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はじめまして

私は、1年半前に職場のお客さんに誘われて起業し、そして、閉業した経緯があります。閉業に関して後悔し、苦しい毎日と前に進みたいと言う思いでいっぱいです。

起業は、初めてのことでしたので不安と心配だらけでした。無事に開業まで辿り着き、この1年間運営しておりました。
私が代表となり誘ってきた人はオーナーと言う立場でした。

開業から半年過ぎた辺りから違和感に気付き会社は閉じてしまいました。
違和感と言うのは、
オーナーが言うことは絶対と言うこと、
ミーティングで、私は人格否定されたり、ただただ“言うことを聞け“と罵倒されていたこと。家族や友人などと疎遠にさせられたこと、そして、売上金の7〜8割はオーナーがその場で持って行ってしまう状況だったこと、オーナーの言っていることに事実とは違うことがあったことなど、
そして、
会社の運営費は全て私が出し、生活費の収入もない月が続きました。

総合的に考えて、この先、安定収入を得たとしても出費の方が多いことに気が付き会社を閉じて、オーナーと離れることを決めました。

会社を閉じた時点で、オーナーは電話に出なくなりました。
そして、その人が支払う分の費用を私が支払うこととなってしまいました。

起業したことは、私にとって多くの学びの場となったのは確かです。
そして、
普通では経験できない事を経験させて頂いたことに感謝をしています。

ただ、
酷い裏切りで心が傷つきました。
それ以上に、
起業と言うもう二度とできないであろうと言うチャンスをこの様な形で始め終わらせてしまったこと、
一生懸命立ち上げた自分の会社を閉じてしまったことに対して後悔をしています。
閉業は、心の余裕が出てから判断すれば良かったと本当に後悔しています。

この先、気持ちをどう切り替えていけばいいかわかりません。
今は、会社が無いと言う現実と向き合えません。毎日、悲しくて悔しくて、どうしてこんなことになってしまったのかと思うばかりです。
どうしたらこの苦しみから解放され前に進めますか。

よろしくお願いします。

2024年3月29日 16:16

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

成功のための敢えて与えられた試練だった。

拝読させていただきました。

人は人情を食べる動物です。
だからこそ、善悪となる「酸いも甘いも噛み分ける」苦楽を経験することにより、成長への糧であったと捉えることが、これから前進への架け橋となります。
しかし、現実おかれている今の心境は「悔しい、腹立たしい、裏切り、利用された」などなど、憤りとの葛藤でもあることと察します。

オーナーと経営者は、本来一緒で無ければならないといけないものです。
ことわざにこのような言葉があります。
「船頭多くして船山に登る」
経営者の理念が二手に分かれると、それぞれの方針によって他の方向へと分裂してしまうのが世の道理です。

経営者という名を利用して、オーナーの見解は「都合の良い店長」として見ているかも知れないことでしょう。だからといって憤りに拍車をかけている意味ではないので悪しからず。

世の経営者たちの上には、出資者や企業がおられるケースはたくさん存在します。
当初は条件を呑むものの、現実の現場で実績を上げている立場からすれば、籠の中の鳥と思っている人たちも万といます。
どこで納得するかが肝要となります。

何より今は、閉業されたということは"ある意味で『自由の身』"なのも事実です。
この一年間積み上げた経験から、もう一度 同じ事業内容でなくとも、次は100%自身が出資者・経営者として挑める状況でもあります。
支払い分も含め、借金としてでなく社会勉強としての塾代として捉えることも大切な心の置き方です。

悔しさは当人にとっては苦悩です。しかし、捉え方ひとつで変わるのも事実です。
幸せの分かれ道は、①当たり前と思うのか。②有り難いと思うのか。の違いくらいです。
過去は誰にも苦い経験があります。成長や成功している人の過去には普通の人では知らない・理解できない過酷な経験や苦悩の過去があるものです。

バネは縮めば縮むほど、大きな反動力をみせます。小さな縮みは小さな反動を生むのと同様に、今回の一件は大きな反動力を生み、これからの成功への大きなバネになると自己暗示を何度も言い聞かせてください。

なぜ、このようなことを言えるのか?
わたしもユキさんと同じような経験をしたことがあるからです。

努力は、その時に即座に反応しなくとも、やがて回り回って偶然という架け橋をかけてくれるものです。
人生には努力している人には春が訪れる因果応報なのです。

2024年3月29日 17:20
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おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは...
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あなたは身をもって成長したのです

拝読させて頂きました。
あなたがその人から言われて起業なさり、その人がオーナーとなり、あなたが経営なさったのですがうまくいかずに会社を閉じてしまったのですね。そしてその人への不信感や悔しい思いを抱えておられるのですね。詳細なあなたやその人のことや事業の内容についてはわからないですけれども、あなたが本当に苦しい思いをなさっておられることは伝わって参ります。あなたのそのお気持ちを心よりお察しします。
その様な中からあなたは解放されて前に進んでいきたいと思っておられるのですね。そのお気持ちはとても尊いことだと思います。
あなたはこれからきっと前に進んでいくことができるでしょう。詳細な取り決めや事業の展開はわからないですが、あなたは沢山のことを身をもって学んだことでしょう。様々な経験を積んで様々な方々と関わりながらあなた自身の人生の中で確実にあなたの蓄積になったのです。ですから決して自分を責めず卑下せずに自信持って生きて下さいね。
私は実際にその人があなたとどう取り決めたのかわからないですし、その人のことや真意の程はわからないですが、その人は信じられる方ではなかったのではないかと思います。
その人のなさったはおそらく大変不誠実なことでしょうし、共にビジネスできる方ではなかったと思います。その一つとってもあなたは身をもって他者を見る目を養ったのではないかと思います。
ビジネスの世界ではその様な不誠実なトレードもあり得るのですから冷静に確認なさっていくことが大切です。
あなたがその様な悪縁から一切離れて本当に善きご縁に恵まれこれからの未来を信頼できる方々と一緒に助け合いながら心から充実した人生を生きていかれます様に心から祈っております。そしてあなたを心より応援させて頂きます。どうか決して自分をおとしめずに頑張って下さいね。

2024年3月29日 20:21
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

お言葉をいただき
ありがとうございました。

何度も読み返し、
理解を深めました。
前進できそうです。

「前向きに生きたい・前に進みたい」問答一覧

二次面接も通らない、でも前向きになりたい

今やるべきことをこなす、今に集中する、ということが仏教でも実用書でも説かれています。 しかし、タスクを次々にこなす生活がなんとなく嫌だと感じています。なんだか人生をロボットのように過ごしている気がします。 集中してしまうのが怖いです。 今に集中する、とはどういうことなのですか。 就活で落ち続け、頑張っても頑張っても二次面接すら通過しません。 先が長くて、乗り越える方法もわからず、お先真っ暗な状態でも、焦らず今に集中し、安心していていいのでしょうか。 どうやっても内定が出ない状況に、自信をすっかり失ってしまい、別の道を進むどころか生きることすらできないのではと深く信じてしまっています。 どうせ何をしてもダメだ、頑張るくらいなら怠惰に生きて死にたい、という気持ちを脱し、前向きに未来を信じるにはどうすればいいのでしょうか。 休養を取る段階は終わり、やる気を出して本気で向かわねばならない時が来たのだと思います。甘ったれた自分を、親の言葉に頼らず、健全に本気で頑張る自分に戻したい。 内定が出なかった時、死ぬ時期は決めました。最後の頑張り、なんとか報われて死なずにいたいです。 よろしければいろいろ教えてくださると嬉しいです。

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もう若くないが、焦らず、確実に前進したい

お世話になります。 もう若くないが目標のある人間が、焦らず・しかし怠けず前進するにはどのような心持でいればいいか、アドバイスいただきたく、投稿いたしました。 私は30代半ばで文学研究を目指して大学院に入り、3年前に修士号を取りました。教授たちには、まだ40前だし、ぜひ海外の大学で博士号を取り、大学教員を目指すといいですよ、と激励いただいていました。私としても、アカデミックな環境は自分に合っていると感じたので、夢を膨らませていたのですが、ちょうどコロナ禍が重なってしまい、海外渡航などができない状態で留学のことなど考えられなかったのと、オンライン授業を受けながら、自宅で孤独に修士論文を執筆していたのでクタクタになっていました。何より、自分にとって大切だと思う研究テーマがそのときはまだ見えていなかったので、とりあえずはいったん働くことにし、今は色々な大学で非常勤講師をして稼ぎながら、勉強を続け、時々学会で研究発表をしたり、論文を書いたり、という生活をしています。 非常勤の仕事は、色々大変なこともあるのですが、この選択は良かったようで、学生たちとコミュニケーションを取りながら動き回る生活の中で、頭が柔らかくなって、いろんなことに興味が広がり、自分の考えたい研究テーマは何か、ということがようやく見えてきたところです。あとちょっと頑張って、海外で博士課程に進みたいと、素直に思うようになりました。 しかし、もう来年で40になりますので、非常勤をやりながら勉強をするのは、体力・気力的に結構厳しいものがあります。また、他の非常勤の先生から、「え、今から留学するの?今海外で暮らすのって大変だよ?」みたいに脅される(?)と、ビビります。また、両親が年老いていくのを見たり、私には、ずっと働いてない兄がいるのですが、その兄の姿を見ると、自分のしていることは、これで良いのだろうか、と思うことがあります。 時々、本当に疲れたときに、「このまま非常勤で気楽に暮らせばいいじゃん」みたいに自分でも思うことがあるのですが、今の状態がずっと続くのは嫌なのです。あともう一歩、進んで新しい世界を見たいのです。しかし、焦るとろくなことがないので、焦らず、しかし確実に(できればあまり疲れず)目標に向かって進んでいくためには、どんな気持ちでいたらいいでしょうか。ぜひアドバイスいただけると光栄です。

有り難し有り難し 5
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前向きに生きたい

以前にも質問させて頂きました。 一度は、心を切替えたくて退会したものの考えが頭から離れず再び質問させて頂きました。 私は介護職をしています。 私は過去に悪い事ばかりしてきてしまいました。 その中でも、仕事の事故報告書を書かなかったり都合よく書いてしまった事が複数回ありました。当時は皆も見て見ぬふりしてるから良いのかな、書くのが面倒、報告が怖い等の対応をしていました。 その中でも2年程前、薬を落としてしまった時も怒られるのが怖くて、確認もせずに見つけた物だけを内服させてしまいました。ご利用者様も気づいていたようでした。 自分を守る事しか考えておらず、相手の事を考えていない行動をしてしまいました。パニックになって間違えた選択をしていました。その時の感情で動いてしまいました。後々、自分の軽率な行動に気づいても手遅れでした。正直に話さなかった事に後悔しています。あまりよくない環境のせいにしていたんだと気づきました。本当は、自分の弱さだったのです。環境が辛くても本当の事を言うべきでした。判断を誤ってしまいました。 今、私は転職してしまい元同僚によると利用者様は数ヶ月前に病気で亡くなったとの事でした。 私がちゃんと報告しないで見つけた薬だけを確認せずに内服させてしまったから亡くなったのではないかと後悔が止まりません。命に関わる大事な物だと気づく事ができませんでした。あの時、しっかりと考えて行動していたらと申し訳なく思います。 前回もお聞きしたところ、ご丁寧にお答え頂きました。ありがとうございました。現在は、子供が産まれ子育てを行っています。 しかし、記憶も前の話で何錠なくしたか誰だったか曖昧になってしまいました。 出産中も出産後も、私が利用者様の命を縮めてしまったのでは殺人者なのではと不安です。あの薬を飲んでいたら、病気が進行していなかったのでは予防できていたのでは長生きしていたのでは‥と。 しかし、証拠無いも家族からの訴えも無い以上どうしようもありません。 出産後には、不安感から死にたくなってしまい入院してしまいました。 罪悪感が常に襲ってきて毎日を楽しく過ごせず、子育てにもよくありません。 変えたい気持ちはあるのですが、どうしたらいいですか?このような人間が普通に毎日を送って良いのかと考えます。 お忙しいところ申し訳ありませんが、アドバイスを宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 2
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前向きに生きたい

小さい頃から目標としていた夢が、絶対に叶わないことが確定してしまいました。 ひとえに、自分の努力不足による結果ですが、後悔の気持ちを抱かずにいられません。 何故もっと努力できなかったのか、あの時もっとこうしていれば良かったのではないかと、ずっと考えてしまいます。それだけではなく、愚かなことに、周りの環境や人のせいで夢を叶えることができなかったんだ!と、何かと理由をつけて他方面への恨み辛みを覚えてしまったりすることもあります。 夢が叶えられないことの悲しみや、何故もっと努力しなかったのかという後悔、自分のせいで夢が叶わなかったのに、それを周りのせいにせずにはいられない自分の弱さや醜さなどのことについてずっと考えてしまいます。 この先、ずっとこれらの感情にとらわれたまま生きていかないといけないのでしょうか。自分の努力不足が招いた結果として、この苦しい感情を抱えたまま生きることを受け入れないといけないのでしょうか。 出来るのであれば、夢が叶わないながらも、それはそれで別の人生があると受け入れ、目の前のことを一生懸命頑張って、前向きに生きていけるようになりたいです。どうすれば良いでしょうか。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ