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いつかその日が来た時に

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いつもこちらではお世話になっております。
沢山の教えの中に日々気づきを頂いております。
ありがとうございます。

今日相談させていただきたいのは、檀家というお寺との関わりに関してです。

以前にも相談したことがあるのですが、私には歳の近い親戚が突然死したこともあり、不安症なところがあり、発作的に「家族の死」を考えて落ち込みます。
ですが、従姉妹の死が「その時が来たら、自分が見送られる側じゃなくて、見送る側だったことを見つめるんだよ」「あなたがこっちにきたら私も、祖父母も、みんないるから、会えるから寂しくないからね」と、教えてくれているようで、時間を要しながらも、今目の前にいる家族を大事にしよう。と、顔を上げることが出来ています。

そして、いつも思うのが、
わたしには今恋人も、自分の家族もいないので、いつか一人になった時に、誰にもこの悲しみを言えずに悲しみから抜け出せずに潰れていくのではないかということにも不安の要素があるのだと気付きました。

そこで思ったのが、
自分が日頃から関わっているお寺があれば、日頃からもっと仏教に触れることはもちろんですし、葬儀でお経をあげていただくことになっても、知っているお寺の方でしたら気持ちが落ち着きますし、法名の相談もできるかもしれません。
何より一人で辛い時には説法を聞きに行けたりして、孤独ではない、自分が生きているのは今であるということを感じる時間を持つことができるのではないかと思いました。

ですが、我が家は既に地域の納骨堂を用意しており、お墓のことを含めて檀家にというのは難しく思います。
更にお寺によるかと思いますが、お金もだいぶ掛かると聞きます(収入はそんなに高くないので)

この場合、檀家になったり、馴染みのお寺を見つけることは難しいことなのでしょうか。

もちろん一番大事なのは場所ではなく、気持ちだというのはわかっているのですが、未熟者ゆえ、このように考えてしまいます。

2021年9月27日 11:04

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

捜せば、拠り所と成るお寺は見つかると思います

 檀家とならなくても、信者と言う形で定例行事や参加する方法はあると思います。

 実際に、法要や法話の会等はネットで検索すると結構見つけることが出来ます。各宗派のホームページで、近隣の寺院を検索することが出来ます。曹洞宗の場合、下記のページからお住まいの都道府県の曹洞宗寺院を捜すことが出来ます。完全に網羅しているわけではありませんが、法話会や坐禅会を開催している寺院を捜すことが出来ます。
「曹洞禅ナビ」https://sotozen-navi.com/

お寺の法要やイベント等に参加してお寺さんと面識出来て、この和尚さんにならお願いしたという方に出会えたら、具体的に相談してみましょう。将来の自分の葬儀や戒名について相談したら良いと思います。生前に戒名を頂く方法もあると思います。生前戒名や葬儀の予約を相談する場合、むーちゃさんの予算をはっきり伝えましょう。「自分の貯えや収入では、これぐらいです。〇〇円ぐらいでお願いしたい。」と聞いてみましょう。

 或る程度目星をつけた上で、自分の足で歩いてみましょう。歩けば良いご縁に出会えると思います。

2021年9月27日 18:13
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おきもち


 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...
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信頼できるお坊さんに相談しましょう

拝読させて頂きました。
あなたのお悩みを読ませて頂きました。
檀家という形式にこだわらずにあなたが信頼して気軽にご相談したり、普段から会話できるお坊さんとお知り合いになってみてはいかがですか?
ここハスノハのお坊さんの方でもいいでしょうし、あなたの近所のお寺のお坊さんと知り合いながらゆっくりあなたのそのお気持ちをお話しなさってみてはいかがでしょう。
人の生命はいつその終わりが来るかはわからないです。誰にもわからないです。そのような不安があなたの心の中にいつもあるでしょうから、あなたのお気持ちを受けとめて聞いて下さる方々は必ずおられると私は思いますよ。
自分の死について・家族や親しい方々の死についてもお話できるでしょうし、お布施等の供養料やその他金銭的なことについてもきっとお話しできると思います。本来なら人々に寄り添ってその思いを汲み取り受けとめていくことが私達僧侶や宗教者の求められるべきことですし、お布施についても可能な範囲の「お気持ち」でいいのです。ムリしてお納めすることではありません、それぞれの方々の人生や生活がありますからね。
できれば身近ないろんなこれは!と思うようなお坊さんに会ってみて時間をかけてゆっくりとあなたの思いをお話してみましょう。そしてこの人ならばお任せできるというお坊さんにこれからのことも様々ご相談に乗ってもらい、できることはお願いなさりお任せなさってみて下さいね。
あなたがこれから素晴らしいご仏縁に恵まれて安心して毎日を健やかに生き抜いていかれます様切に仏様に祈っています。

2021年9月27日 15:03
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おきもち


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

お忙しい中、ご回答本当にありがとうございます。
とても救われた思いになりました。

KousyoKuuyoAzuma様

いつも大変お世話になっております。
個別相談の方でも大変お世話になりました。
この件を思い悩み、お言葉を頂いたことで、まずは自分自身が、いつかくる家族の死を納得して受け入れていく心構えをしていくためにも、家族の希望を聞くところから始めてみようと思いました。
親のことは知らないことも多いのと、親戚が若くして亡くなったこともあるので、「一緒にエンディングノート書いてみよう」と誘ってみました。
延命治療だとか、葬儀の内容だとか、いつかその日が来た時に「本人の望むようにできた」と思えることも後々私にとってはプラスになるはずですので。
その上で、自分自身が足を運べるお寺、信頼できるお坊様と巡り会えるようにも動いてみようと思います。

KousyoKuuyoAzuma様には、仕事のことなどでも個人相談させていただいたことがありましたが、会社の体質や仕事量などが辛くて転職活動をしていましたが、上記のようなことを考えると、そのどれもが些細な悩みに思えてきて、どこへ行っても辛いことはあるのだから、条件が良くなる転職ならまだしも給料が下がるだとか、マイナスがある転職はやめようと思いました。
それであれば多くもらえる分を貯金したり、親にご飯をご馳走したりする喜びに変えていこう。と、思えてきて、今日は思い切って「社内の空気を変えていきましょう!」と自分から発してみました。
なかなか会社の体制というものは変わらないかもしれませんが、何もしないで辞めるより、やるだけやってみることも大事かな。と。
長く働くことで、その時がきたら介護休暇などもとりやすい環境になるように今から動いていくことだってできるかもしれない。
やれることをやり尽くして、それでも辛い時にまた考えよう。
いつか一人になった時、この仕事の忙しさが薬にもなるかもしれないし。と、思い直しました。
本当に、いつもありがとうございます。

吉田俊英様

この度は具体的なお話をありがとうございます。
宗派は違えども物事は色々な面から見ることで新たな気づきを得たり、自分なりに思うところも得たりできると思いますので、祖父が曹洞宗でもあるので、教えていただいたアドレスも活用させていただきます。

早速ネットで調べてみましたら、動画配信などもあっているのですね。
知らずにいたので驚きました。
本当にありがとうございます。

自分のこともですが、両親の葬儀の時に慌てたりせず、少しでもその場で悲しみと感謝を伝える時間を持てるように、そういったことも含めて自分が信頼できる方を探して相談したりしてみようと思います。

おかげさまで色々とあった悩みが一つずつ解けていくようで、幸せは常に自分の目線の先のあって、何を見るかによってこうも変わるのだな。と、思わせて頂いています。

今日も目を覚ますことができた朝に心から感謝します。
本当にありがとうございました。

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

今日お参りに行く時の不安

いつも私の独特な質問におこたえ下さり、ありがとうございます。 お彼岸なのでお参りに行こうと思っているのですが、また不安なことがあります。 お寺の門から入ってすぐ横に、仏様がいらっしゃいます。 私はお寺で仏様に対して酷いことを考えることが度々あり、そちらの仏様に考えた時にも手を合わせて謝っていたのですが、 今日お参りに行く時にも門から出る前に「いつも失礼なことを考え申し訳ございません」と手を合わせた方がいいのか、素通りして良いのか・・・ 謝る時には 1 お辞儀をする 2 合掌して礼拝 3 手を合わせて謝る時に頭を下げる 4 合掌して礼拝 5 お辞儀をする で良いものでしょうか? 門の前で何度も頭を下げている姿を他の人に見られるのも恥ずかしいという思いもあります。お寺に行くのに罪悪感や気の重さを感じています。 また、お寺に行っても、いつも心が乱れていて、酷いことを考えるか謝るかばかりで、感謝の気持ちを伝えなきゃと思ってもその気持ちが不足していてしっかりと伝えられない私がお寺に行く意味は何だろう?そもそも行っていいものなのか?と考えています。 何かアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。

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