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自分の行動に後悔

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初めまして。ご相談です。
私は、自分が起こした軽率な行動に後悔でなりません。
その行動というのが、欲に負けて風俗に行ってしまった事です。私には、妻と8か月の子供が居ます。それにも、かかわらず欲に負けてしまい風俗に行ってしまいました。ましてや、世の中がこの様な大変時期に関わらず。
分かっているのに、自分がとった行動は嘘と裏切り行為に値し許されません。妻は、子育てや家事でしっかり家族そして自分の事をしっかり支えてくれています。本当、感謝しています。
それなのに、自分が情けないです。
これからは、しっかりと自分の行動に責任を持ち感謝の気持ちを忘れずに生きていこうと思います。
その上で、何かアドバイスがあれば頂戴したいです。よろしくお願い致します。

2021年5月31日 14:20

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

正直な貴方は素晴らしい!! 

 ケンチさん、お早うございます。面と向かってしにくい内容でも、こうしてハスノハに書き込んでいただくことで相談がお受け出来て、よかったです。
 
 まず、子どもさんの誕生、おめでとうございます。母子ともに順調ですか。初めての子育ては「しっかり子育てをしたい」と願う母親にとって、大きなプレッシャーがかかっています。何せ、全て初めての経験ですから。加えて、出産後の心身の変化も大きいですから、なにげない日常生活を送ることもしんどくなることがあります。そのしんどさや不安をわかってほしくて、最も身近な連れ合いにぶつけることが多くなります。それを「あなたのことを頼っていること、あなたに気を使う余裕がないほどしんどい状況」の裏返しと観ることが出来るといいですね。

 一方、男親であるケンチさんも複雑な気持ちを抱えておられるでしょう。子どもが授かり、無事に産まれたことはこの上ない喜びだけれど「連れ合いが子どもの世話につきっきりであること、自分をあまり構ってもらえないこと、親としての実感が母親よりも遅くなって芽生えてくること、この時期の子育てに直接関われる時間が少ないこと」などの要因から、男親はなぜか寂しさを感じてしまう時期があるようです。ケンチさんと同じ男親として、私もかつての自分自身を振り返りながら、想像してみました。

 人間という動物は、いつも理性的であり続けることが難しい動物のようです。大事なことは、後から自分を振り返ることが出来るかだと思っています。その点、ケンチさんは、この相談を通して、しっかり自分を振り返り、奥さまのがんばりにもしっかり気づいておられます。だから、大丈夫です。時には、労いや感謝の気持ちを言葉や態度にして伝えてみてくださいね。自分の強みも弱みも分かった上で、自分を大切に出来ることで、奥さまや子どもさんもきっと大切に出来るでしょう。これからの長い人生、行動の結果だけを切り取って良し悪しの判断をするのではなく、それまでの過程や自分の気持ちを正直に吐露できる場所やご縁を大事になさってください。そのことが自ずと、ケンチさんの心の広さや深さを育ててくれることになるでしょう。
 
 このハスノハに集うお坊さんも、ケンチさんを応援していきます。子どもさんとともに、ご家族の健やかな日々を願っています。

2021年6月1日 9:24
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有り難し
おきもち


1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん...

質問者からのお礼

アドバイスありがとうございます。
これからは、感謝の気持ちを忘れずに生きていこうと思います。
ありがとうございました。

「後悔から抜け出したい」問答一覧

好物を「神に捧げた」と言ってしまった

大好物を我慢するために「神に捧げた」と言ってしまい、食べられなくなってしまいました。 初めて質問させていただきます。 以前勤めていた職場の上司が禁煙を始めた際、私も自主的に、大好物のある洋菓子を我慢することにしました。 上司への好意や応援・尊敬の気持ちから行ったのではなく、自分が物凄く仕事の出来ない部下であったため、「実はあなたが我慢している間、私も好きなものを我慢して頑張っていたんですよ」という見当違いの努力をいつかアピールしたいという下心から始めたことだったと思います。 毎日のように食べていた大好物のその洋菓子は太りやすく、あまり健康に良いとは言えない食べ物のため、ダイエットも兼ねて、家族や周囲には「〇〇(大好物)は神に捧げた(ので食べない)」と公言し、実際に我慢してきました。 しかし上司が禁煙をやめ、以前の職場を退職して努力アピールの機会や理由を失ったにもかかわらず、1年以上大好物を食べていません。 食べたくてたまらないのに、食べるのが怖くなってしまいました。 覚えていないのですが、何かのお参りの際に大好物を我慢することを「願掛け」的に神様にご報告してしまったかもしれませんし、何より「神に捧げた」という表現を何度も使ってしまったため、その食べ物をいま自分が食べてしまったら、何か自分や大切な人にとんでもないバチが当たるのではないかと怖いのです。 その恐ろしさと、また大好物を食べたいという気持ちが葛藤しています。 小さい願望で本当に情けないのですが、この世で1番大好きな洋菓子なので、一生食べられないと思うと悲しくてなりません。 一度でも「捧げる」などと言ってしまった自分の考えのなさを後悔するばかりです。 しかし他方で、あんなに捧げると言って我慢してきたのにまた食べ始める意志の弱いやつ、と周囲に白い目で見られることが恥ずかしい気持ちもあり、自分の浅い行動への報いとして、もう二度と食べない方がいいのか?とも思い苦しくなります。 神に捧げた、という言葉を使ってしまったこの葛藤について、何かアドバイスを頂けましたら幸いです。 お忙しい中恐れ入りますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

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色々な後悔、これからのこと

40代、結婚10年子供なしです。 結婚や出産に興味なく、子供の時からお金への不安を親から植えられていたせいか仕事をどうしても諦められない気持ちが強く、結局欲しいと思ったときに妊活しましたが出来ませんでした。夫婦2人の生活がこのあと続くのですが、やはり子供が欲しいと強く思えなかったんだろうか、女なら子どもが欲しいのが普通だったんだろうか、妊活に向き合う気持ちが薄すぎたんだろうか、邪心があったからできなかったのか、、と心が乱れまだこと人生を受け入れる準備が出来ていないように感じます。 不妊治療は遠方まで通院し、仕事の間に通って、家で注射したりと自分ではやることはやったのですが、世間でよく聞くような「やり切った感」はありません。 夫とはこれまで数えるしかSEXもなく、妊活も不妊治療にいきなり突入。夫婦生活もこの先ないまま女としても終わると思います。それでも夫と結婚して良かったとは思っています。 この人の子供がみたいとか、この人となら子育ても乗り切れそうと今なら思うのですが、結婚当初や不妊治療中はそう思えず、そう思えなかった自分も責めてしまいます。 今、自分、私を生きるしかないのは頭では理解するのですが、このところ今までの人生を振り返って、つい他の人の人生と比べてしまうこともあります。 今を生きるためにお知恵をいただければと思います。

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他人の意見を鵜呑みにして後悔、自己嫌悪

 新卒で入った会社で最初に配属された先が希望と異なり、入社依頼ずっと異動を希望してました。 配属先の仕事は全く自分に合っていませんでしたが異動のないまま3年目に突入し、 向いていない、希望もしていない仕事、別件での上司に対する不信感も拭えず、毎日毎日もう無理辞めたいと思っていました。  そんな折、突然人事との面談があり、前々から希望していた配属先の名前を出されました。人が辞めて空きがあったので希望すれば行くのはほぼ確実でした。  少し前ならすごく嬉しくて、やります!と喜んで言っていたと思います。 しかし、偶然にも面談の数日前に長く働いている先輩社員からその部署のよくない噂を聞かされ、あそこだけは絶対にやめておけ、兎に角だめ!と強く言われていました。私からはその部署の話は何もしていません。  今までならそのような他人の意見は無視していましたが、この時既にかなり心が参っていて冷静に考えられませんでした。 月の半分くらい仕事中でも涙が止まらないことがあり、日々の仕事をこなすのが精一杯で、こんな自分がそんな環境でやっていけるのか?という不安と恐怖で、 行きたくないです。と言ってしまいました。  正直、2年目の終わり頃には、今の部署から離れられるならどこでもいいから早く異動したいという考えになっていたので、ずっと望んでいた絶好の機会でした。 なので言ってしまってすぐに、何言ってんだよと思いましたが、それまで聞いた色んな悪い話が頭を駆け巡ってとうとう言い直すこともできませんでした。  結局今回も異動はなく、1,2年で異動と言われていたのが、いつか、に変わり異動の希望も持てず続ける気力もなく退職に至りました。  最近になってこの時のことを思い出して、あの時自分の意志を曲げずにいたら、 なぜ言うことを聞いたのかなど、ぐるぐる考えて眠れず、明け方目が腫れるまで一晩中泣いている時があります。  当時は、意見を参考にしたのは自分だから、思い通りいかなくてもこれは自分の責任だと心にもって決断したつもりでした。 でもつらくなるとどうしても先輩の言動と今の状況を結びつけて考えてしまいます。  今更どうにかなることでもないのに、こんなことを考えてしまう自分が嫌です。現状から逃れるための言い訳に過ぎないのは分かっていますが、後悔の無限ループから抜け出せません。

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就職のタイミングを逃して後悔

はじめまして。28歳の男性です。 コミュニケーションに自信がなかったこと、自由を奪われるのではと怖かったこと、そして祖父母の支援があったので、4年前に大学を卒業しましたが就活をせず、今までアルバイトを少ししながらのんびり過ごしてきました。海外に半年間の語学留学までさせてもらっていました。国内外でいろいろな人とかかわって、苦手だったコミュニケーションも自信がつきました。 しかし、この春がいわゆる第二新卒として就職をする最後のチャンスだったと、先月気がつきました。興味があって説明会に何度か行った会社も、もう年齢的に受けられないと知り、自分が就活を引き伸ばしていたことを激しく後悔しています。先月からは、毎日毎日その後悔ばかりです。 やはり前に進むのが怖いのでしょうか。社会に出るのに、その会社に入るのがぼくが一番望んでいたし、やりやすかった方法だったと思うんです。その会社でやりたい仕事もたくさんイメージがあります。 とにかく、毎日の後悔にもう疲れました。後悔ばかりではいけないと、転職サイトに登録して相談したり、友人にアドバイスをもらったり、求人を探したり、現実的に動こうとはしています。けれど、どれだけ現実的に動いても、頭のなかで後悔し続けるのは終わりません。 後悔で疲れたまま現実的に就活のため動くのも、なんかブレーキをかけながらアクセルを踏むようで、車が…体がどんどん疲弊していきそうです。 休息がほしいです。

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大学時代を後悔

いつもサイトを拝読しています。悩みが腑に落ちる感じがして、ありがたいです。 はじめて投稿させていただきます。よろしくお願いします。 社会人一年目です。大学時代の後悔がふつふつと浮かんできます。 主な後悔は、人間関係とゼミです。 私は、中高一貫校出身です。中学の時に、人間関係で失敗し、自分は嫌われ者だという意識の中で生活していました。実際、高校時代の嫌われ度合いはすごかったです。悪口もたくさん言われました。それから、人と関わることがとても怖くなりました。中高生活の中で、自分のダメなところを何度も何度も反省して、自分を責めながら生きてきました。余暇は大概自分の粗探しに消えていたように思います。 大学に入ってからは、やり直そうとと思い、サークルに入ったりして人との交流を広めたりしました。しかし、やはり、人の集団に入るのが怖く、サークルでも自分は多くの人と関われなかったという後悔があります。これが一つ目の後悔です。 二つ目の後悔はゼミです。 分野から選んだため、ゆるく、やることがあまりないゼミだとは知らずに入り、学びを深めることも、ゼミ生と交流を深めることもあまりできませんでした。 また、教授に嫌われている気がして、辛かったです。自分と話す時だけ、テンションが低いです。自分が怖がりながら話していたせいもあるかと思います。自分は、人を怖がっていて、無表情で関わりづらい性格だと思います。また、自分が嫌われても仕方ないことをした、と自覚していることもあり、自業自得だと感じていました。 ゼミ自体が居づらかったです。ゼミは全体的に、仲良いということはなく、サボっている人も多かったです。やることがあまりなく、中身がないゼミでした。本当は自分から勉強するのが大学だというのはわかります。しかし、まだ、学び方さえ十分にわかっていない状態だったのです。このゼミに入っていなければ、もっとよい学生生活が送れたのではと、後悔しても仕方ないことが頭に浮かびます。 昨年はコロナで学生生活がなくなってしまった(皆同じだとは思うのですが)ことから、消化不良や、後悔ばかり浮かんできます。自分が完璧主義なせいもあるかと思うのですが、この後悔の念をどうすれば良いのでしょうか? 読んでいただき、ありがとうございました。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 12
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過去への後悔で苦しんでいる

はじめまして。 最近、過去の過ちの重圧に耐え切れません。 10年ほど前に何度か行ってしまった罪です。 家族や友人など身近な人にはとても言うことができません。 もし言えば家族を傷付けてしまうだろうという理由と、言うことで周りに軽蔑されてしまうことが怖いという汚い感情です。 また、こうした匿名の場であっても直接的に記載するのは憚られてしまうほどの罪であるため、お恥ずかしながらお坊さんのみに公開される設定にさせていただいています。 最近は毎晩、過去を振り返っては吐き気がし、自業自得ながら自己嫌悪と罪悪感で食事も睡眠もままなりません。 そんなことをしても意味がないとわかっているのですが、ずっと考えてしまうことがつらく、死んでしまいたいとも何度も思いました。 大人になった今では、そんなことは絶対にしないと誓えるし、過去の自分を怒鳴りつけてやりたいくらいです。 罪の重さに気付いたのは数年あまり経ってからで、当時も酷く後悔し、何度も自殺を試み、自分の身体を何度も斬りつけてしまうこともありましたが、その衝動も落ち着き、時折思い出し深く後悔しながらも今日まで過ごしてきました。 ですが、1ヶ月ほど前に思い出した瞬間、堰を切ったように大きな罪悪感が襲い、思考が埋め尽くされてしまいました。 このままでは勉学や日常生活にも支障が出てしまうため、どうにかしたいともがいていたところ、このサイトに辿り着きました。 自分の罪がとても重く感じ、世界で一番汚いのは自分だ、生きていてはいけないとさえ感じます。 いま私は、釣り銭を多くもらったときには受け取らず返したり、道を聞かれたときはわからなくても一生懸命応える努力をしたり、バスで席を譲ったり、ありきたりながらも周りのために出来ることを考え、行動するように心がけています。 罪を許されたいということが全てで周囲に優しくしているわけではありませんが、少しでもよい人間になりたいという想いがあります。 それでも、自分が一度でも大きな過ちを犯したという気持ちが四六時中頭から離れません。 私は決して許されてはいけない人間なのでしょうか。生きていてはいけないのでしょうか。とても怖いです。 告白して、楽になりたいというのはエゴでしかないし、抱えているのもつらいです。

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