生きるのが辛いです
たったひとりの娘が亡くなり、ひとりぼっちになりました。今は手続き上のことなどをしながら、ぼんやりしながら生きております。せめて娘の供養をきちんとしてあげたいとは思いますが、生きる目標を失くしました。娘が居なくなったのに、お腹が空く自分が、睡魔に負けて眠ってしまう自分が、息をしている自分の存在が苦しくてたまりません。私のことを心配してくれている親族や友人、職場の上司や同僚のことを考えると、身勝手なことはできません。いつか時間がこの痛みを癒すだろうこともわかっています。でも、癒されることを私自身は望みません。誰にも迷惑にならないなら、今すぐに娘のところに行きたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
目的を全うすることが救われるひとつの法です。
拝読させていただきました。
娘様のご逝去に際し衷心よりお悔やみ申し上げます
娘様とは誰も変わることができない大切な存在であるからこそ無力に近い心境より踏ん張って相談してくれたこととお察しいたします。
周囲のことも気配りされなおのことご心労のことと存じます。マーガレットさんの人生にしっかりと命の休息を与える時間を取らず、今まで踏ん張って来られたお方なのかと感じます。
現時点では、どの方向に意識を向けても煩悶する思いが幾多と到来する心境です。また周囲からもたくさんの慰めをいただいても穏やかな心境に到達するには時間を要することです。
「供養」というひとつの目的があるので、満中陰を行うまで、僧侶ナシでも『般若心経』などを唱えることに専念をお勧めいたします。
日本での大乗仏教では輪廻転生を提唱しますので、後生を祈ることがマーガレットさんのお気持ちを救うひとつの方法ともなります。
娘様とこに逝きたいお気持ちは愛する我が子のためなら当然の気持ちです。
しかし、娘様の人生のなかにも必ず幸せだったと思える時が、数えきれないほどにあったのも事実です。何よりもお母様に愛された人生は幸せであったのです。
娘様がまだまだ生きたかった人生の分をしっかりと母親が背負い、生きてやることがマーガレットさんの使命となります。
一心同体、心のなかに生涯むすめ様と離れることはありません。
新しい扉を開くことを急ぐ必要もなく、今はやり切れない思いを癒す時間を作ってください。
また他の僧侶からのお言葉もお待ちください。他僧侶からの返答無き場合は幾多とhasunohaへご質問、閲覧してください。
わたしたち寺院も三界万霊を日々ご供養させていただいております。
お母様お一人で供養していないことを安心してくださいませ。
合掌
謹んでお悔やみ申し上げます。
ご質問拝読いたしました。
何とお応えしたら
よいのやら。
愚僧も悩みに悩みました。
自分がこの壮絶な立場に
なった時に、
どう考え、どう行動するのか、
十分に煮詰まっては、
おりませんが、
お気持ちに寄り添いたく、
書かせていただきました。
最愛のお嬢様を
どう考えるのか?
こちらの考え方一つで、
変わってくるように
思うのです。
お嬢様は、
すくすくと育っていかれました。
お母さまである
あなたさまを敬愛して、
看護師を目指すべく、
同じ道に進まれました。
しかし、
残念ながら、
ご病気をえて、
早逝されました。
お母さまである、
あなたができることは、
何でしょうか?
お嬢様にとって、
人生の目標であった、
あなた自身の人生を
全うされることだと
思いますよ。
お母さんはね、
あたなの分まで
頑張るって決めたから、
天国から観ていてね。
次は、
また、親子か、
姉妹もいいかもね?
一緒に遊べるし。
御供養は
お嬢様の気持ちを
思いやることだと
思います。
天国に戻ると、
病は治りますから、
お母さんに悪いことした。
ときっと心配すると
思うのです。
お母さんは、
やっぱり強い!
すごい人なんだ。
私は次は見習わないと。
と思ように、
生きてくださいませ。
しっかり休憩して、
美味しいものを
お嬢様の分まで食べて、
笑顔、笑顔ですよ。
あなたなら
大丈夫!
必ず人生を生き抜きます。
どうかご自身の
お幸せを考えてくださいね。
マーガレット 様
それはなかなか受け入れられるものではないことですね。
自分の存在を苦しく思うのも
癒されてはいけないと思のも
致し方ないことだと思います。
愛する者との死別は、一筋縄で癒されて回復することは難しい。
混乱、取り乱し、あるいは怒り、落ち込み、自分を否定し
あるいは自分を諦めたりします。いろんな感情を行ったり来たりします。
悲しみを中心にして自分自身を理解できないのです。
そんな状態の自分をまずは、「いていい」と思うところから始めましょう。
まずは、お嬢さんを思う気持ちが強く、自分の存在を苦しいと思う自分がいていいと思うようにしましょう。
癒されてはいけないという自分が、いていいと思い。
他人と距離を取ってもいていいと思うようにしましょう。
悲しみに浸っていいのです。
泣くだけ泣いていいのです。
それだけの体験をしているのですから。
それでもし、誰か、信頼できる人に話を聴いてほしいとか
気持ちを吐露したいとか
同じような状況の人に話を聴きたいとかありましたら
少し動いてみてください。
近くのお寺でもいいし、ハスノハの誰かでもいい
グリーフケアをしているセラピストでもいい。
多少第3者を頼ることも少し考えてみてください。
今は、そんな他人なんて!って思うかもしませんが
悲しみを抱えるあなたには寄り添う人も必要かと思いますので
心のどこかに留めておいてください。
参考にしてください。
合掌礼
追伸:お辛い時に、御礼メッセージの投稿ありがとうございました。「心穏やかに娘の安らかな旅立ちを祈る」ことは大切ですね。私も祈りたいと思います。
合掌礼拝。
そして、身体に力が入らないこともと小量しか食べられないことも当然かと思います。どうか周りのサポートを受けることを自分に許してください。私からのお願いです。さらにはまた宜しければこのハスノハでもいいので気持ちをお話しください。この度のご縁に感謝申し上げます。再礼
質問者からのお礼
お忙しい中、コメントいただきありがとうございました。
今はまだ身体に力が入らず、生きるためだけに最小の食事を食べ、少し眠りという生活をしております。
今は、娘の分まで生きようという心境に辿り着きたいとも、辿り着けるとも思えません。
職場に復帰すれば、暖かい人、少し無神経な人などいると思います。
病気を抱えながら通学する娘には「一緒に居るのがしんどい人からは離れていいよ」と伝えていました。
私が社会に戻った時、そのような状況になった時はそっと離れたいと思います。
「般若心経」は父が突然倒れ亡くなった後、母が毎日唱えている姿を見ておりました。
「般若心経」を勉強しながら、心穏やかに娘の安らかな旅立ちを祈りながら、唱えたいと思います。
ありがとうございました。