意識してしまいます。
先月福祉関係のイベントの帰りに僕を含めた4人でランチに行きました。
皆独身で恋ばなになり、最初は凄く楽しく話せてたんですが、僕の向かい側の席に座ってたMさんが彼氏いないらしく、
独身だと聞いて、Rさんが僕の事を勧めてきてお見合いしたら?と言われました。そんなことを言われてから、
Mさんのことを意識してしまい、仲間として見えなくなりました。
どうしたら良いか?分からなくなり、
Mさんと話をして楽しかったので、
会いたい気持ちはあるんですが、
2人っきりで誘うのは仲間関係が壊れたりするのが心配なので、もう一度Rさんにセッティングお願いしようと思いますが、、意識してしまうのは悪いことでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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執着を手放し、心を平静に保つこと
相談ありがとうございます。
Mさんとの関係が、良くも悪くも変化しそうで不安ですよね。
まず、「Mさんを意識してしまうのは悪いことか?」という問いですが、感情が自然に湧き上がることは悪いことではありません。感情そのものは良い悪いという価値判断を持つものではなく、それをどう扱うかが重要です。
「無執着:むしゅうじゃく」という仏教の教えがあります。
これは感情や物事に過度に執着しないことを意味します。Mさんを意識してしまうこと自体は自然な感情の動きですが、その意識に過度にとらわれると、自分自身を苦しめたり、状況を複雑にしてしまうことがあります。
例えば、Mさんに対して期待や理想を抱きすぎると、実際に会ったときに失望したり、不安が募ることがあります。仏教では「中道:ちゅうどう」というバランスを大切にする教えがあります。恋愛においても、感情を大切にしつつも、極端に走らず、冷静な心を保つことが大切です。
つまりバランスの取れた行動をするということです。
もし、Mさんに対する気持ちが強くなりすぎて周囲との関係がぎくしゃくするのであれば、少し立ち止まって、今の仲間関係をどう保つか、全体の調和を考えることも大切です。Rさんにもう一度セッティングをお願いすることは、そのような調和を考えた行動として、非常に理にかなっています。
そして、結果に執着せず、プロセスそのものを楽しむことが重要です。
たとえば、Mさんともう一度話をしてみる、Rさんに再度セッティングをお願いするなど、行動を起こすこと自体が大切なステップです。しかし、その行動の結果に過度にとらわれると、失望や不安が生じやすくなります。むしろ、結果がどうであれ、その瞬間の会話や交流を大切にし、自然な成り行きを受け入れることが、仏教的な「無執着」の考え方です。
これらを心に留めながら、慎重に行動すれば、あなた自身の心も安定し、Mさんとの関係や仲間関係も自然な形で進展していくことなっていくと思いますよ!
質問者からのお礼
お礼が遅くなってすいませんでした。
ありがとうございました。