居場所を奪われる焦り
いつも誰かに自分の居場所を奪われるような気がして落ち着きません。
「代わりますよ。」という言葉が怖いです。親切で言ってくださっていると分かっていても、代ってもらったら最後、私は二度とその場所もどれなくなるのではないかと思っています。家庭でも仕事でもそうです。
だから、隠していますが私は親切そうな人が苦手です。
親切そうな人がいれば私は必要ないんじゃないかと思うからです。親切でなんの気なし(実際どうかは分かりませんが、私から見て凄く自然に当たり前のようにという意味です)人の代わりをしようとする人は私の劣等感を刺激するのだと思います。
私が親切にする理由は自分の居場所を確保する為なので、どこかよそよそしく、本当に親切で楽しそうに「代わりますよ〜」と言ってくれる人には敵わないと思ってしまいます。悔しいです。
どうしたらこの焦り嫉妬心は克服できるのでしょうか。
嫉妬深い。競争心が強い。人の欠点が気になってしまう。怠惰。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
おきもちお察しします。
拝読させて頂きました。
あなたが人から受ける親切心をとても警戒してしまうことを読ませて頂きました。あなたが今まで生きてきた中では親切にしてくれる人やあなたの代わりを変わってくれる人をあなたの立場を奪ってしまう人に思えてしまうのですね。あなたがその様にお感じなさってしまうのは今まで様々なことがあったからかもしれませんし、あなたの心がどうしてもその様に受け取ってしまうからかもしれません。詳細なあなたのことはわからないですが、あなたのそのお気持ちを心よりお察しします。
あなたが人から「代わりますよー」と言われると自分の居場所を奪われてしまうという恐怖心を抱いてしまうこともとてもわかる様に思います。
今まであなたが生きていらした中でその様な親切心ではなくてあなたのポジションや居場所を奪う様な出来事があったのかとも想像します。確かに世の中生きている中ではその様に親切そうに近づいてきて自分の居場所やポジションや権利を奪う様な方々がいるのも事実です。ですからどうしてもあなたの心の中でその様な警戒心が起きてしまって奪われるのではないかと思ってしまうこともあるでしょうからね。そういう気持ちは多少なりとも誰でもが抱いていることだと思います。
やはり生きていくことは生存競争のさ中にあるわけですから全く無防備ではいられませんからね。ですからその思いは最低限あなたの心の中に存在することは必然だと思います。
ただその思いばかりが強すぎてしまいますと折角あなたに向けられた思いやりや親切心も無下にしてしまうことにもなるでしょう。それは決してムダなことではありませんからね。
落ち着いて穏やかに相手の方のお話を伺いながらあなたが必要としていることならば受けとればいいでしょうし、大丈夫であれば「お気持ちありがとうございます。今は大丈夫です。」と丁寧にご遠慮なさればいいのです。
決して慌てることではありませんし、落ち着いて状況を確認なさりながら、相手の表情やしぐさや態度を見ながら冷静にご判断なさって下さいね。
あなたや皆さんがお互いを尊重し合い思いやりながら毎日を心から豊かにおおらかに生きていかれます様に、皆さんとのご縁の中で心から潤いに満ち幸せ生き抜いていかれます様に切に祈っています。
質問者からのお礼
最低限あってよいのだと言ってくださって心が軽くなりました。過去にとらわれず今の自分の目の前の人と向き合っていくのが大切だと感じる事ができ落ち着きました。