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来せいでも会いたい人に会えるのか

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自分は、親の死が怖く、ついついそのことばかり考えてしまいます。来せいでも会いたい人に会えますか?あと死後の世界はありますか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

目の前の当たり前に感謝しつつ

私は死んだことがないので、死後のことは分かりません。でも、出会えば必ず別れが来るもの。生まれた瞬間に別れることが決まるのです。それが人生。
別れは悲しい。しかし不幸ではないです。自然の摂理です。大きな命の働きの一つとして生死ということがあるのです。
まだ見ぬ未来を想像して不安に生きるより、今目の前の親を大切に、学べるものはたくさん学んでおくことが大切です。

ビクビクして生きるということではなく、今は生きている、その今を大切にしていくことです。

親だけでなく友達も同じですよ。目の前にいること当たり前に会話ができることの幸せ、感謝ですね。

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個別相談可能
禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す事で、ちょっと楽になれます。悩みの根本に気づき、明るく爽やかに生きていきたいですよね。 私自身、禅との出会いにより救われた一人です。皆様に少しでもお伝え出来たらと思います。 人は自分の都合を立てて物事に向き合うところがあります。私の回答も期待していたものと違うことがあるかもしれません。その時に素直に聞けるか、回答の内容を否定的に聞くかで救われるかどうかが変わります。疑問は出てくると思います。その時はご相談ください。
ご相談時間は不定期なので、いくつかご都合を教えてください。 ◆小学校教員もしています。子供、家族、ご自身のことお話をお聞きします。 ◆禅のおかげで私も救われました。禅の教えを基に「思い通りにしたい」という自分の都合や価値観から生まれた思い込みをほぐしていくお手伝いをします。 ◆仏教は人生を豊かにしてくれることを感じてくだされば嬉しく思います。

いつか、より今日を

 こんばんは。私は浄土宗という宗派に属しています。「人は、亡くなると極楽へ行きます」とお話ししていますが、「お前、見てきたのか?行ってきたのか?」と言われると、そうではありません。私がそう信じている、という話です。
 私の父は90近くで、もう勝手に生きているだけ、という感じですが、やっぱり父が死んだら悲しいなあ、と思います。けれど見落としてはいけないのは、「ぼくが今日、何かに巻き込まれて死ぬかもしれない」ということです。この間の共通テストの日のこと、ご存じですね?別れがいつ来るかは分からないのです。分かっているのは、「いつか、その日が来る」ということだけ。
 そして、あなたが今できることは、ここで質問するだけではないですね、他にもできることがある。今のうちに、「親がいなくなったとして、その時は何をすべきか?何をして生きていくべきか?今のうちにできることのなかで、です。
 今、というのはドンドン終わっていきます。後戻りはありません。それを見据えて、今何をするか。ドンドン減っていく、お互いの寿命の中で、何をいまやるのか。親の顔をじっと見つめて(これも行動です)、考えてみてください。今までの、あるいは今日一日の感謝を伝えるのは如何ですか?

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おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

質問者からのお礼

ありがとうございました!分かりやすかったです。

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