消えゆく山村と何もできない自分が虚しい
初めまして、少々長い文章になりますことご容赦ください。
私は大学を出た後、都市部でホワイトカラーをしております。
私自身は平地の田舎に生まれたのですが両親が山奥の廃村の出身で、私も幼い頃から連れられて度々そこにまだ残っている家や集落の手入れに行っていたのですが
私が過ごしたわけでもないその家を見るにつけ、遥か昔から人間がこの地で生きてきた証、紡いできた物語が消えていくことに虚しさを感じていました。
諸行無常の世の中でそれ自体は詮無きことだとは思っておりますが、この集落の姿を守り続け、かつ日本全国にある消えゆく土地と人々の記憶や記録を一つでも多く残し伝えるために何か行動を起こしたいです。
ただ私という人間はその地の人々からすれば結局は「外部」であり訪問すること自体が迷惑なのではないか、またそもそも都市に住んでおきながら山村を憂うということ自体がその土地をダシにして懐古の感情を「消費」しているだけなのではないか、そのような思いにかられ絶望しています。
(そのような場所をセンセーショナルに紹介して金銭を得ている動画投稿者の方々にも上記のような理由で思うところはありますが、それは主題から外れるうえ私が口出しできるものではないと思います)
また私は軽度ではあるものの身体に障害を抱えているため、移住して農林業に従事して…と決断する勇気が湧いてきません。独り身なので巻き込む人はいないのですが。
このような理想だけ語って何もできていない自分が腹立たしく、またこうしている間にも山村が現在進行形で消えていっていることに無力感を覚えています。
私のこの感情に折り合いをつける方法、こんな私に何かできることはないか、何でも構いません、何かお言葉を頂きたいです。
お坊さんからの回答 5件
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変化を悲しむよりも、変化をちゃんと残していく。忘れない想いを
縁ある場所が、ひっそりと消えていくのは、そこで人生を営んできた人々の存在(歴史)を消し去るように思えて、とても切ないですよね。
ですが、人が生きていく中で、必要なものを手にしていこうとすると、より快適に より便利にと、社会はどんどん進化を続けてきました。それは、私たち人間が望んできたことでもあります。そんな先人達のご苦労の上に、こうして生きていられる私がいるのですよね。
廃村になった理由もあったのでしょうね。村を離れることを選んだ人もいたわけです。一人 二人… 限られた人数で土地を守ることは難しい。そしてまた、新たな土地で営みが始まる。こうして、社会は動いているのでしょうね。
今 私たちが、過去を知ることが出来るのは、歴史の記録があるからです。変化を悲しむよりも、変化をちゃんと残していく。絵や写真や文字や音声、デジタル化の時代に、甦らせ見ること触れることもできるようになっています。
あなたの出来る形で、村を想っていきましょう。
それもまた、忘れない愛し方ではないでしょうか。
私からの提案
民間の有識者らでつくる「日本創成会議」が2014年5月に「このままでは全国で896の自治体が消滅する可能性がある」とするリポートを公表し、社会に大きな衝撃を与えました。
同じ増田寛也元総務相が座長を務める「人口戦略会議」は昨年4月、全国で依然、711の自治体が消滅する可能性があるとのリポートを発表、今年8月には「一人一人の意識と官民の取り組み、行動次第では未来を変えられる」とする提言をまとめ、活動を終了しました。
サラリーマン時代にそんな人口消滅都市の一つで二年ほど働いたことがあります。
自宅から通える場所に大学がないため、子供たちは大学進学と同時に地元を離れ、そのまま帰ってきません。
人口は先細りの一途です。
地元に働き場所がないのですから、それも仕方がないことかもしれません。
若年層の人口流出に悩む自治体は一様に、企業誘致や観光振興による雇用の創出、子育て支援等による定住の促進に取り組んでいますが、なかなか結果が出ません。
日本の原風景をともいえる山村を維持することは、昔も今も、そしてこれからも、大きな課題であり続けると思われます。
さて、あなたがそうした実情に無力感を感じ、何らかの行動を起こしたいと真剣に考えているのなら、(無責任かもしれませんが)「地域おこし協力隊」に思い切って応募することをおすすめします。
地域おこし協力隊の活動は農林業ばかりではありません。
あなたの現在のホワイトカラーのお仕事がどのようなものかわかりませんが、あなたの経験と知識、技能を十二分に生かせる場所がきっとあるでしょう。
活動を続ける中で、山村地域が抱えている問題やその解決策、そして限界についても学ぶことができるでしょう。
もしかしたら、あなたのアイディアによって山村地域が生き返るかもしれません。
選択肢の一つとしてぜひ検討してみてください。
時代は流れる
日本列島の隅々まで人が住んでいたのは、食べ物を求めて土地を開拓したからでしょう。
戦国時代には激しい領地争いがあり、江戸時代には石高(米を生産する能力)の高さが大名の財力の高さでした。
日本人の人口が減っており、また、海外から安価な食べ物を輸入できる現代では、列島津々浦々に人が住んで農作物を作る必要がないのかもしれません。
しかし、地球規模で見れば人口爆発、食べ物や農地の相対的価値は右肩上がりのはずです。
つまり、現代日本人が見向きもしない田舎の田畑は、飢えた外国人から見れば喉から手が出るほど欲しい楽園なのです。
ということで、そのうち、地球規模で食べ物不足が加速すれば、インフラが整い四季に恵まれた日本の田舎は再び脚光を浴びると私は思います。
ただ、それは幸せなのかどうかわかりません。
田舎の田畑にまで飢えた外国人が殺到しなければならない状況は、ある意味不幸かもしれません。
そう考えたら、過疎で田畑が余っているうちはまだ幸せな時代なのかもしれません。
追記
とりあえず、ふるさと納税を活用しましょう。
納豆を美味しくするタレ、トッピング、方法は無限にある。
山は山を愛する人のもの。
川は皮を愛する人のものといえども、
天地自然は人なきをもって大自然なり。
山や川は人のエゴが介入するから汚されていくものです。
農村となりますと、人がおられますが、過疎化が進めば村そのものがなくなっていいきます。
ですが岐阜の白川郷や、福島の大内宿などは、観光地ともなっておりますので何ともウマい、イイ形で継続されております。
わがDA埼玉の川越の蔵造り通りなどは人がうじゃうじゃ。めっちゃこみこみ。家から出たくても人が邪魔邪魔。緊急時出かけたくても人が邪魔邪魔レベルでござる。
世界遺産や観光地になれば人は来るものの汚れていく一面もあります。
人が多けりゃいいってもんじゃァないということを言いたいのです。
自然界や農村にとって何が望ましいことなのかを、私たち個人の願望とは別に本当にどうあるべきなのか?をよく考えて大自然や農村に御答えを出していただく必要があろうかと思います。
仏教の菩提心とは最高の救いの精神。救いの誓願。
あなたはそこをまもりたいのであれば、よし!オレも最高のアクションをなさんと志すべきです!
言ってるだけならだれでもできる。
祈るのは行動が伴われなければほぼほぼ詐欺だと被災地の方が言っておられました。だって、現地、変わんねーもん、と。グサリ
眼の前に崖から落ちそうな子供がいてあの子が崖から落っこちませんように、と祈ったって落ちるっつの。👊見捨てないで諦めないで
だから祈りや志は行動、アクションに移さなきゃァです。
先日、私仏ッ飛んで埼玉県から茨城県に行きました。
茨城の地は私が思っていたよりもはるかに広大。私の頭は納豆ぐらい発酵しました。(納豆30パック買った)
親友のお寺は超絶山の中。運動苦手な私は彼のお寺に行く途中で諦めて帰ってしまう程の奥地にあります。迷子になった。
ですが、彼はその山の中で実に多くの方々をお招きして大法要を円成。それまで活動を多くされていたからです。梅花講、参禅会員、お檀家さん、信徒さん、お坊さん方、大変多くの方が集まって立派な法要が行われ、それによって坊さんたちがまた元気づけられて、仏の教えが広まるパワーとなりました。元気。
沖縄ソングだって現地の人からすればよそ様が作るものが多いとか。
納豆はタレや働きかけによって味変する。あなたも現地の人に溶け込んで現地愛アクションを発動なさってください!
どうか想いを寄せて下さい
拝読させて頂きました。
あなたの思いを読ませて頂きました。
あなたがそのようにその村落に想いを寄せて頂くこともとても尊いことです。
もし宜しければあなた自身も可能な範囲でその村を訪れてみて下さい。あなたが訪れて下さることで想いを寄せている方々がいらっしゃることも伝わるでしょうし、あなた自身も村の移り変わりをその目で見ることになるでしょう。
確かに見るのも辛いことになるかもしれませんが、それは決してムダなことではありません。
時代の移り変わりの中でまた改めて見直されていくこともあります。
あなたがそのように心を寄せて頂き、多くの方々にも村落の価値や大切さを見直されていきますように心よりお祈りさせて頂きます。
質問者からのお礼
ご回答いただきありがとうございました。読み返すのも恥ずかしいほど一方的に吐き出すような文章となってしまいましたが、思いを受け止めていただいたことで少し心が落ち着きました。
生憎とこれから山が雪で閉ざされる冬を迎えますが、いったん腰を据えて私にできることを探してみようと思います。
重ね重ね、お礼申し上げます。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )