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過去の過ちの償い方

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私は小学2年生の時にクラスメイトのEちゃんを友達のAと一緒にいじめをしたことを後悔しています。

具体的にはバイ菌扱いしたり、飛び蹴りをする振りをしたりなどの卑劣な行動をしてしまいました。

いじめをした理由としては今までの人生でケンカをした事がなく、そういうことをしてみたいとの興味本位でした。

その行動をしてから数週間で罪悪感を感じ、先生立ち会いのもとで謝罪をしたところEちゃんは許してくれましたが、やはり自分の行動が許せません。

また、インターネットで、いじめ加害者はこの世にいてはいけない、早く死んでくれたら嬉しいなどの書き込みがあり、私は死ぬべきなのかと考えてしまいます。

この出来事が毎日フラッシュバックして食欲がなくなり、何事も手に付かなくなりました。

自分勝手ですがこの罪悪感から少しでも開放されるにはどうすれば良いのでしょうか?

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

いまごろパフェ

こんにちは。
お話し聴かせてくれてありがとうございます。

世間じゃ、『いまごろパフェとか食べてるよ』というマンガが人気なようです。

現在のEちゃんは当時のことを乗り越えて人生歩いてそうですが、現在のさとう様は後悔と自責の念がある。

過去の事実に対しては今から変えることはできませんが、視点や受け止め方は変化することが可能です。

まず、当時の幼いあなたに声をかけてあげることが可能でしょうか。
怒ったり責めたりするのではなく、当日のさとう様に何が足りていたなら興味をEちゃんに向けずに済んだのか。

その視点で当時は見えなかった過去の自分と自分を取り巻く環境を見てあげてください。過去の自分へ労り(いたわり)の気持ちで声をかけてあげてください。

いじめた、いじめられたの修羅の世界に陥ってしまった本当の原因を知ることができたなら、自分を責めたり傷つけるだけで解決することではないと気づくものです。

いろいろ大変な世の中ですが、乗り越えてくださることを念じます。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

アドバイスを下さり心から感謝申し上げます。少し気持ちが楽になりました。これからは過去の過ちを繰り返さぬよう真面目に生きます。

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