来せいでも会いたい人に会えるのか
自分は、親の死が怖く、ついついそのことばかり考えてしまいます。来せいでも会いたい人に会えますか?あと死後の世界はありますか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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目の前の当たり前に感謝しつつ
私は死んだことがないので、死後のことは分かりません。でも、出会えば必ず別れが来るもの。生まれた瞬間に別れることが決まるのです。それが人生。
別れは悲しい。しかし不幸ではないです。自然の摂理です。大きな命の働きの一つとして生死ということがあるのです。
まだ見ぬ未来を想像して不安に生きるより、今目の前の親を大切に、学べるものはたくさん学んでおくことが大切です。
ビクビクして生きるということではなく、今は生きている、その今を大切にしていくことです。
親だけでなく友達も同じですよ。目の前にいること当たり前に会話ができることの幸せ、感謝ですね。
いつか、より今日を
こんばんは。私は浄土宗という宗派に属しています。「人は、亡くなると極楽へ行きます」とお話ししていますが、「お前、見てきたのか?行ってきたのか?」と言われると、そうではありません。私がそう信じている、という話です。
私の父は90近くで、もう勝手に生きているだけ、という感じですが、やっぱり父が死んだら悲しいなあ、と思います。けれど見落としてはいけないのは、「ぼくが今日、何かに巻き込まれて死ぬかもしれない」ということです。この間の共通テストの日のこと、ご存じですね?別れがいつ来るかは分からないのです。分かっているのは、「いつか、その日が来る」ということだけ。
そして、あなたが今できることは、ここで質問するだけではないですね、他にもできることがある。今のうちに、「親がいなくなったとして、その時は何をすべきか?何をして生きていくべきか?今のうちにできることのなかで、です。
今、というのはドンドン終わっていきます。後戻りはありません。それを見据えて、今何をするか。ドンドン減っていく、お互いの寿命の中で、何をいまやるのか。親の顔をじっと見つめて(これも行動です)、考えてみてください。今までの、あるいは今日一日の感謝を伝えるのは如何ですか?
質問者からのお礼
ありがとうございました!分かりやすかったです。