仏教の本を読んで落ち込んでしまう
時々、仏教の本(初心者向けのもの)を読みます。
その度に「自分の考えや価値観は全部間違ってたんだ」「今までやってきたことや、好きだと思っていたことも、全部捨てた方がいいものだったんだ」などと考え、気分が落ち込んでしまいます。
(深く読み込んでいるわけではないので、誤解している点も多々あるとは思います)
そういった本の表紙にはよく「心がラクになる!」と書いてありますが、今のところ少しでもラクになれたと感じた試しがありません。(そもそも、本気でラクになりたいと思うほどの悩みが今は無いのかもしれません)
一週間ほど経つとそんなことも忘れ、のほほんと普段通り暮らし始めるのですが、また仏教の本を見かけては読み、落ち込み…の繰り返しにはまっています。
主旨のよく分からない文章で、また、具体的な相談ですらなく申し訳ありません。
今の気持ちを読んでいただけるだけでも有難いのですが、もし、「こんな風に考えると良いかもよ」というアドバイスなど頂けましたら幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
❝備えあれば患いなし❞という気持ちで・・・
〈また仏教の本を見かけては読み、落ち込み〉・・・なら、「読まない」方がイイでしょう・・・😅。
そもそも、仏教に限らず、宗教書というものは「悩みが無い」のなら、読まなくっていいのです。今が「しあわせ」で、不安が無いのですから・・・(マジ)。
「このしあわせ」がいつまで続くのだろうか・・・と「不安・心配」になった時、読んで下さい。
さはさりながら、❝備えあれば患いなし❞という諺(ことわざ)もあります。「しあわせ」はいつまでも・永遠に続くことはありません(「落ち込ます」ようで・・・🙇)。
人生は❝七転び八起き❞とか❝山あり谷あり❞とか言って、良い事と悪い事(もちろん自分にとって)の「繰り返し」です。
◆良い事があった時「有頂天にならず」慎重に過ごす。
◆悪い事があった時「絶望せず」前向きに考える。
その「心構え」を身に着ける為、宗教書を読んで下さい。
〈一週間ほど経つとそんなことも忘れ〉・・・大した「心配事」でない証拠でしょう。もしも「病気に罹り」、余命1年などとお医者様に「宣告」されたらどうでしょう・・・💦。
その様な時でも「右往左往」せず、1日1日大切に生きていける・・・そんな「心構え」を身に着けるのも、宗教書の役割りでしょう・・・💜。
ちなみに、宗教書と言っても「カルトチック」なものには、注意して下さい。不安を煽るばかりのものもありますから・・・。合掌
悪魔の正体は煩悩
仏教では、悩み苦しみストレスの原因は煩悩だと考えます。そして煩悩は、悪魔にたとえられることがあります。
お釈迦様が悟りに近付いたときも、瞑想中のお釈迦様(ゴータマ・シッダールタ王子)の前に悪魔が現れ、悟りを邪魔しようとしましたが、お釈迦様は悪魔を退け悟ってブッダ(仏、真理に目覚めた者)に成られました。
あなたが仏教に触れて、悟りに一歩近付こうとするときも、自我(エゴ)や様々な価値観への執着心、欲・怒り・怠け等の煩悩の悪魔が、あなたを落ち込ませ、悟りを邪魔するのです。
ですから、落ち込んで嫌な気分になるときは、心に煩悩が働いているんだと意識してみましょう。
この悪魔には、正体(煩悩が悩み苦しみの原因であること)を見破られると力が弱まるという特徴があります。
悪魔は簡単には滅ぼせませんが、うまくコントロールすれば日常生活に問題はありませんので、安心しましょう。
人間(あなた自身)には実体がありません。五蘊(色・受・想・行・識)が仮に和合して「これが私だ」と見えるだけです。
「私とはこういう存在だ」に執着すると悩み苦しみの原因になる。
そもそも私という実体はないので、無いものを有ると思うと無理が生じますね。
質問者からのお礼
お礼が遅くなり、大変申し訳ございません。
今も似たような状況にはありますが、以前よりはソフトに物事を捉え、多少前向きに生きることができているのかなと思います。
話をお聴きいただき、ありがとうございました。