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罪悪感との向き合い方

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こんにちは。ららと申します。

私は小学生のころ、性格にとても難がありました。
非常に内気で人見知りもかなり激しく、特定の人でないとちゃんと話せない、特に仲良くない人を前にすると何も話せなくなる、1人になるのを酷く恐れるなど過剰な程に内向的な性格でした。
そのせいもあってか何度かいじめられたことがあります。物を盗られたり、悪口を言われたり、「ららちゃんのこと好き?」と聞いて回られたり、きつく当たられたり、分かりやすく私の方を見てクスクスしながら陰口を言われたり、クラブ活動ではミスをすると笑われたりなどしました。
しかしそれと同時に私もいじめと同じようなことをしていました。他にいじめられている男の子の悪口や陰口を言ったり、無視をしたり、暴言を吐いたりなどしていました。その他気に入らない子がいると直ぐに悪口を言ったり、更には当時一緒のグループにいた友人の悪口も言っていました。結果その友人たちは離れていき縁を切られ、その時に私はとんでもないことをしていたのだと気がつきました。

それからもう10年近く経ちますが、もういじめのようなことは絶対にしないと誓い今に至ります。
しかし当時の事を思い出すと罪悪感に苛まれます。小学生の頃の同級生とはもう会うことはない為、思い出すたびに「あの時は本当にごめんなさい、もう二度とあんなことはしません。」と心の中で謝罪をしています。しかしそれで罪が消えるわけでも罪悪感が無くなる訳でもありません。
また1つ後悔していることがあり、いじめられている男の子がかなり酷い当たられ方をしているのを見たとき、「あれは流石にやりすぎじゃない?」と友人に言ったところ「別にどうでもいい」と返され、私も便乗しなければならないと思ってしまい「まあそうだよね」と言い結局何もしなかったことがあります。
あの時大人に伝えていれば自分もあの男の子も何か違っていたのかもしれないと思うと胸が苦しくなります。
今でこそ友人たちからは「優しいね」と言ってもらえるのですが当時の私のことを知ったらきっと幻滅するだろうと思ってしまい、騙しているような気がして更に胸が苦しくなります。
今後この罪悪感とどのように向き合っていけばいいでしょうか。

2021年12月23日 1:21

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

紙一重である善悪

拝読させていただきました。

 今となって気づくことであり、当時に気づいていたのであれば、今過去を悔やむことは無いものですよね。
 ついついその時のノリでその場を過ごしてしまったり、ついついその年頃でノリでやってしまったことなども含めまして。
 世の人、全員ではありませんが、その人一人ひとりが心の積み重ねによる経験によって善悪も分別されていくものです。

 釈迦は「正しい教えを知らないで100年生きるよりも、正しい教えを知って1日生きるほうが遥かにすぐれている。」
と説きました。

 人間すべてが修行である日々なのであり、反省・後悔・失敗などもこれからの人生において ららさんは気付いたことは「善」であると捉えてください。
 過去は過ぎ去り戻せることはなく、親孝行も類似することでもあります。

 親が生きている間に孝行をしようと思っても、金銭的も含めさまざまなありとあらゆる方法をもっても親というものは基本的に「親思う心に勝る親心」とありますように、生きている間に親は元気で過ごしていれることが孝行にも繋がるものです。
 ですから生きている間にその対象となる過去や嫌な思いをさせてしまった方々にもどうすることが出来ないということなのです。しかし、これからどのようにすれば自身のモチベーションが変わっていけるのであろうか?それは他人さまに“ためになること”を行なっていく言動が心の持ち方に安心を少しずつ注入していく行為と変化していきます。
 誰かを助ける思いをもつだけで悪は起こりません。言いたくても勇気がなくて助けれなかった思いをしている人、お金の相談はもちかけられ助けたかったが自分に余裕がないから助けることができなかったなど数え切れないほどありますが、話を聞いてあげるだけでも十分救う行為に繋がります。
 過去の苦い思いを抱えていることは、これから生きていく上で悪を発症させない痛み止めのような薬であると思ってみてください。

 人生は泥の中をドロドロ生きているような苦しみが生じ、なめらかに人生は行かないものですが、過去の苦く辛い経験がドロドロから脱することのできるサラサラに流れる清らかな心に成長された時と感じてくださいませ。

合掌

2021年12月23日 17:24
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質問者からのお礼

法源さま
人は様々な経験から善悪を学ぶということが分かりました。「悪」に気がついたことが「善」であるというお言葉をいただき少し心が軽くなりました。
もう二度と「悪」を発症させないという気持ちを常に胸に刻み、今出会っている人、これから出会う人を大切にしていきます。ありがとうございました。

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