病気の苦しみを抱えて生きるのが辛い
子供の頃から虚弱体質で、疲れやすく無理ができない体質でした。中学生の時には原因不明の頭痛が続き、髄液までとって精密検査しても異常が見当たらず、自律神経失調症と診断され服薬を続けました。
成人してからもパニック障害や狭心症、子宮内膜増殖症、良性ですが乳腺の腫瘍など病気だらけの人生です。
現在も激しい頭痛や神経痛など原因不明の痛みが発作的に起こるため、いつ来るかわからない痛みに怯え、やりたいこともためらってしまいます。
あまりにひどい痛みに、時に生きていることも辛いと感じてしまいます。
苦しさのあまり死の恐怖が頭をよぎる半面、死んだらこの痛みから解放されると思う自分もいます。
仏様は病気を通じて、私達人間に何を教えたいのでしょうか?
また、私は病気の不安と痛みを抱えながら、どう生きていけばよいのか。
その心構えなどをご教授いただけたら幸いです。
何卒、どうかよろしくお願いいたします。
子どもの頃から身体が弱く、健康の不安を抱え死を人一倍恐れている気がします。家族との縁も薄く不仲な家庭で育ちながらも、親を見捨てたことに多少罪悪感もあります。不遇なことが多い人生ながら、基本明るく前を向いて生きています。
成功している人に嫉妬する気持ちがある
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
今のあなたのまま生きていける道…それは仏様と歩む道です
おつらいご心中お察し致します。
各人の「体質」ということはあると思います…こればかりは変えられないものなのかも知れません。
病を抱えて体調不良の中、生きていく。本当に人生はままならないものですよね。
最近ふと思ったのですが、老・病・死どれもつらいけれど、中でもやはり一番つらいのは「死」ではなかろうかと…。
死がいきなりやってくるというのもつらいものですから、老病は死を迎えるための準備段階と受け止めるべきものなのかな…と感じています。
『死の恐怖が頭をよぎる半面、死んだらこの痛みから解放されると思う』お気持ちは本当に良く分かります…多くのお方が頷かれることでしょう。
そんな葛藤の中、生きていくしかないんですよね。
そうなのです…今の御自身の身体の状況は大きく変えられないかも知れません。ならば、このまま生きていくしかありません。生きていきましょう。いえ、生きていける道こそが「仏道」です。
何ともならない私に「何とかなれ」と言わずに、「そのままで良い」とおっしゃる仏様がいらっしゃいます。
「そのままで良い」と言われて気が楽にはなるものの、すぐに「このままじゃ嫌だ」と駄々をこねるのが私達人間です。
そんな私に仏様はずっと寄り添い、「私があなたの命の問題は全て引き受けるから、とにかく任せておくれ。あなたの苦悩をこちらに預けておくれ」とおっしゃり続けて下さいます。
おつらいでしょうが、そんな仏様のお慈悲の御心をそのまま頂かれ、せっかくの恵まれし尊い命を生き抜いて下さいませ。
仏様はあなたに「しっかりせよ、しっかり生きよ」とは決しておっしゃいません…「その分、私(仏様)がしっかリしているから大丈夫だよ」とおっしゃって下さっています。
質問者からのお礼
小林様
年始のお忙しい中、お心のこもった優しいお言葉、ありがとうございます。
拝見していて、涙が静かに流れてきました。
それと同時に、心がすっと、軽くなりました。
今までずっと、健康になりたい気持ちが強すぎて病弱な自分をどこか否定していたように思います。
けれど不完全だからこその人間ですし、痛みも悲しみもまた、生きているからこそ味わえるものですよね。
仏様に生かされていることに感謝しながら、この痛みも受け入れつつ、自分の心身と向き合って、命尽きるその日まで強い気持ちで生きていこうと思えるようになりました。
救いの手を差し伸べてくださり、心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。
余談ですが、今日はお寺へ詣でてきました。
不思議と心安らぎ、何の痛みも出ず外出できました。
これからも仏様とともに前を向いて歩んでまいりますね。