弱い気持ち
今年も残り1ヶ月になりながら何一つ楽しい事なかったなと何の意味があって毎日生きてるんだろうと日々思ってます。
街中や電車で幸せそうな方をみつけると何で自分はこんなに孤独なんだろう、色々事件あるこの世の中、私が代わりに殺されれば良いのにと思ったり、他者物件等迷惑かけないように死ねるにはどうしたら良いのだろうなど朝が来る度に上記のようなマインドになります。
色々楽しかった頃に戻ることは出来ない、過去の自分を羨ましがる自分自身が情けないです。
未来をどう見据えたら良いのでしょうか?
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
今の状態がずっと続くわけでもなく、毎日が新しいの繰り返し。
何一つ楽しい事が無かったのですね。
それなら、私の人生 一体何なのかと思ってしまいますよね。
このまま生きていても…楽しかった頃には戻れない。死んだ方がラクなように考えてしまうかもしれませんね。
過去の自分は、活き活きしていたのですね。
何もかも失ってしまったような、絶望感があるのかもしれません。
ですが、こうして月日が巡るように、毎日が新しいの繰り返しなのです。今の状態がずっと続くわけでもなく、変化の先に期待もしていけたらね。
こうして、ハスノハに気持ちを書いていきませんか。刺激となり、一日に変化を生んでいきましょう。
身と心
ご相談拝読しました。クリスマスや年末年始などのイベントも見据えたこの時期、冬の冷たい空気もあいまってか孤独を感じやすい時節かもしれません。
楽しくありたい
それはあなたが道を求めて生きているということだと思います。
楽しかった頃もあった
それは確かに歩んできた道があるということ。本当に「楽しい」というのは自分の思う筋書き通りに事が運ぶのでなく、思いを超えた出来事・出会いに身も心も動かされることではないでしょうか。
そう、私たちは心だけでなく身でも生きています。本来は身のほうが大きいかもしれない。でもどうしても頭でっかちになります。
それでは身は身体は生きたいと、生きようとして、お腹も減るし、眠たくもなる。美味しい温かいものを食べてぐっすり眠れば気持ちも少し晴れたり。そう心と体はつながっています。
心はころころ変わるもの。そんなはかなく不安定なものだけに囚われず、落ち込んだり沈んだり荒れたりしても、まあそういうこともあるよなと受け止めて、そんな自分の身を大切に、変わらないようで変わっていないことなどない日々を生きてみましょう。
どうせこうだと決めつけず、心に余裕があるときはせっかくなら楽しもうと前向きチャンネルに切り替えて。
あの苦しかった時期があったから今がある。だからあの時期も悪いものではなかったのかもな。
そんな風に振り返ることができるあなたの未来が来ることを願っています。
道を歩くのはあなた自身。どうぞお健やかに。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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