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苛まれ続けるのならば死を選びたい

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この世に因果応報はないのでしょうか?

私は学生の時に集団いじめを受け、卒業してからも今までずっと容姿のことで批判されたり、外出先で出くわそうものなら大声で悪口を叩かれるので一時期は買い出しすら恐怖でした。

やはり、そういった出来事が自分の中で積み重なって性格も歪んでしまい、大学生活はずっとひとりぼっちで、国家試験も落ちて、現在は毎日泣きながら予備校に通っています。

極めつけに、私をいじめていた女共は今彼氏もできて、友達に囲まれて幸せそうです。
現在は遠く離れた土地にいますが、腐れ縁っていうのですかね、以前ばったり会って、それはそれは幸せそうでした。
私は信頼できる友達も、相手もいないのに。

ふとした瞬間に、涙が溢れます。
予備校にいるときに泣きたくなかったのに、この間はついこぼれてしまいました。
常に、幸せそうな人を見ては憎んで心の中で貶してしまう自分が嫌で、日頃から出来損ないの社会不適合者と、自分を罵ってしまいます。

正直言って、恋人が欲しいとは思っていません。ですが、いじめてきたやつらは幸せで私はどん底にいることが悔しくて、情けないですし、
街で仲の良さそうなカップルをみると、微笑ましいより、憎しみが湧いてきてしまいます。そして「私はそういう相手がなんでいないんだ」とか、普段なら考えないことも考えてしまいます。
多分、恋人が欲しいというのは、女に生まれてしまったことによる生存本能だとわかっているのですが、今の状況が惨めすぎてそんなつまらないことに囚われてしまっています。

この様な劣等感に、苛まれ続けない良い考え方があれば教えていただきたいです。

2022年9月12日 20:23

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

傷付いている自分から学ぶことを

しろねさん、お悩み拝読しました。長い間お辛い思いをしてきたのですね、今は、その傷ついているご自身を大切にしていただきたいと思います。
誰でもいじめられたり、悪口を言われれば、傷付きます。自分から傷つきたいと思う人はいないし、もし、悪口を言われて傷付かないとしたら、感情を殺しているように思います。大切なのは傷付かないことではなく、傷付いた経験から何を学び、自分で自分をどのように癒してあげれるか、なのだと思います。

自分の一番の理解者は自分です。その自分を見放してしまうということは、自分で自分を傷つけてしまうということ。自分で手当をして、我慢している自分によく頑張っていると褒めてあげてください。

自分に優しくなれれば、その雰囲気は周りの人にも伝わって誰かを癒す存在になれます。柔らかな心を大切に、そして自分を愛おしみ、自分のいる環境を少しでも温めてみてください。そして、一人だと思わずに、いつでもまたハスノハにご相談ください。

2022年9月12日 22:36
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有り難し
おきもち

曹洞宗(禅宗)僧侶。スピリチュアルケア師。 もの心がついた頃から「生きる...
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「人間」という概念は幻

仏教では、私達が頭で考える概念は、幻みたいに実体が無いと考えます。
人間という概念、人間の女という概念も幻です。
一人一人、一匹一匹がバラバラの生きものです。
それなのにあなたはなぜ、人間の女と自分を比べるのでしょう。
たとえばミミズやセミと比べてみれば、かなり優秀だし、恵まれた生活を送っています。
地球レベル、宇宙レベルで考えたら、あなたは意外と不幸ではないのです。
なお、因果応報はあります。
他人をいじめる人は怒りっぽい、イライラしやすい性格です。
その人は、怒りやイライラのストレスの苦しみを受けます。
そう、実は、あなたをいじめた人々は、あなたをいじめている時が一番ストレスを感じて因果応報で苦しんでいる時期だったのです。
自分の煩悩のせいでもがき苦しんで他人に八つ当たりしていたのです。
あなたも、同じように、怒りの煩悩で苦しんでいるでしょう。
自分自身の欲・怒り・怠け・プライドの煩悩で苦しんでストレスを受けるのは、自分自身なのです。
それが因果応報です。
怒れば怒るほど怒り癖がつき、悲しめば悲しむほど悲しみ癖がつき、その心の癖は、苦しみ癖・ストレス癖になって、自分を苦しめるのです。
過去への執着を手放し、怒りや不平不満の妄想雑念の頻度や時間を減らし、苦しみにくい性格に改良しましょう。
それもまた、因果応報(悪い心のままだと苦しみ、修行すれば幸せになる法則)です。

2022年9月13日 23:56
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

盲点でした。確かに自分をないがしろにしているままでは何も始まりませんね。
ありがとうございました。

(追記)
願誉浄史様もありがとうございました。
お二人とも目からウロコのご意見ばかりで、大変ありがたいです。感謝致します。

「因果応報」問答一覧

過去の過ちと因果応報への恐れ

過去の過ちから日々不安で押し潰されそうです。 一年前に下手をしたらクビになるようなことをしてしまいました。 私は最近因果応報という言葉を実感しており、それを強く確信する度に過去の過ちが広まり、自分に返ってくるのではないかと不安でいっぱいになります。 また、あろうことか ・その当時に口の軽い同僚2人に酔った勢いで話してしまった ・その行為を共に行った社外の相手と喧嘩別れをしている上に証拠写真を持たれている 以上の2点から会社にいつかバレる可能性が十分にあります。 今のところそういった脅迫や噂は立っていないのですが、何事も因果応報だと思い、いつか明るみに出るのではないかと毎日怯えています。 また、最近になって守りたい存在ができ、その為にも今の職を失うことはしたくないです。 そして、その存在のお陰で日々幸せを得ているのですが、いつか来るかもしれないしっぺ返しを恐れて幸せを素直に喜べません。 忘れた頃に因果応報がやってくるのではないかと思うと、忘れることも出来ません。 最近不安になると胃腸を痛めるようになってしまいました。 また、今ある幸せを感じられないことに辛さがあります。 今は昔のことを大いに反省し、誠実に生きることを心掛けています。 本題です。 罪を帳消しにしたいとは言いません。 いつか罰は下るだろうと常に考えています。 ですが、いつまでも続くこの不安から解放され、今ある幸せを心から感じてみたいのです。 こんな私はどう心がけ、考え、日々生きれば良いのでしょうか。 ※内容をかなりぼかしていてすみません。 この過去の行為は、人を傷つけたり、社会に迷惑をかけるような内容ではありませんが会社の規則に反した行為です。実際どうなるかはわかりませんが、注意とかでは済まないレベルではあると思います。 また、会社での立場は確実に無くなります。

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回答数回答 1

レイシズムと因果について

私は現在大学で社会学を学び、多文化共生の道筋(異文化教育学)を調べたりしています。自分を含めた複数の文化的ルーツの人々が暮らしやすい環境を作る為です。 先駆者の理論などを学ぶにつれ、社会における自分の立ち位置を理解し、精神も依然と比べて安定はしているのですが、どうにも腑に落ちないわだかまりを感じるのです。 見た目が違うと言う理由だけで警察に職務質問されたり、日本でずっと育ったのに外国人(犯罪者)扱いされたり、慣れてくると「考えても仕方が無い」と無感覚になるので今は怒ったりはしないのですが。 以前聞いた仏教における「因果」の話に矛盾を感じてしまいます。私の認識では善因善果や悪因悪果の様に自分の不幸の原因が自分にあり、大概の場合は理に適っていると思います。差別や警察への対処法では本当に当てはまってて、知り合いの混血もけんか腰で話してたら公務執行妨害で押さえつけられてました。(;´Д`) しかし差別される苦しみ(果)が自分が捲いた(因)であるとは思えないのです。もしこの苦しみをもたらしている因果に心当たりがあるのであったり、私の解釈が誤っているのであれば教えていただけるとありがたいです。 理不尽?と言えば良いのかはわかりませんが、この様な社会において他者に対してどの様な心構えを持てば良いのかもご存じであればご教授願えないでしょうか。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ