生きがいがない
大学生になり、自由な時間が増えました。ですが、生きがいや情熱をもって夢中になれるものが見つかりません。自由な時間が増えたので、何もつまらない今がとても苦しいです。ゆっくりと探していけば、いずれかは見つかるというのも分かっていますが、今何も頑張れていない自分が大嫌いです。
それに、自分はなんの役にも立っていないと感じます。自分にとっての生きがいを見つけたところで、それは他の人に役に立つとは限りませんし、何にも貢献出来ていない自分は周りの人から必要とされてないと感じてしまいます。生きがいの無い人生というのは、なんの為に生きているんでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
一人で考えて行き詰まるなら、周りと繋がりキッカケを得ませんか
時間が出来ると、かえって暇になり何をしていいのやら〜ってなりますよね。
生きがいは、今大学生なのだから、そこでやりたい学びをして、その先に未来がある。そのために、大学に進んだのだと思うのよ。だから、生きがいを感じるのは、もっと先なんだと思いますが。
今が、何をしていいのか、張り合いがないのよね?
自分から見つけられなかったら、こちらから誰かと関わってみたらどう?
アルバイトをしてみるとか、大学の学びを深めるために先生にお勧めの本や資料を聞いてみるとか、地域に目を向けボランティアに加わってみるとか。
一人で考えても行き詰まるなら、周りと繋がりながらキッカケを得ませんか。
夢中ってのは結果そうなるだけ
拝
好きなことがないとか
夢中になれないとか
おっしゃる人は多いけれど
実際は
どれだけ自分の時間をそれに割いているか
だけの話なんだよね
スマホで動画見て過ごす時間が多ければ
動画に夢中
動画鑑賞が好きな事でしょ
料理ばかりしてれば料理が好きな事でしょ?
これを聞いてもしあなたが道を見て過ごす事や料理ばかりする事がつまらない事だと無意識に評価してしまったなら
赤信号
それは自己評価とイコールだからね
そもそも自分につける採点基準が親や社会的な基準など誰かのものである可能性がある
別にダラダラ動画ばかり見て過ごしてもいいんだよ
何か凄い事と出会うかもしれないでしょ?
さておき
好きなことがないという
多くの日本人の悩みの本質には
2つ押さえる点があります
1つが日々意識的に継続して行う比較的好みのことを選ぶ事(選ばないから結果道が無い)
2つが誰かの評価を求めない事
1つ目が己の努力で何とでもなる事
2つ目が厄介であり目標を定める時最初から社会的価値や評価を求めてしまうという落とし穴
これは間違えたアプローチ
あくまでなにかをやり続け磨かれたあなたの人間性そのものが社会的価値であり
初めからその物事に社会的価値は無いことの方が多いという事です
好きな事がないという時の人の心理は裏を返せば
何者の評価も恐れず己の道を歩みたいと思っているという事
好きな事をずっとやっている人でも真剣な人ほど
なんども壁にぶつかり己が好きか嫌いかわからなくなる程何かしら問題と向き合っている
やればやるほどやりたくない
やらなければならない事のタスクの方が遥かに多いものです
何の悩みもなくバランスをとってやりたい事をやって社会的に価値のある事をやっている人も稀にいらっしゃるけどね
それは積み上げた徳のレベルが違う人だよね
少し難しい話になってしまったけど
頭の片隅に置いておいてね
合掌
質問者からのお礼
ありがとうございます。
コメントはしっかりと読ませて頂いたのにお礼を書くのを忘れてしまっていました。すみません。あれから周りと繋がってみたり、好きなことを探してみたりして前を向けた気がします。本当にありがとうございました。