「一人が好き」なぜ理解されなかった?
なみ女性/20代
高校生のとき、
「もっと人と話したほうがいい」
「友達は多いほうがいい」
と言われたり、そういう空気を感じていました。
私は、
「一人でいるほうが落ち着く」
「誰とも話さない日があっても苦ではない」
「数人話せる人がいるだけで十分」
だと思っており、それは今でも変わっていません。
大学生のときや社会人の今は、高校生のときの空気を感じることが少ないのですが、高校生のときはなぜそういう空気だったのでしょうか?
時々、高校が「一人が好き」がわかってもらえる場所だったら、高校生のとき苦しまずにすんだのにな、と思ってしまいます。
私の煩悩:
自分が負の感情に陥っている時、他人の喜びに嫉妬してしまう 負けず嫌い 完璧主義
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お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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それぞれが心地良いと思える付き合い方をしていけたらね
そうね。高校までは集団生活の場だからね、友達や繋がりを大事に、豊か(多く)にすることが、その人の人生を支え助けになるとの教え(助言)だったのだと思いますよ。
大学も社会も集団ではありますが、高校までのような集団活動を求められるわけではないですし、多様性を尊重する時代にも変化しているのだと思います。
一人の時間を大切に出来るのは、いいですね。私も、そうです。それぞれが心地良いと思える付き合い方をしていけたらいいですよね。
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有り難し
質問者からのお礼
中田 三恵様
ご回答ありがとうございます。
それぞれが心地良いと思える付き合い方、確かに大事だと思います。



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