親への罪悪感で死にそうです
私はとてもお金がかかる子供で、現在もそうです。現在は専門学生で一人暮らしをしていますが、携帯代から家賃、光熱費、学校など全て親の仕送りです。
これだけでも申し訳ないのに、私は芸能活動を行なっていてライブ代やレッスン代、事務所への雑費等で年間100万ほどかかります。学校の学費もバカになりません。
私は実家が太めなのをいいことに、親の脛を齧りまくっていました。しかし人生初のアルバイトを通して親のありがたみがとてもわかり変わろうと思いました。
昔に比べて浪費癖は抜けましたが、今も変わらずお金がなくなり親にお金を振り込んでもらうことが多々あります。
今はもうやめましたが、一時期所謂パパ活でご飯を食べていました。それも親には言えません。
芸能活動もコロナで大打撃を受け、志半ばですが専門卒業と同時に事務所をやめて個人でやっていこうと考えています。
親と喧嘩の末決まりましたが、親に「お前にはガッカリだよ」と言われてしまったショックが大きいです。私が100悪いのは承知の上での決断でしたが、それと同時に自分への自己嫌悪が止まりません。
私は親にもらってばかりで、まだ何も返せていません。
来年度から新卒なので、そこでいっぱい稼いで初任給で親に少しずつ返していこうと思っています。これからの人生を親への返済期間だと思って生きていくつもりです。
しかし親にとってはお金も返して欲しいけど、娘がステージで頑張っている姿を見ていたかったのでしょう。親としても裏切られた気持ちだったと思います。
もう私は生きていていいのかわからなくなっています。
学校でも結局最後までうまく馴染めないまま卒業を迎えようとしていますが、親には学校で友達ができた!と入学当初から笑顔で喋っています。本当はいじめられています。
手厚いサポートをもらっているだけに、親の期待に沿えないのがとても辛いです。
私はとてもクズだと思います。本当に甘ったれていてどうしようもないと自分でも思います。もう学校にも不登校気味で、(単位が取れる程度には行っています)内定先のアルバイトだけ今は頑張っています。
これじゃ足りないでしょうか。やはり学校へは体を引きずってでも毎日通うべきでしょうか?
自己嫌悪 浪費癖がある
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
具体的に何をすべきかよりも
親御さんのありがたさと自分の至らなさが分かって、立派だと思います。
親が子にすべき善行為は、善悪の道徳などをきちんと教えて、人格者に育てることです。
子が「自分」にすべき善行為は、まずはしっかり学んで、金を稼ぐなんかではなく、人間として恥ずかしくないように成長することです。
親は物資・金銭をたくさん使って、子供を成長させます。その分を子が親に物資・金銭で返すべきとは、仏教では考えていません。それだと借金の返済みたいになっちゃいますよね。
親の方が物資・金銭があり、子供にはそれらがなくただ育てられる側なのは当然です。子供が親の恩を返すべき手段は、自分が独り立ちできたら、親はもうヨボヨボヨレヨレでしょうから、親のお世話をすること。
そして、自分がまだ育つ最中であっても、「親孝行」できることはいっぱいありますので、親のためにもいろいろやってあげること。
もっと大事なことは、親からの育ても物資・金銭よりも愛情が先にあることを正しく知ることです。
自分からの親孝行なども、体を使ったりするのですが、まずは親への恩が身についていれば、何をどのようにやっていても十分です。言葉や体の行為はその時々ですが、根底にある心は24時間いつでものものなので、いつも心が先だと知っておいてください。
親の恩を知る人こそが、きちんと精神的に親離れできて、しかも、親を心配しお世話する人格者になれます。
ついでに入れ知恵をします。バイトでも就職でも、自分が最初に稼いだお金で親に何かちょっとした贈り物をすると、自分がその後、お金に困らない、と、世間でも仏教界でもよく言われていますよ。人生の子供時代の卒業式みたいなもの、そして社会に出る一歩を踏み出した時のおまじないみたいなものです。これからも親の恩を忘れないぞという意思表示にもなるみたいです。