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少しでも心を楽にしたいです。

回答数回答 1
有り難し有り難し 4

前回の続きの様なものです。

産まれてきた家庭が家庭な為、他人の家庭に加え友人の家庭すらも羨ましく思えてしまいます。
自分には無いものばかり持っている家庭に目がいってしまい、自分に有るものがなんなのか完全に分からなくなっています。
その当時から今現在も泣きたくなった時は誰にも聞かれない様に1人の空間を作って泣いてます。

そんな事が長く続いてしまっているせいか、親族や親に対して恨みのような感情を抱いてしまっています。

こんな状態の私は幸せになってもいいのでしょうか


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたは幸せになってよいのですよ!

お空さん、お早うございます。再びハスノハに相談を寄せて頂き、有り難うございました。前回の相談も拝見しました。まず、結論を。
「お空さんは幸せになってよいのです」
お空さんは、今素直に「はい!」と返事ができましたか?もし返事ができたなら、この続きは読む必要はありません。今日から、小さなことが変わっていくでしょう。幸せになるかどうかは、お空さん自身の新たな気づきがスタートになるのですから。

もし、素直に返事が出来なかったなら、続きを読んでください。そもそも、お空さんは何をもって幸せと捉えていますか?もう少し、幸せの中身を尋ねしたくなりました。私は僧侶として多くのご家庭に寄せて頂き、その悲喜交々を垣間見ることになります。外見からは幸せそうに見えるご家庭であっても、お一人お一人の心の内を伺ってみると、それぞれ様々な苦しみや悩み・憤りを抱えて生きておられることが分かります。人生は、良いことばかりもしくは悪いことばかりというものではありません。自分にとって良いことも悪いこともまぜこぜの中で、それぞれの人生が重ねられてきます。生まれてきた家庭が複雑であることやそれゆえ他人の家庭を羨ましく思うのは、お空さんだけでないのです。貴方は一人ではありません。

さて、自分にあるものが分からないとありますが、お空さんは今その身体を頂いていますね。少なからず食事をすることができているでしょう。熟睡はできなくとも、身体を休める住まいがあるでしょう。その一つ一つが今お空さんにあるものですね。自分にあるものがわからなくなった時は、お空さんに降り注ぐ太陽の光を眺めてください。太陽の光に当たると身体が温かくなりますね。その太陽の光と同じように、仏さまのお慈悲の働きを受け止めてきた先人の歴史(=仏教)があります。幸せとは、どこか遠いところにあり、それを探し求めるという性質のものではありません。「脚下照顧」実は、自分の足元にあり、ただ今の自分を現に支えているものだったと気づいていただける時が来ることを願っています。ご両親にも相談できず色んな事を抱えて来られたのであれば、このハスノハに何度も何度も相談をしてください。自分の気持ちを言葉にしていくうちに、既に自分にあるものに少しずつ気づくことができるでしょう。その時まで、このハスノハに集うお坊さんはお空さんを応援していきます。オンライン相談もお受けできますよ。

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有り難し
おきもち

1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん...
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質問者からのお礼

お返事をくださってありがとうございます。

正直なところ、自分にも幸せの定義のようなものはわかりません。
ただ、呼吸をする様に毎日笑顔になったり嬉々として思い出話をしたり当たり前のように家族と話せている様が現状の私にとっては幸せに見えています。

そんな家庭がある事が羨ましい限りに思っています。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ