hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

ハスノハでのご回答に…

回答数回答 2
有り難し有り難し 50

お忙しいところお話を聞いてくださってありがとうございます。
私は悩みごとができるとこちらのハスノハの問答を読みに参ります。
沢山のお坊さんがいろいろな視点から回答をしていて、たいへん参考になり、救われたりもします。
でも、中にはせっかくお坊さんが回答をくださっているのに、怒り出したり、つっけんどんな返信をする方もいますよね。
お坊さん方はきっと複雑な気持ちになるだろうと思うのですが、どのように気持ちを切り替えておられるのでしょう?
私も、頼られて親身になったのに「あなたは何もしてくれない、期待外れだった」と言われて腹が立ったことがあるので、お坊さん方の心の持ちようを教えていただきたいです。

2021年3月26日 17:38

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

2つのことをわきまえることで

こんにちは。

回答僧に寄り添ったご質問をありがとうございます。
回答側の心情を察していただけるそのお気持が有り難いです。

いつも見てくださっているのですね。
励みになります。

さて、「複雑な気持ち」を「どのように気持ちを切り替えて」いるのだろうか、というお尋ねです。私は、以下のことを考えています。

・限界をわきまえる

私は、限られた字数であるから回答が出来ないとは考えていません。
言葉、構成の仕方によっては十分可能だと思っています。

しかし、回答者側の意図する言葉や文意だけで問答は成立せず、質問者側の受け取りようがあって初めてこの場は成立しています。質問者側の背景説明、問題意識の持ち方、言葉のイメージの仕方などが大きく影響して、時には「怒り出したり、つっけんどんな返信をする」人もいます。

両者に多くの齟齬が生じるポイントがある、その限界を私はわきまえているつもりです。よって、その限界を自分の力でどうにかできる、と力を入れすぎないことが肝要かと思います。

・分をわきまえる

あくまで回答者側は質問者側にとって第三者です。
できることは限られているということをわきまえたいと思っています。第三者は、当事者でないために客観的に状況を指摘することが出来ます。しかし、逆に言えば当事者あるいはその親しい周辺ではないためにその悩みの現実に関与できることは限定されている、ということです。

お坊さんという存在に、大きな信頼を寄せている人もいるでしょう。
一方、どんな存在か分からない、あるいは某知恵袋と同じような感触で尋ねている人もいると思います。

つまり、回答僧の回答がどこまでその人に影響を及ぼせるか、はその質問者のスタンスにもよるということです。元々お坊さんにもっているイメージ、これは僧の側にはどうしようもありません。

よって、お坊さんだから救えるとか、必ず正解を導き出して解決できるなどととは思いません。分をわきまえて、できるところで回答すればいい。回答すること自体、少なくとも悩みを一緒に考えること自体に意味があると思っています。

あなたも過去に回答僧側と同じ立場に立った事があるようです。
結果的に寄り添えなかったという悔しさもあるでしょう。
しかし、それは上記のように、限界をわきまえ、分をわきまえることによって少し力を抜くことができると思います(字数制限)

2021年3月27日 7:42
{{count}}
有り難し
おきもち


釋 悠水(しゃくゆうすい)
浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...
このお坊さんを応援する

返信

ライラックさま

基本的に返信には目を通すものの、どのような内容であるかより、再質問があるかどうかを気にしておりまして、その再質問に更に回答の必要性があるかどうかを判断するために見ているという感じでしょうか。。そして、追記して再回答する場合、再質問を促す場合、保留させて頂く場合とあります。

それ以外の内容については、良い返事の場合はホッとして安心し、悪い返事の場合は、なるほどそういう受け止め方もあるのかと、それも一つの勉強とさせて頂いております。

川口英俊 合掌

2021年3月27日 9:40
{{count}}
有り難し
おきもち


質問者からのお礼

お忙しいところ、早くにていねいなお返事をいただきありがとうございました。
 
釋 悠水さま

頼られたときに「自分は役に立てるはず」とどこかで驕ってしまっていたのかも、とハッとしました。
自分は、謙虚ぶっているけれどわきまえることがまだまだできていないのだと思います。
期待外れに思ってしまったのはきっとお互い様だったのですね。
 
川口 英俊さま

どんな返信があるか、良い返事か悪い返事か、ではなくて「そのままを見て自分に今できることだけをする」ということなのですね。
なかなかいつも実践するには難しいですが、心がけていきたいと思います。
 
おかげさまで気持ちの仕切り直しができました。
これからも問答を読みに参ります。
ありがとうございました。

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

お坊さんも、悪いことをしたことはある?

お坊さんにも、悪いことをしたことがありますか? 間違ったことをしてしまったこともあるのでしょうか? 昔の罪や自分を許せないことはありますか? 過去の自分を許せない時、どのように立ち直れば良いのでしょうか。 私は悪いことをした自分が目標の仕事に就きたいなんて思っていいのか、と自分を責める気持ちがあります。 お坊さん方も、自分がお坊さんになることに対して躊躇した経験や、自分がこの仕事をしていいのか、と考えたことはありますか? お坊さんは善人というイメージが個人的に強い様に感じます。しかしハスノハの回答を見ていると、お坊さんでも過去に罪を犯してしまった方もいるようです。 私のなりたい職業よりも、お坊さんは善や心、道徳を大事にする部分が多いため、葛藤もあったのではないか、と疑問に思いました。 罪を犯した自分が夢を追いかけることに対してどうしても罪悪感が拭いきれないため、お話を聞かせていたたけたら有り難いです。 どのようにして罪や過去の自分、今の自分、そして仕事に向き合っていますか? 僧侶や仏教、宗教というものにあまり詳しくないため、検討違いな文章になっているかもしれません。 僧侶を職業だと認識して、仕事として書いておりますが、お坊さん方は「仕事ではない」と認識されているかもしれません。 知識不足でご不快な文章になっていましたら申し訳ないです。

有り難し有り難し 59
回答数回答 2

食前・食後の 言葉

ずいぶんと久しぶりに、こちらに伺いました。 あれからもう、二年半以上が経ったのかと、感慨深く。 現在は、実家からさほど離れてはいませんが、独り暮らしを始め、コンビニのアルバイトと、国からの障害年金・福祉ヘルパーさんたちに支えて頂きながら、自立生活・リハビリに努めています。 家族間の溝は、どうしても多少なりとて残ってはしまっていますが… 最近になって、父の世代の下に当たる 現在宗派を率いる世代 の方たちと、父経由ではない形でお話しをする機会を得ました。 今後の私のライフワークとなっていくだろう〝ヘルプマーク〟などについて興味を持って頂いて。 ちょっとずつ… 父とは違う形で、宗派 その他に関わっていくかもしれません。 本当は、〝つぶやき〟に書くべき徒然ではありますが。 字数制限に合いませんでしたので、こちらに書かせて頂きました。 【質問】 皆さまの宗派の、  ・食前の言葉  ・食後の言葉 など、宜しかったらお教えください。 各宗派・地域によって、瑣末に違ってくるだろう。 そして現在は、わりと廃れてきているのかな… という、この言葉を、少しでも残しておきたいと思いました。 ちなみにうちでは 「一粒一滴 皆 御恩。 不足を言ってはもったいない。 感謝で美味しく頂きましょう。 いただきます」 「今、尊い食を終わりて。 心豊かに、力 身に満つる。 この心身をもって、己が技に励みましょう。 ごちそうさまでした」 だったかな。 伝えていきたい言葉だと思います。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

跡継ぎの悩み。お坊さんとしての在り方とは

 実家が寺院です。  住職をしている父親の在り方に疑問を覚えるとともに、自分の将来について悩んでいます。  現在、人々のお寺への関心は少しずつ薄れているものと思います。そんな中、私の実家は今でも多くの檀家の方々に支えられ、お寺として成り立っています。しかし、父はその有り難さが分かっていないように思うのです。    具体的な収入(僧侶が頂くお金を収入と呼ぶのは語弊があるかもしれません)を私は知りませんが、高級車を何台も乗り継ぎ、沢山の娯楽品を購入し、暴飲暴食…。具体的な発言があったわけではありませんが、「僧侶も職業だ。稼いだ収入を好き勝手使ってもいいだろう」というような気持ちが根底にあるように思います。  お寺の管理として沢山の工事も行い、綺麗なお堂を建てる一方で、景観として素晴らしい大きな木を何本も切り倒すようなこともありました。  非常に恥ずかしく思うとともに、悲しく、また、檀家の皆様に申し訳なく思います。そんな父の「粗さ」に母親が涙する日も増えました。ただ、私もまた、そんな父の援助があって、仏教科ではない別県の大学へ進学しているため、やっていることは本質的に父と変わりないのだと思うと、苦しくなるばかりです。  父親のような僧侶にはなりたくないと思います。ただ、日々誰かの死と向き合う仕事ですし、お寺としての管理も父なりに苦しんで考えているものと思います。大きなストレスもあるでしょう。父がどんな気持ちで高級車を乗り回しているのか、分かる気もします。改めて、現代におけるお寺や僧侶というものの在り方の難しさを感じます。「苦しすぎて私にはとても継げない。」「自由に暮らしたい。」「普通の家庭に生まれたかった。」そんなことを連連と考えてしまいます。  悩みやすい性格で、父親のことも悩みの一端に過ぎません。ただ、お寺の道に進むのか否か選択を迫られる時期が近づいてきており、「お坊さん」として生きていらっしゃる方々の言葉を聞いてみたいと思い投稿しました。  お坊さんとしてお金とどう向き合っているか。お寺への関心薄れる現代において、お坊さん・お寺として、今後どう在るべきか。また、悩んだ末に実家を継いだ方がいらっしゃいましたら、その決断に至るまでのお話など、相談としては漠然としており申し訳ないですが、何かご意見頂けると有り難く思います。

有り難し有り難し 125
回答数回答 6

お坊様方の葛藤や苦悩、教えについて。

はじめまして。 先日、こちらで投稿をさせて頂き、道標をいただきました。 一進ニ退の日もありますが、先ずは己のために少しずつ仏教の教えや考えにふれたいと思うようになりました。 貴重なお時間をいただく事になりますが、質問をさせて頂きます。 申し訳ありません。 沢山の問答を拝読致しました。 今は自分が出来そうな事から、出来る日には、はじめています。 変えられない過去やわからない未来、辛い事が浮かんだ時には、(体の都合で座る事ができなくても)目を閉じて今の空間や呼吸に集中してみる 心を静めたい時等、南無阿弥陀仏と心の中で唱えてみる 自分の考えに偏ったり、様々な執着を手放すように心に留める など、容易くはない事柄もありますが、今の私にできそうな、まだまだ小さな一歩ですが、この事を知らなかった、しなかった時に比べると心のありようが違うと感じています。 お坊様方にも私達質問者と内容は違えど、苦悩や葛藤が過去におありだったり、今尚、もたれている事もおありかとは思いますが、過去に迎えられた苦しみや葛藤の中、どういう心の動きがおありでしたでしょうか?(葛藤の内容については複数の方々が見られるかもしれませんので、省いて頂いて大丈夫です。) また、その時やその後、スッと心に入ってこられたり、感銘を受けられた仏教の教えや考え方が(仏教の教え以外の親、友人、恩師等からの言葉でも)おありでしたら、お教え願えますでしょうか? お時間をさいて頂く事になり、申し訳ありませんが、可能でしたら宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る

仏教駆け込み寺 自殺防止・DV・虐待・鬱 相談窓口のご案内
hasunoha YouTubeリスト 回答層YouTuberのまとめ

関連コンテンツ

娑婆のニュース
仏教を知る ブッダの言葉
そらノート

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

縁切り供養寺大法寺