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集団行動について

回答数回答 2
有り難し有り難し 13

僕は4月から大学生になりました。そこで、大学生活ではいろいろな人と関わることを目標にしました。
この前、自分の入りたいサークルへ行きみんな(約70人)でバーベキューをしました。その中で10人ほどのグループに分かれて食事をしながら話していました。
しかし、僕はその中であまり話せずにずっといました。本当に集団で話をするのが苦手(仲が良い人だけでも)なのです。こういう事は今までに何度もあり、何がいけなかったのか考えてもよくわからないのです。みんな自然と集団に溶け込んでいて不思議です。
ここで質問ですが、集団の中で楽しくみんなで盛り上がるためには、どのような考え方、姿勢、行動が必要だと思いますか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

恥も外聞も無い

そんな人になるのがよろしい。
しかし、根本からそうなっては人間失格と心得ましょう。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

袖振り合うも多生の縁

隣の人は前世または前々世またはもっと昔、家族だったのです。
そう思って隣の人に興味を持ちましょう。
そして、勇気を出して話しかけるのです。

と言いつつ、私も超苦手です。
お互い頑張りましょう。
悪い友達を作らず、善い友達を作りましょう。

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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

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