職場の人達が敵に見え、どん詰まりです。
10年以上自分の得意分野の音楽にかかわる仕事をしてきました。
数年前、職場の人からの対応で人間不信になりました。
さらに最近追い打ちをかけるようなことが職場内でありました。
涙も枯れるほど泣きどん底まで落ちた結果
「この人たちは私のことをどうでもいいと思っている。講師がトップでパート勤務の私はどうでもいい存在と思っている。例え音楽レベルで講師と同じかそれ以上の実力を持っていても、この人たちは結局役職で人を判断している。だったら私もこの人たちのことをどうでもいいと思うよう努めよう。でないとこれ以上は自分の身がもたない」と思うようになりました。
当然そんな歪んだ思考したくもありません。
でもそう思わなければやっていけなくて、ある時糸が切れました
それ以来、勤務日数を減らせるだけ減らしイベント業務には一切参加しないようにしました。
こんなのでも続けている理由は新規のお客様が私の勧めで楽器を買ってくれたときの喜びが大きいからです。
でも外部からくるお客さんなんて物凄く少なく、ほとんど身内のみで成り立っている職場のため、その「身内」が敵ばかりで喜びである外部のお客さんがほとんどいない状況で、これ以上やっていけるのか悩んでいます。
働けるだけでも感謝しなければと意識を変えようと何度も何度もトライしてきました。
でもあの出来事はもう頭から消し去ることはできません。
私の捉え方に問題があるのかもしれませんが、10年以上経ってもそんな自分は結局変えられていません。
仕事にやりがいを感じて職場の人たちとも息がぴったりで上司にちやほやされ毎日やる気に漲っている人と会話しなければならないのが苦痛で苦痛でしかたありません。
さらに、例えばこつこつトイレ掃除をするパートさんはぞんざいに扱われ、人手不足だからとバイトでたまに臨時に使われる講師がちょっとはたきでその辺りをはたいただけで「よく働くねえ!」と褒める、そういう風潮にももう我慢できません。
そうするしかないから逃げることにしたのに、逃げたことを軽蔑されてるのも伝わってきます。
「方向性が定まらない時は一旦流れに任せましょう」という自己啓発の本を読みましたが、流れに任せて何年経過したことか…。
どん詰まり状態の扉を開くにはどうすれば良いでしょうか。
アドバイスを頂きたいです。よろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
見切るのも、一つの能力.成長ですよ。将来を見据えて。
居心地の悪い、職場の雰囲気や 勤労が割りに合わないと思うと、何もかも前向きになれなくなりますよね。
見切るのも、一つの能力.成長ですよ。
転職先を探したり、仕事と割り切りプライベートを充実させたりして。今の環境に全てを求めるのも限界なのかなと思います。
やりがい、生きがい、充実、楽しみ、
将来を見据えてバランス調整してみましょうね。
仕事があるだけ有難い。確かにそうだけれど、それで疲弊してしまうより、こんなところで私は終わらない潰されないと、志高くね◎
質問者からのお礼
ご多忙な中、お返事ありがとうございました。
とても難しいですが、なるべく割り切るように努力を続けます。やっぱりそれしかありませんよね。
プライベートで新しいことに挑戦したり、ワクワクを探し続けようと思います。