hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

母の自殺(母子家庭一人っ子)

回答数回答 1
有り難し有り難し 15

1ヶ月前に最愛の母を亡くしました。
母は視覚障害を抱えており、サッカーボール未満の視野しか無く中心以外のものは何も見えず、精神障害(統合失調症)もあり(自殺は精神科で処方された睡眠薬を多量摂取したことによるもの)、最近になって発達障害とも診断されました(本人は相当ショックを受けていました)。

しかし母は人生の諸問題を障害のせいにしたくは無い人で、白杖を持つことに抵抗したり、1人で外出したり、普通の人と同じように生きようとしていました。

そんな色んなものを抱えてきた母ですが、私が9歳の頃から16年間お互いを唯一の家族として一緒にやってきました。
母は幼少期に両親から虐待を受けており、また学校でも虐められていた影響で人間関係の構築に難があり友人もおらず、上述の病気のせいで仕事をすることもできず貧困家庭でした。
また親兄弟との関係もギクシャクしたり和解したりを繰り返していたので完全には頼ることはできず、母にとって本当に信頼できる家族は息子である私だけでした。

そんな母ですが愛情だけは沢山注いでくれたので、私は家庭環境から考えれば想像できないほど真っ当に育つことができ、今では経済的にも余裕ができ、結婚を考えるパートナーとも出会うことができ、私にとってここ1,2年は順風満帆と呼べる時代でした。
私たち親子は本当に何でも話し合う仲で、月に1~2週間は一緒に暮らしていましたし、喧嘩も多かったですが死ぬまでずっと仲は良かったです。

なので母が最後に自殺を仄めかすLINEが夜中に唐突に送られてきていることを翌朝に見た後に母の自宅に駆け込みその光景を見て、その後数週間は一生分という位涙を流しました。

自殺の直接的な原因は色々あるのですが、根本的な理由は私が今の彼女との結婚を示唆し、母が「1人ぼっちになってしまう」と寂しさを募らせたことだと思っています。

私は今月からキャリアアップして新しい仕事を始めたのですが、仕事中にふと母のことを思い出してしまい、全然前向きになれません。仕事以外の事でも何も本心で楽しめなくなってしまいました。

この先、どういう考え方で生きていけば私は以前のように強く前向きに生きれるでしょうか?
どんな未来を想像しても「母が居たら...」と考えてしまいます。
このままだと弱りきった心のまま、後ろ向きな人生を生きる未来しか見えないです。。。

2023年8月3日 1:11

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご相談、読ませていただきました。私は「自死・自殺に向き合う僧侶の会」(https://bouzsanga.org/)という超宗派の僧侶が集まって活動している会に所属しています。
毎月築地本願寺で自死遺族との分かち合いをしています。同様の辛い体験をされた方々がなかなか人に話せない思いをそれぞれが話し合う事で亡き人との向き合い方を模索したりご本人の気持ちを前向きにする方向性を見いだしてもらえるような活動をしています。このhasunohaでは一回の回答をするに留まる形式ですから、とても一回だけではあなたのお気持ちをサポートできないと思い最初にご案内させていただきました。このような会も是非お考えください。あなたにはこれから彼女さんとの長い人生があります。あなたには現在の状況を乗り越えて幸せになって欲しいと心から思います。

お母さまは、とても苦労してあなたを愛情をもって育てられたのですね。その最愛のお母さまが自死されたことを想像するとあなたのお悲しみは量り知れないものと思います。お母さまは今まで「人生の諸問題を障害のせいにしたくは無い人で、白杖を持つことに抵抗したり、1人で外出したり、普通の人と同じように生きようとしていた」と努力をされていた。そして、「愛情だけは沢山注いでくれたので、私は家庭環境から考えれば想像できないほど真っ当に育つことができた」とあります。
お母さまはとても真面目で人生に真剣で息子さんのあなたを本当に愛していた事が伝わります。そんなお母さまが自死されたことはあなたにとってあなたの人格を変えてしまうかも知れないほど大変なことだと思います。
特にあなたは、お母さまの自死の原因をあなたが結婚されて一人ぼっちになってしまうからとお書きです。なおさら自責の念を感じてしまいますね。確かにそれも一因かも知れませんがそれ以外にも多くの要因が重なって起きてしまったと思います。そして、お母さまはあなたがこれほど悲しみ苦しむことを想像出来ないほどご自分のことでいっぱいいっぱいになっていたのだと思います。誰にも防ぐことはできなかったのだと思います。
私はあなたがお母さまの残りの人生の分まで幸せに生きることがお母さまへの一番供養だと思います。あなたを応援します。
合掌

2023年8月3日 6:45
{{count}}
有り難し
おきもち

仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せ...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

大変親身に答えて頂きありがとうございます。
私もとても質問投稿の1000文字の文字数制限の中では自分の今の心の中を表現することは難しかったです。
ぜひ今度足を運ばせて頂きたいと思います。

失ってからその本当の大切さに気づくという愚かさが悔しいです。
きっとこんなことが起きなければ「ああしていればこんなこと起きなかったかな」などと予防措置をここまで深く考えることも無かったでしょうし、意味の無いことだとは分かっているのですが、前を向こうとしてもどうしても時折死児の齢を数えるように色々と考えてしまいます。

いくつもの要因が重なったのは本当にそうだと思います。
そして今までも自殺するようなタイミングはあり、あの時よりももっと納得のいくタイミングもありました。
しかし今回はそのタイミングでは無かったと感じる、本当に僕も母も人生が好転し始めている時期だったので、余計に「なぜ?」という思いと納得できない気持ちが悔しさや怒りや後ろ向きな気持ちがないまぜになって自分の中に留まり続けています。

僕はあの時まで、精神的な強さと前向きな考え方しか持っていないような人間でしたが、今では仰る通り人格が変わってしまったかのようなレベルで弱気で後ろ向きでその場に立ち止まり続ける人間になってしまいました。

===================================================

自殺というのはどんな理由があっても、貴方を愛してくれる人が居る限りしてはいけません。
自殺すれば、貴方を愛してくれている大切な人たちが貴方の想像を遥かに超える精神的なダメージを追い、とてもではないですが貴方が望むような「幸せに生きて欲しい」という願いなど実現不可能になるほど精神的に再起不能な状態に追い込まれます。

僕はこれから何年も、あるいは死ぬまでこの深い深い傷を可能な限り目を背けて頭の隅に追いやり続けながらでないと自分の人生の明日を生きることはできないでしょう。
とてもではないですが今まともに向き合えば、私の人生は永遠にあの日で時間が止まります。

本当に大切な人だったので忘れたくはありませんが、残酷なことに母を忘れることでしか、私は今前へ進めません。

もしいつか、時間が全てを癒し、解決してくれる日が来ることを切に願っています。
時間しか無いと思います。この深すぎる出口の無い海から抜け出すには。

人はどんな理由があったとしても最大限生き、前進する努力をしなければなりません。世界には無数の負の側面がありますが、それと同じくらい正の側面があります。
大切な人との別れもあれば、また新たな大切な人との出会いもあります。
私がこの世に生まれ落ち、母に出会った時のように。

このような苦しみを負ったからこそ、そこから学び、成長しなければなりません。
このような苦しみを受け止めて尚、前を向こうとする強さを先天的に与えられた人間は、それに感謝し、故人の分まで強く考える努力をし続け、故人の死に意味を見出し、自分の愛する人を自分が負ったような傷を負わせないために自らは絶対に自殺などしてはならないという絶対的な信条を持って強く生き続けなければなりません。

私の幼少期の母からの教えは「他人にやられて嫌なことは自分もしない」でした。
身勝手なことに私にはそれをやった母ですが、私は絶対にそんなことはしないことを自分自身に、母に誓わなければなりません。

悲しみの連鎖は生き残った人間にしか止めることはできません。
世代を超えてこんな傷を負う連鎖を繰り返してはなりません。
生き残り続ける強さを持った人間は、それを与えられなかった人たちの為にも、その意思を持って生き残り続ける使命があると思っています。

これは私たちの運命です。
神は残酷であり、世界は時に苛烈な十字架を課してくることがありますが、人間は根源的に不平等なものです。
自身の運命に不平を嘆いて後ろ向きに生きたところで、自分ではどうしようもできない理不尽な神の領域に魂を殺されながら、残酷な時の流れに死ぬまで呪縛され続けるだけでしょう。

この運命を受け入れて尚、前進し続ける意思を持って強く生き続け、死んでいった人たちの生きた意味と自分が生き続ける意味を世界に問い続け、この世に何らかの形でその意味を残していこうとする内発的な正の十字架を新たに自分を課し、あの日から抜け出して新たな一歩を踏み出しこれまでとは違った自分の人生を生きる勇気を持たなければなりません。
それが、この残酷な運命に抗う唯一の術だと思っています。

人はいつか必ず死にます。

だからこそ人はこの世に生まれ落ち、自分の意思で自らの生死を決められる幸運に恵まれている以上、それが叶わなかった全ての人たちのために、どんな理由があろうとも生き続ける努力を最大限しなくてはなりません。

それが今生きている人間の義務であり十字架だと思います。
そしていつか死ぬと分かっているからこそ、無為に時間を過ごしてはならないのです。
生きることを許されなかった人たちが奪われた1時間、1日、1ヶ月、1年、10年、... を大切に生きてください。
自分が生きる時間に意味を見出し続けてください。意味を与え続けてください。

これは生き残った人間にのみ許された尊い営みであり、これが本当の意味で「生きる」ということなのだと思います。

生きることは難しい。恐らく「死ぬ」ことの方が簡単なんだと思います。
死の本当の意味を理解しそれを意識した時、「生きる」ということがどれほど困難で、尊い営みなのかを理解することができる。

「生きる」という選択肢を選びたくても選べなかった全ての人たちのためにも、それを選べる幸運に恵まれた全ての人間は「生きる」努力をすべきなのです。

本当の意味で生きるということは、誰かを本当に愛するということは、強靭な精神力が要求されます。とても正気ではいられない局面も人生の中であるでしょう。
しかしそれでも正気を保ち明日を迎える勇気と強さを持ち続けるのです。

本当に死後の世界なんてあるのか、この世界の誰にも分かりません。
死んだ人たちが本当に何らかの形でこの世界のどこかに存在していて、自分を見守ってくれているかなんて、本当の正解は誰も知らない。
線香をあげてりんを鳴らして遺影に話しかけたところで、本当にその言葉が届いているかどうかなんて分からない。

その答えは自分の心の中にしかない。
生きている人間の中にしか生まれない。

だから全てを無にしないために、生き残った人間は生き続けなければならない。どんな理由があっても。
自分の中に答えを宿し、意味を問い続けるために。
死んでいった人たちを無にしないために。

自分が本当にその人を愛していたのであれば、その愛する人を完全に死なせてはならない。無にしてはならない。
その人を愛する気持ちは、記憶としてこの世界に留め続け、自分の心の中に宿し続けるのが本当の「愛」だと思います。

死という楽な道を行こうとするな。
生き残って困難な道を進め。
貴方にはその道を選ぶことができる力がある。

↑今自分が思っている自分自身に対するメッセージも自分に対する備忘録として残させて頂きます。

私を含め、これまでに、そしてこれから私と似たような経験をされる全ての方が、いつかこの深い深い苦しみから救われ、前向きに力強く未来を描ける日がやってくることを切に願っています。

生きてさえいれば、どんな場所にも、幸せはあるはずですから。

「身近・大切な人が自死・自殺」問答一覧

父が亡くなりました

先日、父が亡くなりました。自死でした。 突然のことで心が追い付かず、悲しみに暮れる暇もなく手続きに追われています。 詳しい理由は分かりませんが、おそらく祖母の介護と父自身の病気、借金の返済等が重なり心身ともに疲れてしまっていたのだと思います。 前日には「心が疲れました」と同僚の方に送っていたそうです。 父はとても優しい人でした。とても辛かったはずなのに、私たち家族に心配をかけないよう、普通に接してくれていたことも心が痛いです。 借金が発覚したのは父の死後ですが、介護や病気は家族の問題でもあったと思います。もっと私たちが話を聞けていたら、父は今も生きていてくれていたのかもしれないと思うと涙が止まりません。 特に母と妹は第一発見者なので、もっと心が辛いと思います。 私はこれから一生、父に死という選択を取らせてしまったことを後悔しながら生きていくのだと思います。 借金はどうにかなりそうですが、それより心がとても苦しいです。 一度は父の後を追いたいという気持ちになりましたが、ここまで大事に育ててくれたことを思うととてもできませんでした。 苦しくても生きていきたいという気持ちはあります。 これからどうやって生きていけばいいのでしょうか。

有り難し有り難し 13
回答数回答 2

元旦那の自殺

旦那が失踪したまま離婚し、そのあと自殺しました。 私からのメールは無視していたのに、離婚した途端、会いたいとか人生リセットするとか、彼からメールが来るようになりました。嘘もたくさん。でも放ってました。脅すような内容もあり、怖くもなりました。最後だと来たメールには、会えないならせめて話したい、と。 私は悲しみの中引っ越さねばならず、くたくたでした。参っていて話せる余裕はなく、怖くもあったし、お金の無心だろうと思い、もう話すことない、返信しません、とメールしました。それには既読はつかず、ブロックされました。なので私もここで初めてすべての連絡手段をブロックしました。 その1週間後、警察から彼が自殺したと連絡がありました。失踪した1か月後、離婚届を出した2週間後のことでした。たった1か月のことなのに、長い1か月でした。 メールのブロックを外してみると、最後のメールが来てました。遺書でした。ブロックした次の日の夜に送ってきてました。 ブロックせずにそのとき読んでたとしても、信じなかったかもしれないし、何もアクションを起こせなかったかもしれない。それでも悔やみました。 最後のメールには、まだ来てはいけない、何十年後にまた会おう、みたいな言葉がありました。 私のこと想ってくれてるの?じゃあどうして失踪したの?どうして死なないといけなかったの?悲しかったり、身勝手さに腹が立ったり。ただ、もうこれで何も心配することがなくなったんだとも思ってしまいました。 失踪する前日まではほんとにしあわせでした。彼のことが大好きでした。失踪してから大きな嘘がわかり、離婚になりましたが。どこへ行っても、何をしてても、彼との日々を思い出して辛いです。夜になると余計思い出し、なかなか寝つけません。 ただ、日が経つにつれ、寝れるようになり、お腹がすくようになりました。生活のため、新しい職場で仕事も始めました。 前を向いてくこと、彼は許してくれるでしょうか?これからの人生にどう向きあえばいいのでしょうか?それから、彼はどうしていますか? 長くなってすみません。教えていただけると幸いです。

有り難し有り難し 6
回答数回答 2

転校するしかないけどしたくないです

私は私立の中高一貫校に通う高2で、中1から学生寮に入っています。 寮では定期テストの際に部屋チェックがあります。中学生の頃には男性担任が無断で部屋に入り私物を触ることがあり、不快に感じていました。しかし、高校生になると部屋チェックが減ると聞いて我慢していました。 高校生になり、部屋チェック担当が女性の副担任と学年主任(姉妹校から私が高1の時に新しく赴任してきた)に変わり安心しましたが、高1の3度目の部屋チェック(1年前の9月中旬頃)では予告なしに部屋を開けられ、更衣中だった私は驚き、恐怖から鍵を閉めました。すると学年主任がドアをドンドンと強く叩き、開けないと退寮させると脅され、私は泣きながら震えていました。 この出来事を母に話し、心療内科を受診。適応障害とPTSDと診断されました。学校に相談すると、学年主任との接触を減らす配慮がなされましたが、高2になり学年主任に対する接し方の緩和を促すようなプレッシャーをかけられました。そして、再び接触が増え、学校に通うのが辛くなりました。 再度両親が学校と話し合い、学年主任の配置換え(姉妹校に帰ってもらう、最低でも学年主任を離れてもらう等)を求めましたが、対応してもらえず、このままだと学校に通えず出席日数、単位も足らなくなり、留年ないし退学しなければならなくなると思い、私は転校を決意しました。 しかし、中学から5年間も通った学校なので思い出も沢山あり離れ難いです。今回のことで多くの友人や罪のない先生方、両親に迷惑をかけたと感じ、消えたい、死にたいと思うことが沢山ありました。私はもうどうすれば良いのか分かりません。 長くなってしまいましたがアドバイスを頂けると幸いです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 19
回答数回答 1

家族とうまくいきません

父親がアル中で暴力を振るい 母親はじっと耐えるだけの機能不全家庭で育ちました。両親は離婚済です。現在母は私と主人と同居です。 疎遠だった父親が倒れ認知症になり誰も面倒を見る人がいないため5年施設や病院などを繋ぎ関わってきましたが3月に亡くなりました。 亡くなる前後ぐらいから同居の母の様子がおかしくなり 自分勝手な言動が目立つようになりました。 「〇〇(父親)が亡くなったら私も仕事を休まなきゃならないの?」 「お骨を家に持って帰りたくない」 「納骨までお骨の置いてある部屋には入りたくないから部屋のドアを閉めて欲しい」 などわがままを言うようになり私と口論になりました。 酷い父親でしたので私も複雑な気持ちで見送り それでもちゃんと送り出そうとしている時に私や主人にそういう発言をするので初めて怒鳴ってしまいました。 そして私も小さい頃からの不満を初めて母にぶつけてしまいました。 そうしたら私に非難されるのが辛い!!と騒ぎ始め、家をでていくと言い出しました。そこから話もせず、納骨だけをすませました。 口論してから2週間ほどは同じ家でも会わないように暮らしていましたが 母が家を出ていきたい!の一点張りで私の心が折れてしまい私が家を出てしまいました。 今は母と主人が一緒に暮らし 私が別居している変な状態です。 父が倒れた時に1人暮らしの母の先を不安に思った主人が同居を提案してくれましたが私は乗り気ではなく主人がせっかく言ってくれたのでと同意してしまったのがいけなかったのだと思います。 元々母が苦手でした。でもその当時は私の子供も一緒に住んでいたので 何とかやっていけると思っていました。 高齢の母を1人暮らしさせることへの不安と母と暮らすことの息苦しさとで葛藤しています。 母は家を出る準備をしていて物件をみにいっているようです。 母のサポートは現在主人がしてくれていて申し訳ない気持ちです。 ずっとアル中の父から母を守ってきましたが 自分勝手な母に疲れてしまいました。今から別居したほうがお互いのためなのでしょうか 母が家をでたら私は自分の家に戻り主人と二人で暮らすつもりです。 3年前に家を出ていった娘と主人も喧嘩をしており 1年以上娘とも会っていません。穏やかな家庭を作りたいと思うのにできないのは私や主人に何か原因があるのでしょうか。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

身勝手な夫が自死

初めて相談します。 夫が自死しました。 夫から人格否定や物に当たられる家の中を壊す私や子供の物を勝手に壊したり捨てたりするなど長年受けてきて我慢してきました。 ですがこの人は変わらない、と分かり、別居離婚を決意したところ、夫が自死をしたと聞かされました。 夫はうつ病と診断され実家にて休養中でした。 職場での人間関係がうまくできなかったようです。当初は私も話を聞いていましたが、いつものように否定拒否されました。 夫は自分の聞きたい答えだけしか受け付けない人でした。 私が弱った時には甘えるななどと突き放した事、泣くことを許さなかった事、今までの傷つけられた言動を思い出してしまい、辛くなっていきました。要求ばかりする彼につきっきりにならなくてはならないのかと。 20年以上我慢し続けた自分と子どものの時間や傷めた心や体を思うと、どうしても辛かった。 義実家から不満や暴言も受けました。 市へ相談に行き、弁護士にも相談して離婚を決意しました。ですが自死。 これは私が追い詰めたからでしょう。 私がこんな行動を起こさなかったら、彼はその選択をしなかったのでしょう。今までのようにじっと我慢して話を聞き続けていればこのようなことは起きなかったのでしょう。 ですが、夫のことが許せません。 子供にも私にもしてきたことが、亡くなったのに許せません。 身勝手に逝ってしまったことも許せません。 私は薄情で悪人なのでしょうか。 私は人を殺めてしまったのでしょうか。 私は生きていていいのでしょうか。

有り難し有り難し 25
回答数回答 3

自死した両親への思いについて

初めて相談いたします。 自死で亡くなった両親のことについてです。 私の両親は3年前に自死で亡くなりました。 両親は米農家を営んでおり、3きょうだいの末の弟があとを継ぐ予定で一緒に住んでいました。 2021年6月9日、弟からlineで「2日前に出かけた両親と全く連絡がつかない。どこに行ったかもわからない。」と連絡があり、警察に探して頂いたところ、町外れの山中で2人共亡くなっていました。6月7日の朝出かけたあと、昼頃に自死したのではないかとのことでした。 後の警察の事情聴取では、父が地域やJAの役員活動が大変だと話していたこと、母の両親が貯蓄を使い込みお金の援助を求めてきていたこと、ちょうどコロナ禍で私も妹もなかなか帰省できず、友人に会うことも難しく寂しがっていたことなどがわかりましたが、日記や遺書もなく決定的な理由はわからずじまいです。 亡くなる2日前に母と電話したときにもいつもと変わらない様子だったように思えました。 急な別れだったため3年たった今でもなかなか心の整理がつかず、ふとした時に両親が何について自死するほど悩んでいたのか、私に何かできることはなかったのか、と考えてしまいます。 また1年前に私に子供(両親にとっての孫)ができたのですが、他のお母さん達が大変なときに実家を頼れることがとても羨ましく思えます。 やっぱり子育てについてもっと気軽に相談したかったし、助言や手助けしてほしかった。 私の子供が私の両親に会いに行くことはできないんだと、育児に少し疲れたときに涙が出てしまいました。 なんともいえないこの気持ちにも、いつか折り合いをつけられるのでしょうか? ひとりの大人として、親として、がんばっていくしかないとわかってはいますが、もっと両親に頼りたかったと思うのは甘えでしょうか? 長文、乱文を失礼しました。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

どこまで援助するべきなのでしょうか。

度々、失礼します。 亡き妻の前夫の子が二人、実の子二人がいます。 長男について悩んでます。 長男は昔から調子に乗りやすいタイプでした。何度も何度も、調子に乗るなと、言い聞かせて来ましたが、反省してもすぐ元に戻ってしまいます。 妻が生前言ってきた「我が家は下もいるから大学まで行った分、少しずつ返金してね」と。就職後、お金が入ると、ろくに貯金もせずに飲み会に参加してました。税金も滞納したり…。 そんな長男も彼女ができ、やがて結婚しました。子供も二人できて、少し大人になったかなと安心してました。それが貯金もなく、大学費用の返金も口だけで滞る日々。 コロナ禍で結婚式は延期してましたが、ちやほやされたいタイプなので、結婚式をしたいと言い出しました。結婚時、結納金を出す約束はしてたので、準備はしていました。 そんな状態でしたが、こどもができれば、新車には乗りたい、家族旅行には行きたい、広いアパートには住みたい、結婚式はやりたい…。貯金は僅か。御祝儀と両家の援助頼み。日程も会場スタッフの言いなりで、家族の予定も聞かず予約してました。5月に控えた結婚式を前に今度は、120万貸してほしいと。自分でローンなどは組まず、都合良い解釈で親から借りようと考えたようです。 大学費用は滞っているにも関わらず、費用120万貸してほしいとなどと、呆れています。ここは心を鬼にするべきか、120万を貸した方が良いのか…。どうしたらいいかわかりません。乱文で申し訳ありません。助言お願いします。

有り難し有り難し 13
回答数回答 1

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ