生きることが苦痛です
数年前に医療過誤にあい神経を痛めました。
右手・右足に痛みがあり、首から下、肩から足先までの右半身が痺れています。
学生時代からずっと続けてきた趣味もできなくなってしまいました。
それが私の人生のほぼ全てだったから失ってしまって悲しいです。
コロナもあってどこかへ出かける気力もなくなり。
欲しいものもなく。
特別食べたいものもない。
医療費も高額です。
でも薬をやめたら悶えて眠れなくなります。
痛かったりもぞもぞして気持ち悪かったり。
気が狂いそうになったのでやめられません。
相談できる友人もいません。
母親は今でも恨み言です。思い出したくないし、嫌な言葉は聞きたくないのに。病院つぶそうなんてできもしないことを言ってきます。だから余計に親には言えません。
何がいけなかったのでしょうか?
私が何をしたのでしょうか?
疲れてしまって、生きる気力がなくなりました。
それでも生きなきゃだめですか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
生きるということ
医療過誤で神経を痛めてしまったとのこと、その為に痛みや痺れが残ってしまい趣味も続けられなくなってしまったのですね。あなたにとってその趣味は人生の全てと言っても良いほど打ち込んでいたのですね。お話を伺ってほんとうにお辛いこととお察しいたします。
また、相談できる人もいないとのこと、このhasunohaによく相談していただきました。ここのお坊さんは皆あなたに寄り添います。何度でも結構ですから辛い時、苦しい時はここにご相談下さい。個別のオンライン相談もございます。
さて、お釈迦さまは生老病死と言う四苦は人間が避けて通れない真理だとおっしゃいました。
私たちは状況は異なれど老い、病になり、そして最後は死んで行きます。
しかし、私はその多くの困難を乗り越えていく中に生きる喜びは必ずあると信じています。確かに辛い時は何故自分だけがと考えてしまい落ち込んでしまいますよね。かと言って状況は改善できない。それでも人間は生きてなんぼだと思うのです。何故ならあなたの人生は一度限りなのです。生まれ変わりません。
私たちは一生に一度の人生を生かされているのです。世の中には考えてられないハンディを負っても力強く生きている人もおられます。
あなたも、私たちと一緒にいまの辛さに立ち向かってみませんか。私たちは常にあなたに寄り添って応援します。合掌
質問者からのお礼
お言葉ありがとうございます。
御礼が遅くなりまして申し訳ありません。
投稿後に体調を崩し、検査を重ねた結果、難病であることが発覚いたしました。どうせなら生命に関わるようであったならと思いましたが、残念ながら生命に別状はないものです。でも完治することはない病気です。
おっしゃる通り、私より遥かに辛く苦しい状況にある方は多くいらっしゃるでしょう。私自身の弱さや甘さゆえに、困難に立ち向かうことができないのです。立ち上がる気力、エネルギーとなるものがありません。家族に隠れて、涙を流す毎日です。何を糧に生きていけばよいのかわかりません。
毎日40錠近くの薬を飲んでも効き目を実感できず、以前のような生活に戻ることも叶わず。
私には高い、苦難の壁を今はただ仰ぎ見ることしかできません。
生まれてきてよかったと感じたことがなく、今までの人生を振り返ってみても辛いことの次にはさらに辛い出来事が続き、好転した経験がないため、もう先の人生に希望を持てなくなりました。
余程前世で悪行を重ねたのかと思わずにはいられません。今世の苦しみを越えることはできずとも、受け止めて生きていくしかないのでしょうね。
私のような人間に対し、ご回答いただきましてありがとうございました。