罪悪感と後悔への向き合い方
母への後悔と罪悪感にどう向き合うべきか、アドバイスを頂きたいです。
数ヶ月前、母が亡くなりました。
私は実家から離れた地で一人暮らししていて、実家に帰るのは年に2回程度です。
私は、自分が離れて住んでいることを良いことに母の治療に関して何もしませんでした。
帰省の度、ご飯を食べてる母を見て勝手に安心するばかりで、お金のことも、治療の進捗も、離れてるのをいいことに知ろうとしませんでした。
家族含め普段からLINEもしないので、私は母の病状をほぼ知らずでした。他愛もないLINEすらもです。
そのことに、自業自得でしかありませんが、母が亡くなってからずっと後悔しています。
末期がんだったことも危篤の連絡を受けてから知りました。最期は、話すこともできませんでした。
私は、母が苦手でした。
小さい頃から家族への不満をずっと吐いていらはら人で、夜な夜な聞こえる愚痴やわざとらしい足音にずっと怯えていました。家から出たくて、大学に入りました。
でも、家を出て物理的に距離ができたことで、私にも母にも心の余裕ができ、昔は気付かなかった素の母と接することが増えていきました。母親ではなく1人の人間として向き合うことが、仲良くなることが、大人になるにつれてできてきたと思っていた矢先でした。
私は母が苦手で嫌いでした。
でも、育ててもらった恩はいつか絶対返したいと思っていたし、大好きでした。
母が闘病で辛い時、私はなんにもしませんでした。何も知ろうとせず、都合の良い解釈だけして、まだ元気でいてくれるとタカをくくって、、20を超えてもずっと自分のことしか考えていませんでした。
家族なのに見て見ぬふりして支えることを放棄した自分を、多分一生許せないし周りから許されるとも思っていません。
ただ、地元に住んでる家族や親戚に会ったり連絡をとったりする度に、娘の自分が本来すべきだったことをずっと母の近くでしてくれた人達に対して、支えてくれたことの感謝よりも、申し訳なさと罪悪感と情けなさに消えてしまいたい思いでいっぱいになります。
責められているように感じることを受け入れる覚悟も無くて、どこまでも自分のことがかわいい自分がダサくて、嫌になります。
これから私は、どうしたら償えますか。
ありがとうもごめんねももう届かないのに、どうしたら、どう生きれば母に胸を張れますか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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お母さんの話を聞いてごらん。きっと知らなかった姿教えて下さる
お寂しいですね。。。
親って、いつまでも親で、いなくなるなんて考えもしないですよね。自分が年齢を重ね、親の老いを感じ、やっと感謝が出てくるのかもしれませんね。あなたの年齢からでは、お母さんもまたまだ お若いでしょうから、元気でいてくれているとばかりに思い込んでいても無理はありません。
相手の立場がわかると、見えてくることもありますね。あなたが家を出たことで、お母さんにも余裕がなかったのだと気づけたし、あなたも今こうして たくさんの人に支えられた母であったと気づかされましたね。
そういうものなのかもしれません。自分の立ち位置でしか、見れないのが人間だもの。お母さんも、あの頃はいっぱい いっぱいだったのだろうね。
私個人的には、自分の病は家族や子どもにも言わないと思います。末期であっても。誰にも言わないと決めています。心配かけたくないとか、自分で受け入れたいとか、理由はいろいろですが。
お母さんが、あなたに伝えなかったのも、子想いの愛情だったのかもしれないなと、私はそう感じました。
あなたには、黙って逝くなんて、知らせてほしかった、知っていたら何か出来たのだろうか、お母さんにちゃんと気持ちを伝えたかったと思うだろうね。
お母さんの生き方です。あなたが罪を感じることはないし、お母さんはあなたに償ってほしいとは望んでおられないと思うわよ。
そんなふうに、子どもが自分を責め追い込んでいたら、お母さんはきっと(ごめんね あなたを苦しめるつもりではないのよ)とおっしゃるでしょう。
人は、家族だけではなく、周りの人達と生きていきます。一番そばで、気づいたり、心許せる人がいても自然なことですからね。支えてくださった皆さまに、お母さんの話を聞いてごらん。きっと、あなたが知らなかったお母さんの姿を教えてくださると思うわ。あなたが、お母さんをもっと好きになって、お母さんの娘で良かったと胸を張って生きていくことが、お母さんへの感謝になるのではないですか。お仏壇へも手を合わせてね。仏様に話しかけてね。お母さんにちゃんと届くのよ。
これからも親子なのだからね。
こんなにも、胸が苦しくなるほどにお母さんを想うあなたが、ダサいわけないじゃない。
一緒に手を合わせましょう。
私もこちらから、手を合わせますね。
質問者からのお礼
毎日の法務等、お忙しい中ご回答いただきありがとうございます。
母を知り、これからもっと母を好きになることが感謝になるという言葉に、涙が止まりませんでした。
母を想って生きることを、母の娘であることを、誰かに許されたかった自分がいたのかもしれません。
毎日、手を合わせて、話しかけようと思います。
気持ちをひとつひとつ拾ってくださり、またお守りのようなあたたかい言葉をくださり、本当にありがとうございました。