痛みの対処法について
人間誰しも体が痛かったり気分が悪くて苦しんだりする時もあると思います。そういう時に早く治ってほしいなとかどうしてこんな目に…みたいに悩んで苦しむこともあると思います。
私も、比較的健康な体ではありますが、大抵毎日どこかは痛みます。腰が痛んだり、腹が痛んだり、頭が痛んだり…。(基本的には病院に行っても仕方ないくらいのものですが大袈裟に慌てるので、昔から家族にも「またかよ面倒だな」みたいな対応をされていました…)
その度になぜこんなに痛いのか、早く痛みから解放されたい、これは大変な痛み(ひどい病気とか)だったりしないだろうか、と思い悩んでしまう日々を過ごしております。
こうやって悩むことこそが苦しみを増やし、もしかしたら痛みすら増幅しているのかもしれない(とても不安になりやすく、そのせいでストレスによる身体的症状がよく出ます)とも思うのですが、悩まないように考えないようにしようとしても20何年もの染み付いた思考の傾向はなかなか取れそうにありません。
最近は痛む最中に恐怖に怯えながら苦悩した記憶から、痛まない時にもあの状態になったら怖いな…と悩んでしまい、悪化しているなと感じています。
あらゆる痛みを0にするというのは、どんな名医でも不可能なことはわかっているので(麻酔を常にたくさん入れればできるんでしょうけどそれは違うと思います)、痛んでいてもそんなに気にしないようになりたいと思っています。
痛い時や痛くない時にこういう風に考えるようにすればいいといったものはありませんでしょうか?
少なくとも、痛いのが無い時には痛みのことを忘れて生きたいと思っています。
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受診してみては?
ご相談拝読しました。体に生じる痛みへの不安感が強い事にお悩みなのですね。まだ20代とお若いですが、30代になり運動不足も進むとやはり痛みは出てきますね。肩と腰とか凝りますしねえ…。
さて、痛みについてもう20数年悩まれているとのこと。結局その痛みの原因が何なのかわからないから悩むのでしょう。家族がなんと言おうと病院を受診してみてはいかがでしょうか。専門の方が見て何もなければ安心できるでしょう。それでも不安感が強いのであれば心療内科やカウンセリングなどを受診してみるのも手です。自己判断だけでは結局自分の情報の中でグルグル回ってしまうだけですからね。
人間生まれたからには老い、病み、死ぬことは避けられません。ですから体に生じる痛みとは付き合っていかなければならないのは間違いありません。その痛みも自分の要素の一つなのですから。
でもその痛みが何か特別に対処すべきものなのかどうかはやはり専門の知見を頼りましょう。どうぞお大事に。
なお、
>大袈裟に慌てる
と自己診断できているところが少し気になりました。痛みそれ自体というか、痛みという手段によって家族に気にして欲しいとか、自分の中の何かを埋めたいという傾向があったりはしないでしょうか。
そうしたことも含めてまたいつでもお気軽にご相談ください。ここは痛みがあってもなくてもあなたのお気持ちをお聞かせいただく場ですからね。
質問者からのお礼
吉武文法さま
回答ありがとうございます。
病院に行ったことがないわけではないのですが、若いし問題ないでしょうと言われ、まあ確かにとんでもないことになったことはないしそんなものなのかなあ…とモヤモヤしたまま帰ることが多かったので、少しずつ細かく見てもらえないかお願いしてみてもいいのかなと思いました。
また、「大袈裟に慌てて気を引く」という点についても少し心当たりがあるような気がしています。これに関してはいまいち自分でも答えは出ていないのですが、どうしてそうしてしまうのか、一人で痛みが強い時のなにがそんなに怖いのかなどをこれからも考えていきたいと思っています。