hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

「死にたい」の定義

回答数回答 2
有り難し有り難し 28

少年時代の友人が、「死ぬってどういう事とか考える?」と聞いてきました。

それに対して、私はドラマで聞いた言葉として、「死ぬのは老人の役目。」と答えた事がありました。

それから何年も何年も立って。
「死にたいなんて言う意味がわからない。」と言う人もいれば
「死にたい。」という人も。

たくさんの理由があり、死を言葉にせず「消えてしまいたい。」と言った人。

そして何も語らず死ぬ人。何も語らず死にはせず、生きてはいる人。何も選ばない人。

たくさんの方たちがあり、しかし、生きづらいからこそ、「死にたい。」「消えたい。」「選ばない。」に「生きたい。」が隠れているような気がします。

それぞれの方の境遇を、何とできるはずもなく、話ができても、心うちの全てを理解できるはずもない。

私もこういった方たちと同じ輪にいつ入るとも知れませんし、さほど距離もないようにも感じます。

こんな時、一体何を考え、何を成すすべきか、また為さざるべきか。

俯瞰できているような、そこにそのまま立っているような。

漠然とした私の思考に、幾つかの道筋を立てて頂きたいのです。お解り戴けるでしょうか。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人と関わる

sasさま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します。

なにか哲学的な問いを頂いたように思います。
まず「死ぬ」についても、人によって色々な応えがでそうですね。
私であれば「誕生と表裏一体のもの」と言うでしょうか。

そして今は「死にたい」という言葉について深く考えていらっしゃるのですね。
生きづらいと言われる今の社会で、それを口にする人もしない人も、根底には「生きたい」が隠れているのではないか、とのこと。

私も全く同感です。
私たちが頭で考える以上に、この世に生まれて来た生命の本能として「生きたい」という思いはあるのだと思います。もちろん自ら命を終える方も少なくありませんが、その方たちも抱えていた問題が全て消え去ったら「死にたい」とは思ったり実行したりはしないのではないでしょうか。

sasさんは、ご自身が「死にたい」という思いを抱えてしまわないか、それを実行してしまうんじゃないかと不安を抱えていらっしゃるのでしょうか。そのご不安も、分かるような気がいたします。

そんな時にどうしたらいいのか。
私は「人と関わること」が大切だと思います。自死は、様々な悩み苦しみが積み重なった上に「孤立」が加わることで引き起こされる場合があります。
逆に言えば「孤立」せず、悩みや苦しみを打ち明けられる相手がいれば、その危険性は下がるということではないかと思います。

弱音を吐かずにグッと我慢する…ともすると日本人は美徳ととらえる部分です。ですがそれは良いことばかりではない、時には周囲に弱音やグチをこぼしてもいいのだ。そうやってハードルを下げておくことが、大切なのではないかと思います。

sasさんのお聞きなりたいことに、ピタリと応えられているかどうか心配ですが、いかがでしょうか。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

話を聞くだけでもいいのです

私もこのハスノハによく回答してますが、とても質問者を導く事が出来るような回答はできません。
しかし、私は話を聞くだけでもいいと思っています。
寄り添うというか、共感するというか、そんな感じです。
あなたもそのようなスタンスで彼らに接してあげてはどうでしょうか。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

質問者からのお礼

仕事にかまけて、お礼が遅くなり申し訳ございません。

浦上哲也さま
十分すぎるお答えをいただきありがとうございます。

聖章さま
お礼が遅くなりました。
私は人の境遇や話と、自分について境界線が曖昧と言いますか、影響されやすい所があり、何かできること、できたことはないかとエゴが現れます。やはり、自分が主体なのでしょう。
話を聞くだけ。共感を心がけてまいります。

「死について」問答一覧

死を考えてしまう

以前の職場を辞めて2年になりますが、ずっと苦しい自分にとって地獄のような日々が続いています。 とても人の目を気にしてしまったり、プレッシャーを勝手に強く感じてしまう為 半年ほど前に正社員で一度就職しましたが、それに耐えきれずすぐに退職してしまいました。 現在はアルバイトをしていますが、人の多い.規模が大きい店舗等や慣れないところで長時間働くのが怖くてなかなか仕事探しもうまくいきません。 収入もかなり減っているため親にお金を援助してもらってますが、それもすごく申し訳なく罪悪感を感じてしまい、なんとか働かなければと思いますが 上述の怖さや不安にどうしても負けてしまいます 最近、以前勤めていた職場から新店舗ができるから面接どうかという話を頂きましたが それも不採用になってしまいました。 以前のように働けなくなってしまった自分への悔しさ不甲斐なさや、どうしても人の目をきにしたり物事を悪く考えてしまう事が特にこの2年間程続いており 毎日死ぬ事を考えてしまい、ニュース等で芸能人や自殺者の報道を見ると、不謹慎ながらうらやましいなと思ってしまったり事故や事件のニュースを見ても亡くなったのが自分だったら良かったのにとも考えてしまいます。 親兄弟、友達の前ではあまり弱音を吐かないように明るく振る舞うようにしているため、この事も誰にも相談できていません。 どうしたらこの地獄のような日々を抜けだせるでしょうか? また自分を変えるにはどうすればいいでしょうか? 質問するのは初めてのため、わかりにくい部分等あると思いますがよろしくお願いします。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

思考をやめたい、自分をやめたい

昔から、0か100かの考え方をするタイプだったように思います。 最近は、「生」か「死」について考えていないといられなくなり、苦しいです。 「死ぬのが怖い」と発作を起こすこともあります。でも、落ち着くと 「さっさと死にたい」と考えています。 自分が死ぬシチュエーションを何パターンも考えたり、 「もし今ここで死んでも大丈夫?-うん(orまだ嫌等)」自問自答を繰り返しています。 幼少期から死ぬことが怖くて仕方なかったです。発作を起こすこともしばしばありました。 大学在学中~大学卒業後、フリーターをしていたときに 自分の置かれた状況、無能さに嫌気がさして、死にたいと思うようになりました。 その後就職し、なんとかもちこたえていましたが、コロナのせいか、楽しみがなくなった途端に不安・恐怖におそわれるようになりました。 どうせ死ぬならいつ死んでも同じなのでは? 生きる意味も必要もないのにどうして皆生きていけるのだろう、 でも死ぬのがとてつもなく怖い…ぐるぐると考え、 考えることに疲れ果て、「今なら安らかに死ねそう」と思ってやっと眠りにつくことが多いです。 心療内科を受診したこともありますが、先生のスタイルもあってか、 睡眠薬の処方のみで、強制的に眠って体力は回復できましたが、 考え方が変わらないとずっとこのままだな、と感じています。 現在の生活に不自由は特になく、心だけが置いていかれているような気がします。 「死が怖くない」今のうちに死んでしまいたいです。また怖くなるターンが来ても苦しいので。 違うことを考えていたり、趣味を楽しんでいるときにもふと、 「どうせ死ぬのに何やってるの?」と現実に戻されるような問いかけが浮かんでしまいます。 思考に左右されるのにも疲れました。どうしたらいいのでしょう。 家族を遺すことに少し抵抗がありますが、でも皆死んじゃうからな…と思っています。 長文・駄文すみません。書き出してみれば何かわかるかも、と思いましたが、難しいですね。

有り難し有り難し 19
回答数回答 1

死ぬ間際の人間のありかた。

人は、死ぬ間際、どういう心持ちでいたら良いのでしょうか。 死ぬ瞬間。 浄土系の教えでは、弥陀来迎を信じ、弥陀にお任せして、心穏やかに 最後の時を迎える事だと思います。 死の間際、恐怖なく安穏で居る事は並大抵じゃない。 高度な仏教哲学も、「自分が成っていないと」生老病死の苦しみに対する、屁の突っ張りでしかない。 「成った事」すら、無明を前にして、自覚出来ない気がします。 だとしたら、方便でも、心穏やかに最期を迎えられる、浄土系の教えは、在俗の者に有効なのかなと思いました。 学究であり、優れた人格の法然上人の、庶民への優しさかなと思いました。 しかし、究極の真理は、「自浄其意」だと思います。 しかし、禅宗にも一抹の疑問が涌きました。 「六道輪廻は生きる人間の心の有り様。」と、輪廻思想を切り捨てると、 「而今」の真理から言えば正しいですが、施餓鬼等、自身が行っている事も否定してしまう。  正自覚者である釈尊が、見通した世界。インド土着の世界観等々と切り捨ててはいけない気がするんです。 だとすると、死の間際の心の有り様は重要なのではないでしょうか。 人生に一度しか経験しない、最大恐怖の死。 生老病死の最大恐怖。 何かすがるものがなくても、灯明の如く寂滅できるものでしょうか。 お坊様方は、人は死の直前、間際、どのような状態に居るのが理想と思われますか? 何もかも放下して、消え行く中。 どんな気持ちでいるべきなのでしょうか。 最大の疑問です。 どうぞ、ご教示くださいますよう、お願い致します。

有り難し有り難し 8
回答数回答 2

あっけない死

よろしくお願いします。 地面と、窓から見える排気ダクトに鳥がたまごを産んでいました。地面のたまごは毎日無事かなぁと帰り際見たり、廃棄ダクトは親鳥が巣を作っているのに気付いてから何気なく見ていました。そのどちらも今日死んでしまいました。地面のたまごは大雨によって。廃棄ダクトのたまごは機械を動かしたか?によって巣ごと落下していました。雨なんて予報で分かっていたし、廃棄ダクトだって巣があることを伝えることだって出来ていました。どちらもしなかったことが悔しく後になってそんなことを思う自分が不快です。あんなに頑張って巣を作っていた親鳥や、たまごに近づく人間に威嚇していた親鳥を思うと悲しいし、わたしは結局何もしなかったのに悲しんでいることに何なんだろう自分は、と思います。 そして生き物の命はこんなにもあっけなく終わってしまうのかと悲しくなりました。これからやっと産まれるところだったのに。地面のたまごは割れて今から産まれるところだったようです。それなのにあっけなくです。生き物の過酷さをみて人間の甘さを思いました。自然だから仕方ないのかもしれませんが、やはりショックです。全ての生き物に言えることかもしれませんが、こんなに簡単に死んでしまうのかと思うとやりきれません。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

未来はすでに決まっている?生きて死ぬとは

よく当たると噂の鑑定士がいます。 配偶者の5年先が見えないと言われて現役だったのに3年後突然病で亡くなったり、死期が近い人は死臭がしてきついとか3年先の未来までは見えるそうです。一応鑑定で食べていっているけどお金は設定されておらず気持ち程度でいいし、人の人生を見るから不安だけを残せないと言う理由から制限時間なしです。私はお会いした事ないですが友達や家族が見てもらっています。四柱推命やその人が前に座るだけである程度わかるそうです。私は、大切な恩師を亡くしてから自分で切り開いて生きてきました。周りの人のおかげで今は元気に過ごせています。恩師は占いは一切信じず見たものだけ信じていました。でも、その恩師すら実は未来は既に決まっていて自分で切り開いて生きてきたつもりでも実はもう定められた中で生きていたのかなと思うと怖くなります。四柱推命も然りです。その方は当たりすぎてテレビにも呼ばれていますが断っているそうです。私は白黒はっきりした性格で、占いや運命、宿命などつかみどころのない物事に弱く不安になる傾向があります。私は人が生まれてきた意味はなく、ただ生まれて死んでいくだけと思っています。 そこに意味も価値もないです。ただ生きてきた以上は人の役に立ちたいし意味や価値は自分で見出したいと思っています。あくまでも自分の人生は自分で切り開き、一つ一つの選択次第でいつでも人生を豊かにすることができると信じています。私は不安や恐怖を抱きやすいのですが、生まれてきたことや死んでいくことをもっと自分なりに噛み砕いて理解したいし、いつか死ぬのに死に対して恐怖があるので、死を受け入れて恐怖を無くしたいとも思っています。せっかくこの世に生まれてきて、大切な人たちに出会えて恵まれて、人生の困難も学びとして捉え、今日より明日が充実しているように、生きていることをもっと心から楽しくなれるようにしたいのに鑑定士の話を聞いて恐怖に思う自分がいます。恩師の死も既に決まっていて、私も自分で切り開いて生きているようで決められた枠の中で生きているのかと思うと、怖くてたまりません。ロボットのようにあることなすこと受け入れて定められたように生きるのが人生なのでしょうか?勇気を持って出した答えも決断も、生まれた時から決まっていたのでしょうか?人は、そんな風に生まれて死んでいく人生なのでしょうか。

有り難し有り難し 20
回答数回答 2

死ぬ事「だけ」が辛い

最初の就職先に、半年で 出ていけと言われ、心が折れ まともに再就職出来る気がしない 親が先に死ぬのは当たり前なので いつまでもすねをかじれない バイトだけでは寿命を全うするまでの 稼ぎを得られない。 男に無縁など 今は辛くはないですが、生きていていく未来に希望を見いだせません。 ですが死ねば、見えないながら 仲良くなった幽霊の友達や神様方が お話したり、遊んだり 散歩してくれるとおっしゃいました。 こちらへ来るのを待ちきれない、 だから早くこちらへ来いと 夜中に神様方が 肉体が精神を手放すように 手伝ってくれましたが 結局呼吸を止めきる事が 出来ませんでした。 朝を迎えて起きてから 死ぬ事「だけ」が辛いと 死というものをありありと自覚し 泣きながら身を震わせています。 恐らく寿命でさえ 安楽死ではないのでしょう。 少しだけ調べましたが 死のうと思ってしまうほどの 絶望を抱えた人達ですら 自殺未遂に終わり 光を失ったまま 今を生きている者も居ます。 絶望しきった訳ではない私は 彼ら以上に死ねないでしょう。 生き物は全ていつかは死にます。 それでも私だけでなく 寿命の前に人が楽に死ぬ方法を知りたいです。 余談:方法だけなら、 一瞬で頭全体を脳まで潰すという 答えを出してみました。 しかしその状況が、 高速道路で急ハンドルを切り 反対側の車線へ飛び出すという どう考えても迷惑極まりない方法しか 思いつけませんでした。 一秒でもはやく皆に会いたいです。 いつまでも返答をお待ちしています。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

死ぬ時期を決めて生きる父

初めまして。 私の父は61歳です。                     現在一人暮らしの父は、どうやら自分で死ぬ時期を決めているようなのです(数年以内のようです。)。                     理由は二つ。 一つめは、介護状態になったとき、子どもに迷惑をかけたくないから。 二つめは、生きる期限を決めた方が、金銭面で苦労することなく、楽しく生きることができるから。 というものです。                     「そういうわけだから、俺の心配をするな。ある日突然いなくなるから。迷惑はかけない。」と言います。                     父の言い分は理解できないものでもありません。長生きすることが幸せだとは限らないと、私もよく考えるからです。私だって死にたくなるときはあります。                     ただ、それを子どもである私に伝える意味が分からないのです。                     父の決意が本気だとしたら、私は父の言葉をどう受け入れればよいのでしょうか。                     自分で死ぬ時期を決めるということに対して、反対すべきなのか、そのつもりで心構えをすべきなのか。                     自分の親に「自死宣言」をされ、心穏やかにはいられませんし、正直憤りさえ感じます。                     今まで散々心の虐待を受けた挙げ句、自死宣言。いつまで私の心を傷つけるんだろう?とも思ってしまいます。                     まとまりのない文になってしまいましたが、回答をいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る