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お寺への罪悪感を落ち着かせたいです

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参拝で大きなお寺へ行きました。私の注意不足で普段は立ち入り禁止のエリアに入ってだいぶ奥の方まで歩いてしまいました。通りかかったお坊さんにここは入れないと教えていただき、きちんと謝りました。お坊さんはもう最初から余裕の表情で全然大丈夫と怒っている様子も全くありませんでした。しかし帰宅した今でも「なんで神聖な場所に勝手に入ってしまったんだ。あのときちゃんと周りを見ていれば‥」と自分自身に対しての怒りと後悔と罪悪感が残ったまま後を引いてしまっています。(お坊さんには何も悪く思っていなく感謝しています)
これからも気持ちよく参拝するためにもこの気持ちをなんとか落ち着かせたいです。アドバイスがありましたら教えていただけないでしょうか?

2022年4月3日 0:12

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

心配ないですよ

大丈夫ですよ。
きっと、そのお寺さんではよくあるのでしょう。知らない人は気づかないことなんてよくある話です。
小さい子供なんて、お店に行くとレジの方に入ってしまうことよくあるでしょう。
どこにも「入らないで」と書いてないし、書いてあっても小さい子は読めませんから興味があれば入ってしまうものです。
ルールは覚えていけばよいだけのものですから、後から反芻して繰り返し反省する必要はないですよ。人は間違えて当然、コンピューターですらエラーを起こすのですから。世の中0か100だけではないですから。いつも極端、完璧はもとめない。「そのときそのようになった」という完璧があるのです。あなたの価値観や人の価値観の通り都合通りにならないのが人生、ありのままの様子が全てです。他に答えはないですから。他に正解があると思うから心動かされるのでしょう。
あなたのしたことは完璧です。そしてもう過ぎて綺麗さっぱり終わった話。どこを探しても見えないでしょ。あなたの身体は答えを知っていますよ。

2022年4月3日 7:29
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有り難し
おきもち


禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...
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質問者からのお礼

迅速なお返事、お言葉をありがとうございました。おかげで落ち着き始めています。落ち込まずにポジティブに捉えて前向きに考えていきたいです。
そのお寺とトラブルになった訳ではないし、あの出来事があったからこそルールを覚えていくことについての考え方も学んだような気がします。改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

今日お参りに行く時の不安

いつも私の独特な質問におこたえ下さり、ありがとうございます。 お彼岸なのでお参りに行こうと思っているのですが、また不安なことがあります。 お寺の門から入ってすぐ横に、仏様がいらっしゃいます。 私はお寺で仏様に対して酷いことを考えることが度々あり、そちらの仏様に考えた時にも手を合わせて謝っていたのですが、 今日お参りに行く時にも門から出る前に「いつも失礼なことを考え申し訳ございません」と手を合わせた方がいいのか、素通りして良いのか・・・ 謝る時には 1 お辞儀をする 2 合掌して礼拝 3 手を合わせて謝る時に頭を下げる 4 合掌して礼拝 5 お辞儀をする で良いものでしょうか? 門の前で何度も頭を下げている姿を他の人に見られるのも恥ずかしいという思いもあります。お寺に行くのに罪悪感や気の重さを感じています。 また、お寺に行っても、いつも心が乱れていて、酷いことを考えるか謝るかばかりで、感謝の気持ちを伝えなきゃと思ってもその気持ちが不足していてしっかりと伝えられない私がお寺に行く意味は何だろう?そもそも行っていいものなのか?と考えています。 何かアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 13
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いつかその日が来た時に

いつもこちらではお世話になっております。 沢山の教えの中に日々気づきを頂いております。 ありがとうございます。 今日相談させていただきたいのは、檀家というお寺との関わりに関してです。 以前にも相談したことがあるのですが、私には歳の近い親戚が突然死したこともあり、不安症なところがあり、発作的に「家族の死」を考えて落ち込みます。 ですが、従姉妹の死が「その時が来たら、自分が見送られる側じゃなくて、見送る側だったことを見つめるんだよ」「あなたがこっちにきたら私も、祖父母も、みんないるから、会えるから寂しくないからね」と、教えてくれているようで、時間を要しながらも、今目の前にいる家族を大事にしよう。と、顔を上げることが出来ています。 そして、いつも思うのが、 わたしには今恋人も、自分の家族もいないので、いつか一人になった時に、誰にもこの悲しみを言えずに悲しみから抜け出せずに潰れていくのではないかということにも不安の要素があるのだと気付きました。 そこで思ったのが、 自分が日頃から関わっているお寺があれば、日頃からもっと仏教に触れることはもちろんですし、葬儀でお経をあげていただくことになっても、知っているお寺の方でしたら気持ちが落ち着きますし、法名の相談もできるかもしれません。 何より一人で辛い時には説法を聞きに行けたりして、孤独ではない、自分が生きているのは今であるということを感じる時間を持つことができるのではないかと思いました。 ですが、我が家は既に地域の納骨堂を用意しており、お墓のことを含めて檀家にというのは難しく思います。 更にお寺によるかと思いますが、お金もだいぶ掛かると聞きます(収入はそんなに高くないので) この場合、檀家になったり、馴染みのお寺を見つけることは難しいことなのでしょうか。 もちろん一番大事なのは場所ではなく、気持ちだというのはわかっているのですが、未熟者ゆえ、このように考えてしまいます。

有り難し有り難し 12
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ