毎日の心構えについて
この前は私の悩みへのご説法ありがとうございました。
あれから邪淫を思いとどまるようになりました。
ご説法のおかげですありがとうございます
今回お聞きしたいとこは毎日の心構えの質問です。
私はいろいろな本をよんで利他という言葉を知って、また感謝の大切さを知りました。
そのため(まだたまにしかできないのですが)何もかもにもに感謝を感じれたらと願いながら行きたいと思っております。
たとえばご飯を食べるときは、米粒の命や農家さんの苦労、搬送してくれたトラックの運転手さんや並べてくれたスーパーの定員さんなどに感謝しながら食べるよう心がけております。
また仕事をするときは人のために何かをすることこそ自分の幸せなんだと言い聞かせて働いております。
しかしハスノハにある皆さんへの質問への回答に、行動に対する感情が沸き起こるが、それは切り離すべき?(ふわふわした理解度ですいません)といったご説法がございました。
嫉妬深くすぐに自分勝手に人に対して怒りの感情を抱いしてしまう自分にとってはぜひとも目指したいことなのですが、
私の感謝の努力や仕事への気持ちもこの切り離すべき感情に含まれるのでしょうか?
含まれるのならどちらを優先すべきなのでしょうか?
含まれないのなら嫉妬などの感情に対してどのようにしていけば事実と感情を切り離し、とらわれないようにすることができるのでしょうか?
また坐禅はそのことに対して効果があるのでしょうか?
長々と申し訳ありません
ぜひともお答えいただけたらと思います。
統合失調症になり7年闘病の末、介護士としてアルバイト採用されました いままでは自分は一流になれないと信じ込み、趣味や仏教に逃げていましたが、最近やっと介護士として頑張ろうと自覚が湧きました よろしくお願いします
冷たい態度をされると気持ちが萎えてしまう 結婚してる美人な人に好意をもってしまう 人に愛されたいばかりに悪口に同意したり、気に入られるような悪口を言ってしまう
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
捉われないよう抑え込むのではなく、起きた感情と向き合っていく
身の回りのことから、全てに対しても、感謝の気持ちで過ごすという考えはとても素晴らしいですし、大事なことですね。
ですが、そうしなければならない!と強く念じていくことは、反対に自分を追い込んでしまいませんか?
あなたは、言い聞かせて生きておられるように思います。ですが、しんどくなる時もあるでしょ。
怒りが沸き起こったり、嫉妬してしまう自分もいます。そのことに対して、取り乱してしまった自分にも情けなく腹が立ってしまう。
人間ですもの。仏様のようにはいきませんよね。
切り離す?とは、どういうことなのかしら。きっと、その質問者への問答ですので、全てに当てはめていくことでもないように思いますよ。
煩悩がある人間にとって、様々な感情を起こすのは自然なことでもあります。ですが、その感情のままに振り回されてしまうと、鬼にでもなってしまう危うさがある。それに気付かせてくださるのが、仏法です。
無くせと言われているのではなく、向き合っていきなさいと ね。
ですから、捉われないように抑え込むのではなく、起きた感情と向き合いながら、それを意味づけしていく。
例えば、怒りにも原因があります。それを回避する方が生きやすくなる。それに気付けたのなら、良かったのかもしれないと考える。そうしながら、立ち止まり気持ちを整理していく。
出来るだけ乱されない自分になっていく。仏様の側は、いつだって落ち着いて考えられますよ。向き合う時間という意味では、座禅も効果があると思います。
あなたなりに、無理なく、自分を認めてあげましょう。今のあなたは、毎日を丁寧に生きておられると思いますよ。
質問者からのお礼
ご説法ありがとうございます!
今度から自分の煩悩を捨ててしまうのではなくむきあっていけるようにこころがけていきたいです
本当にありがとうございました