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母を見捨てました。

もっちー男性/40代
回答数回答 1
有り難し有り難し 6

祖父母・両親と私の5人家族で生活していましたが、祖父は15年前・父は13年前・祖母は5年前に他界し、母と2人暮らしをしてきました。(兄弟はいません)

その母が4年前に乳がんであったことが分かりましたが、母は私や親族・職場の人全員に黙っていました。そして3年前に腫瘍部から出血が止まらず総合病院での治療をするということで初めてその時に私に癌であることを打ち明けました。

何故言わなかったのか問い詰めても明確な答えは得られず、母の看護生活が始まりました。

昨年、母がお隣さんから借金していることが分かり、もうこれ以上一緒に住むことが出来ないと思い家を飛び出しました。

その数か月後、母は一人で亡くなりました。最期は看取りもせず、葬儀もあげず役所に全て任せ、直葬で荼毘にふせ遺骨及び遺品は役所で保管しております。

ご近所に迷惑をかけたので、実家に住むことは出来ず借金も相続したくないため、自分一人で相続放棄の手続きを取り裁判所に認定され実家を手放しました。

何故、母は一人息子である私に何も言わなかったのか。いや、言えなかったとしても後々大変になることは目に見えてるのに分からなかったのか。

また、病院の送り迎えや書類関係の手続き等全部私が一人で行っていたのに、「ありがとう」「ごめんさない」「助かります」というねぎらいの言葉も無く、借金を残して亡くなったのか未だに理解ができません。

葬儀もあげず遺骨の引き取りもせず、母を見捨てた私は生きている価値がないでしょうか?

すごく悩んでいます。

2023年9月7日 20:24
もっちー男性/40代
質問数:
4

静岡県在住の40代独身男性です。家族は祖父母・両親と私の5人家族でしたが私以外全員死去したため家族は誰もいません。高校を一度中退し単位制高校に再入学し卒業、大学受験に失敗し昼間働きながら夜間大学を卒業し高等学校地歴公民科教員免許を取得。民間企業・教職・地方公共団体の外郭団体等様々な職種を経験してきました。

私の煩悩:

昨年亡くなった母や親族に対して怒りや恨みが非常にあります。

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

安心して、この先も生きてくださいませ。

もっちーさん、こんにちは。ご相談慎んで拝読致しました。難しいお悩みですね。お母様はすでに亡くなられているということですから事の真相をご本人に確認することも出来ませんし、問い詰めたところで素直に答えられるものでもなかったのでしょう。あなた様としてはどうしても納得出来ないのだと思います。真実はもう解りようがありませんけれども、一番の問題は何よりも、ご自身がお母様に対する怒り(のような気持ち)をおさめることが出来ず、また、そんなご自身を(ご自身で)内心責めておられるところにあるのではありませんかね。「葬儀もあげず遺骨の引き取りもせず、母を見捨てた私は生きている価値がないでしょうか?」ということですけれども、人間の「生きている価値」やその有無などは、もとより人間自身に決められるものではないのでございます。事実、今そこにそうして生きておられる事こそが、もっちーさん、あなたに生きている価値があるという証なのではありませんか? 生きてください。お母様が遺されたもの(遺品や遺産などではない、目には見えないものです)を背負って、苦しく辛い時もあるとは思いますが、それでも懸命に生きてください。あなたにはそうする資格があります。現に生かされているわけですから。心のなかでお母様を許せなくてもよろしいのです。怒りをおさめられなくても当然なのです。ご自身を責めてしまうのも、あなたのなかに善い心あればこその働きでありますので。このように、すべてあるがままなのです。そのことを法華経という経典では「諸法実相(しょほうじっそう)」と申します。世界はあるがままでこの上ないものだ、これ以上もこれ以下もない、二つとしてない尊いものだ、というのでございます。いかがですか?、今後(の人生)はそういった「仏教のこころ」こそを学ばれることに使ってみられては。もしもあなたがお望みになるならば、その味わっておられる苦しみも、お母様を通じて仏様が寄こしてくださったものと思えるのではないでしょうか。いのち大道、皆々ひとときも閉じることのない道の上をただまっすぐに歩んでおります。安心して、この先も生きてくださいませ。

そわか合掌

2023年9月8日 15:55
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有り難し
おきもち

個別相談可能
「ただ、祈るばかり。」 抜苦与楽こそ、お坊さんの仕事。 それが拙僧のささやかな信条です。 人はそれぞれ心に哀しみを抱いて、 それでも懸命に生きている。 微力ながら、仏の智慧を借り、 その哀しみにそっと寄り添っていけたら と思っております。 — 横浜の片隅にて「そわかの縁側」を主宰 サッカー人生を歩む息子の父 — ・幼少期に日曜学校にて宗教心の萌芽 ・学生時代から真理(の探求)に関心を持つ ・25歳キャリアや経済力を捨てて仏門へ ・約8年かけ家族の鬱病を一緒に乗り越える ・自ら道場(瞑想スタジオ)を開く ・瞑想指導、伝道説法の日々を送る ・コロナ禍に瞑想スタジオを失う ・オンラインレッスンへ移行 ・縁あってhasunoha回答僧となる ・リアルな場として「縁側」を開く ・道友たちと静かに坐り、茶話を楽しむ ・自らの経験した様々な“哀しみ”に気づく ・人の哀しみに寄り添う仏道者へ — どのようなことでもご相談ください。八方塞がりのように感じるときほど、案外近くに突破口があるかもしれません。 そわか合掌
今、大切なものや大切な存在を失って哀しみを抱えている、日々どうにか生きているけれど生きている感覚がない、これから先うまく生きていける気がしない、そのようなつらく苦しいとき、ふと頼っていただけましたら、有り難うございます。 残念ながら、拙僧には、あなたの哀しみを消し去ることは出来ません。でも、誠心誠意、あなたのそのお心にそっと寄り添い、ただ静かに祈ることは出来ると思います。 哀しみ(喪失感)は、大切な家族や友人、愛犬・愛猫との別れだけでなく、失業や自身の健康(若さ)など、かけがえのない存在や大切なものを失った際に生じるものです。大切なものを失ったときの感じ方は人それぞれ。小さなことと思って放っておくと、元気(生のエネルギー)を必要以上に消耗してしまうことにもなりかねません。ご自身の哀しみに気づいたときには、誰かに助けを求めてください。hasunohaも、使って使って使い倒してください。仏の掌は、必ずや、あなたの心を救ってくださるはずです。 そわか合掌

質問者からのお礼

ありがたいお言葉感謝申し上げます。
今生かされていることに日々感謝し、一日一日を大切に生きていきたいと思います。
仏教のこころもまた学んで一回り大きな人間として成長していきたいと思います。
重ねてではありますが、元気がもらえるお言葉に大変感謝申し上げます。

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