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祖母が間もなく。

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今は私自身が1人暮らしのため少し離れていますが、20年以上ずっと一緒に同居していた祖母が間もなくこの世を去るときが近づいています。
癌の末期ですが、本人は知らずあと2、3日と医者から言われましたがもぅその日にちは過ぎています。大好きだったおじいちゃんが、そろそろ呼びに来たと思っていますが、分かっていても落ち着かず仕事にも集中できません。
何もしてやることが出来ず待つだけです。その毎日の気持ちの持って行き方に悩んでいます。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

辛い現実ですが そのすべてが貴方の人生の肥やしに・・・

お祖母様が間もなくということで、心落ち着かない日々だと拝察いたします。かかってくる電話やメールにも、気分が右往左往されているのではないかと思います。
お互いに残された時間は限られていると思われますので、今の優美さんができることを簡潔にあげてみました。(言葉足らずをお許しください)

➀仕事帰りに、毎日お見舞いに行く。
②仕事が手につかないようなら思い切って1日お休みをいただいて、お祖母様のそばにいて思い出を話しかけたり、これまでの苦労をねぎってあげる。
③家族・親族と介護を交代して、一晩一緒にいてあげる。
④お祖母様との思い出を書き出したり、思い出の品物を取り出してみる。

お祖母様のいらっしゃるところと、どのくらい距離が離れておられますか。通える距離ですか。上の4つが出来なくても、知らせがあったらすぐに駆けつけてあげられるように、必要なものをまとめておくと良いと思います。

そして、お祖母様がたとえ息を引き取られた後でも、優美さんに出来ることはあります。
➀ご家族やご親族と一緒に、(業者任せではなく)通夜・葬儀の準備を整える。
②別れの悲しみを抱えながら、心を込めて通夜・葬儀にお参りする。
③お祖母様を支えてこられた方々に、地域やお知り合いにお礼を言う。
④遺されたご家族・ご親族と、お祖母様との思い出話をする。
⑤お祖母様の法事・仏事にはすすんで参る。
⑥お祖母様から教えられたことを思い出しながら、優美さんの人生を生き抜く。

どうか、お互いの限りある時間といのちを愛おしんでください。

このハスノハへ勇気を持ってお声かけを頂き、有り難うございました。このメッセージが間に合えばいいなあと思っています。優美さんのこれからを、ハスノハが応援しています。ご縁に感謝!!合掌

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1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん...

このひとときを大切になさってください

大変お世話になって好きなお祖母様がもう余命いくばくもない状態にあって、それを待たなければならなあことは本当につらいですよね。まさに身を切られる想いで刻々と時を過ごされておられるのではないかと思います。
もしできうるならばできるだけできる範囲にてお祖母様のおそばにいて差し上げて頂きたいと思います。お仕事のお休みが取れるならばお取り頂いてどうぞおそばに行って差し上げてください。そしてあなたなお顔を見せて差し上げてください。人の命は誰にもわかりません。大切な方の姿をみて大変回復なさる時もあれば本当に安心なさって命を全うなさることもあります。
そしてできうるのであれば「どうか仏様、お祖母様を命終わるときには正くお導き頂きますように、そして再びお祖父様に必ずや巡り合わせて頂きますようにと心から願い、なむあみだぶつ。と手をあわせておとなえください。もしできるならばお祖母様にもそのことをお伝え頂き、例え亡くなっても必ずや仏様が迎え入れてくれて、必ずやお祖父様に巡り会えるとお伝え頂き、なむあみだぶつ、とおとなえ頂きたいと思います。
またお会いできないのであれば仕事の合間にお祈り頂きたいと思います。
必ずや仏様はあなたやお祖母様の願いをお聞き届けになり、正しくお導き頂けます。
あなたそしてご家族の皆様、何よりお祖母様にとってこの時はかけがえのない大切な時です。この時を本当に大切になさって頂きますようにお願い申し上げます。
私もお祖母様がその命を全うなさるまでしっかりと一時ひとときを生き、命全うなさるときには仏様にお導き頂き、お祖父様に再び巡り会うことができますように切に祈っております。

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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

絆、思い遣り、感謝、教えてて貰える。お祖母さんの最後の教え

死には二つの心構えがいります。
一つは己の死。もう一つは自分以外の方の死!があるのです。

今、貴方が受け止めなければならないお祖母ちゃんの死なのですが
これはお祖母ちゃんの最後の教えでもある「無常観」なのです。
仏教ではこの「無常観」が最も大事にされています。 

無常観は先ず苦から始まり、苦は現実と思いの違いから生まれるもので、例えば現実は毎日老いて行き寿命も減り死へと向かうのだけれど、思いは若くありたい長生きしたいと思う現実と思いの二つの心により苦が生まれます。
この世の現実は人も生き物もどうしても避ける事が出来ない事即ち老いて行く現実が生者必衰、必ず死が訪れる現実が生者必滅です。
老いたくない、死にたくないと思えば思うほど現実と思いの差から苦しみが益々増え逃れる事が出来なくなり、もがき苦しむ事に成ります。
しかし苦も死も現実として受け止めて一つになれば苦はなくる事になりますがそれは簡単な事では有りません。
もし私たちがそれを身近に学ぶ事が出来とすれば死を感じた時であり、それは自分にとって大事な人、お父さん、お母さん、兄弟、お祖父さん、お婆さん、そして一番つらいのが我が子です。この様に自分の血肉が繋がった人が亡くなった時が無常観を感じる最大の時です。

絆、思い遣り、感謝、を今一度強く感じさせて貰えるのが誰しもが避けては通られぬ「死」を通しての「無常観」なのです。

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質問者からのお礼

みなさま、お返事ありがとうございます。まだ祖母は私たちの側にいて会話も出来ます。ボケてないだけに余計辛いんだろうなーと思いながら、出来るだけ笑って接するようにしています。
間もなく来るであろう別れを迎えるにあたって、私が今出来ること、逝った後に出来ることを改めて考えるようになりました。
そして、それによって学ぶことがあるんだということも気付かされました。
少し落ち着きました。本当にありがとうございました。

「大切な人が危篤・余命宣告」問答一覧

自分になにができるのか、叶えたい願い

 自分には大切な人がいます、その人がいるからなんとなく生きていた人生を自分のために選択して生きようと思わせてくれた、なにをすべきかではなく自分が生きるためにどうしたいか考えさせてくれた、恩師のような人です。 :  その人は今余命を受ける病気になっています。 ですがこのままでは、というような言い方でした。 : :  自分はそんな恩師になにをしてあげられるのだろうとずっと考えていますが ショックで受け入れられず、今も冷静でいられている自信がありません。  助けたいと強く思うのになにをすればいいのか自分がどうしたいのか霧がかかったように先が見えず、混乱しています。  恩師の今の状況を理解して受け入れて、救える言葉をなにかけられればいいのに、気持ちが焦って、嫌な想像をして、恐怖して、ちゃんと恩師自身を見れているのかと嫌になります。  また、それどころではないとわかっていながら寂しさを口にしてしまうこともありました。 :  自分が落ち込み恩師が一番辛いのに恩師を困らせ逆に大丈夫だよ、と励まされてしまいました。自分がしたいことはこれではない、とものすごい罪悪感です。 自分はその人のために何ができるでしょうか、物理的に遠く一緒にはいられない状態です。 : :  恩師の気持ちを理解したいのに自分にはない経験で考えても考えても理解できないことも苦しいです、ずっと今、なにを考えて病気と戦っているのだろう、と体と共に心も心配で毎日心臓が潰れそうです。 :  自分は人を大切にするということがまだはっきりとはわからない未熟者ですが恩師を大切にしたいです。 :  また宗教やお坊さまは人の心を救うもの、魔法などではないと素人ながらに理解はしているのですが 願い、叶うのならばとすがりたい気持ちが強くあります。 どうか恩師が幸せで健康に生きられるために私ができることはありますでしょうか。 :  お願いいたします。

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緩和ケアなのに会えない

お世話になります。 実家の父が末期癌となり余命1〜長くて3ヶ月。治療を終え緩和ケア施設への転院を予定しています。 しかしこのコロナ禍により親族の泊まりの込みはおろか面会謝絶となっており困惑しています。 県外にいる私達はまだしも、ほぼ山あいで隔離されたような田舎にいる母や祖母すら面会できない…頭では理解しつつもこのコロナ禍の影響をダイレクトに感じ、やるせない思いです。 母は、他の患者さんとの兼ね合いもあると気丈な返事をしますが、家のガスや新聞を止めて泊まり込みを計画していた母の気持ちを考えるとこんなことがあっていいのかと納得し切れない気持ちです。 また、同じように断腸の思いで家族との最期を迎えようとしている同じような方々を思うとこんなことがあっていいのかという思いと、なかなか収束しない現状、油断しましたと語る感染者(あくまでクラブなどで遊んで感染した人達です)、全てが憎くて仕方ありません。 人は肉体を合わせられることが同じ時代を生きている1つの証拠だと思います。 残された時間にただ体温を感じたいだけなのにそれが叶えられないなら緩和ケアは崩壊していると思います。 頭では理解できても気持ちが追いつきません。 しかし父の病状が良くなることはない以上、せめて今の状況の中で最善を尽くすしかないのだと思います。 現場で頑張っている医療関係者に憎しみを向けてしまう前に、この現状にどのような心持ちで過ごせばいいかお言葉をいただきたいです。

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最愛の人の死について

最愛の彼とのお別れが近づいています。 彼の余命が数か月ということが、先日わかりました。 私は独身で、彼とは20数年の不倫の関係でした。 彼は緩和ケア病棟に入院していて、コロナの影響で親族以外は面会禁止のため、会うことができません。 奥様に、彼と私の関係がバレてしまい、ラインのやりとりもできません。 彼は、私にたくさんの愛情と心地いい安らぎを与えてくれて、私を大切にしてくれました。 つらいとき、楽しいとき、いつも私を支えてくれました。 私の人生の半分は彼と一緒に過ごし、ほんとに幸せでした。 不倫でしたが、私は彼にいっぱい愛され、私も彼をいっぱい愛しました。 そんな彼を失うという、絶望、恐怖、悲しみ、苦しみ・・・いろんな気持ちが津波のように押し寄せてきて、胸が締め付けられるくらい辛くて毎日号泣してしまいます。 わがまま言ってケンカもいっぱいしたけど、感謝の気持ちしかありません。 彼に、私の気持ちを伝えることも出来ず、最後に一目会うことも叶わず、お別れをしなければならないのは本当に辛いです。 こんな終わり方をするとは、思いもしませんでした。 何もできず、時間だけが過ぎていくことが辛いです。 不倫の代償なのでしょうか。 どうか私の気持ちが、彼に届きますように。

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母の余命が僅かです

80歳を迎えた母が、先月、癌に侵され余命半年と宣告されました。 母1人で私と弟を育ててくれたシングルマザーです。 苦労ばかりしてきて、やっと今母自身が望む生き方ができています。 今私は母と同じマンションの違う階に1人で住んでおり、子供もおらず生活の為に働くことも必要ではありません。 母の弟である叔父が母の生活費や、私自身持病を持っている為、私の生活費等の面倒を見てくれている為です。その面では叔父にとても感謝しています。 叔父と母は9歳の歳の差があり、祖父祖母共に早く亡くなったので、叔父からしても私の母は叔父の母代わりでもあるからです。 母は孤高にして慈愛に満ちた女性です。しかし孤高であるが故に在宅医療を選び、自宅で最後を迎える事を選びました。 側について支えているつもりですが、正直私が母に諭される事が多く、母の前では泣くまいと思っても涙を見せてしまいます。 今後母の最後のその時まで寄り添うつもりですが、その後母の存在が召された後、自分がどう生きていけば良いのかわかりません。 いっそのこと一緒に召されたいとさえ思ってしまいます。 母は芯の強い女性です。誰にも愚痴など言わず、誰にも何も求めず、ただ静かに愛情を分け与える女性です。 私など足元にさえ及ばない孤高で慈愛に満ちた女性です。 そんな母の無償の愛情を今更ながら感じ、感謝している反面、母の死後どうやって生きていけば良いのかわかりません。 共依存しているのは分かっていますが…。 先にお伝えした通り、私には持病もあり、働くこともままなりません。 何を生き甲斐にしていけば良いのかすらわかりません。 自身の身体の不調にも腹が立ちます。 どうか母の死後にも強く生きられる心構えをご教示して頂けますようお願い致します。

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親不孝なのでしょうか

拝見していただきありがとうございます。 3日前に祖母が急に倒れ意識が戻らない、もしかしたらもう危ないかもしれないと 妹から言われました。その時初めて祖母が今年に入り癌が見つかり、治って元気になっていたことや、抗癌剤の後遺症で心臓部に負担がかかっていて、脳に酸素がうまく運べていなかったのでは…と聞きました。 自分は性同一性障害で 戸籍上女性で見た目や声などは男性で 男性として生活していますが、一家全員偏見の目を持っているため、父親母親しか知りません。今も納得はされていません… 祖母や祖父にいったらショックで体を悪くするから絶対いうなといわれておりました。精神的に苦痛で生きていることも辛くなったため 1年前に関西に引っ越してきました。連絡も取りたくなくてあんまり連絡とっていなかったから、良かれと思い今回の祖母の件は黙っておこうと思ってたそうです。 妹から聞いた時なぜ言ってくれなかったのかとショックが大きく、思い出が蘇り涙が止まりません…。 妹からは長女なんだからといわれ コロナウイルスでも関係ない来るべきだ、感染しても仕方がないだろうといわれました。長女だからという言葉さえも聞きたくなく憂鬱になりました。 大事な祖母の最後を見届けたい気持ちは本当にあります。ですが周りを感染させてしまう可能性もゼロではないのと、正直自分一人で祖母とお話がしたいと思っています。身内に自分の容姿や声などをいわれたくないです…祖母は自分の容姿をなにもいわずありのままを受け入れてくれる優しい方でした。女性だからそういうのは変とも記憶上いわれていません。 母親は気を遣い、無理に来なくて大丈夫。金銭的にも大変だからといってくれていますが、奇跡が起きない限りそのまま目を覚まさないまま、息を引き取るかもしれない状況だそうです…。 祖母とは2年前の元旦以来会えていなかったですが、忘れず自分のことを話してくれていたそうです。一人関西で生活して偉い、元気にしてるのかななど心配してくれていたことを聞き、電話が終わった後堪えきれず、涙が止まりませんでした… 会いに行けない自分は親不孝でしょうか コロナウイルスでもいくべきだとわかっていますが、誰かを感染させまた誰かを失うのは耐えきれません… おばあちゃん子だったのもあり、祖母に本当の自分のことを聞いてほしかったです。 長々と申し訳ありません。

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父の死が怖い

父が末期ガン、余命わずかで来月いっぱいはもたないと言われています。 私は一人っ子で遠方に嫁ぎました。 若気の至りで遠方にいてそのまま、という感じです。 親には何度も、こっちに来てほしいと言われていました。 ですが嫁ぐ事になり、父は私が幸せに穏やかに暮らしていれさえいればそれでいい、と言ってくれていました。 だけどやはり心残りはないと言えば嘘でした。後悔もしていました。 そして月日が経ち、、現在に至ります。 コロナの関係や諸事情で、会いには行けず次に会えるのは残念ながらお葬式になってしまいます。 私には子供も生まれ、帰省の際には思い出をたくさん作り、毎日のように子供などの写真を送り、父も毎日のようにそれを見てくれていました。離れていても、そんなやり取りで繋がっているのが嬉しかったし安心できました。つい最近まで、私や孫の事を色々気にかけてくれていたし夏には帰省できないだろうから何か送るよ、と言ってくれていました。 そんな矢先でした。 それから毎日、なんとか受け止めなければと考えますが、やはり受け止める事ができません。 何をしていても頭の中に父がいて たまに父の声が聞こえてくるような、ずっと頭にもやがかかっているような状態です。 何かをしている時はまだましなのですが、ふっとやってくるんです、、波があります。 本当なら今すぐに会いに行きたい気持ちです。 父が亡くなっても、私は受け止められるでしょうか。 先が見えない真っ暗なトンネルにいるようです。正直怖いです。

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何を言われても死ぬと思います。

去年の12月に夫が救急車で運ばれ、1月に小腸がんの発覚、1か月の余命宣告を受けました。抗がん剤治療をしてうまく合っても5か月程しか生きられないと言われ、本人がしないという選択をしました。 夫は当時35歳でした。 1月で私は仕事を辞めて、毎日病院にお見舞いに行っていました。 その後緩和ケア病棟を経て在宅医療を受けています。 最初のうちは良かったのですが、体調がどんどん悪くなり、痛みがひどくなり、今はもうトイレもベッドで行い、自分で寝返りを打つこともできません。 介護は義母と2人で行っています。義両親とは物理的に距離が離れているところに住んでいたので、年1-2回しか会うことはありませんでした。 今回共に介護をしてみて、考え方や生活スタイルが違い、ストレスを感じています。 そうは言ってもトイレにも行けない相手を一人で介護することはできないため、なんとか頑張って暮らしています。 夫は食べると腸から出血が増すため、点滴で生きているのですが、その点滴の中に今日から睡眠薬を混ぜて眠らせることにしました。 痛みがひどく、モルヒネや座薬などではもう効果が少ないための、最後の手段です。 痛みが酷い以外にも、私や義母を呼びつけてお願いをされるため疲労が蓄積してしまったことも、混注に踏み切った一因です。(本人了承済みですが) きっとこのまま、どんどん状況は悪化していき、いつか旅立ってしまいます。 本題です。 私は自分も後追いしてしまいそうです。 今は職もないし、夫の介護が生きてる意味になりつつあります。 介護はとても辛いです。 私は親族と絶縁しているため、頼る身寄りもなく、子供もいません。 義母とは争うこともあるので、義父母に頼ることはできません。 友人はいますが、友人がいたからなんなのでしょう? 私が死んだらきっと悲しむでしょう。でもきっといつか忘れます。 生きる意味を探しているのではありません、もう何をすることもできません。 苦しまない自殺があったら、確実に行っていると思います。 死ぬ気になればなんでもできると言いますが、なにかを始める気力がありません。 将来私は1人で死ぬのであれば、今死んだ方が遺骨も夫の墓に入れてもらえるしいいのではないかとしか思えません。 相談したところで、何か解決できるわけでもありませんが、書き込んでみました。

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