「まごころ」とは。
「まごころ」とは何だろう、と疑問に感じてしまいます。
以前の質問に書いた通り、私は後ろめたい過去もある人間です。それがあるからこそ今、目の前の人たちには少しでも誠意を持って接しているつもりです。
ただ、ふと考えると、その言動の根本にあるのは「過去への償い」というか、「自分の過去を知らない人に対しての罪悪感を少しでも軽くするために」とか「自分をよく思って欲しい」という欲に満ちたものばかりな気がします。
私の言動は表面的には「まごころ」があるものであったり優しいものかもしれませんが、その実、ただの罪滅ぼしのポーズのような、そんなものに思えてなりません。果たして、「まごころ」とは一体何なのでしょうか?
また、私は前述の通り後ろめたいことをしたり思ったことも数えきれない程ある人間です。これを人に言わないで「いい人」の振りをすることも仏様はお許しになるのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
利他行
ご相談ありがとうございます。
何が動機であろうが、自分が心から「そうしてあげたい」と思って働きかける事は全て真心ある行動になります。その時、どんなあなたであっても良い、命を削って取り組む真剣な気持ちがあれば必ず相手に伝わります。
ハリボテの如く即席に作った体裁はすぐにペンキが剥がれます。自然に、無心に、ひたむきに、誰がどう思おうがどうだっていい、自分がそうしたいと感じたことに忠実に動けば、響くべき相手にはいつか響くはずです。
目の前の誰かを幸せにしてあげたいと思い、そのために今あなたができることを片っ端から実践する。何て尊い行いでしょう。
あとは自分の行動に責任と自信を持つことです。そうすれば仏様はお許しになるどころか、時には後押しもしてくれることでしょう。
これからも沢山悩むことがあると思います。ですが、向かい風に負けず頑張ってくださいね。陰ながら応援させていただきます。合掌。
質問者からのお礼
過去の自分がいたからこそ今の自分がいて、その自分が心から相手のことを想って行動するならばそれが「真心」だと、そう捉えて良いのでしょうか。
まだまだ自分の中で明確な答えが見つからず、また似たような質問をしてしまうかもしれません。
お返事に時間がかかり申し訳ありません。本当にありがとうございました!
お答えいただきありがとうございました。まだまだ私には誰かに問いたい悩みが尽きません。またお知恵を拝借させていただきます。