしゆっくりとして、自分の人生を見つめなおしてみようと思います。
これといった夢や目標、やりたいことというのもなく過ごしてきました。
そのようなものを見つけてみようと思います。
ご回答いただき、本当にありがとうございました。