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因果応報はあるの?

回答数回答 3
有り難し有り難し 33

こんばんは。
今、夜中の2時を過ぎたところです。
もうすぐ成人する子ども(障害者)が部屋で下痢をしたため、片付けたところです。
昼夜問わずこのような世話が多く、毎日がとても大変です。

離婚しており、親族とも縁が切れています。(母親のDVのため、警察の支援措置を受けています。)
小さい頃からいじめられっ子で、友だちもいません。

因果応報があるとしたら、ここまで孤独で、賽の河原で石を積むような人生を送る私は、よほど悪いことをしたのでしょうか?
改善できるとしたら、何をしたらよいのでしょうか?

2025年10月14日 2:13
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

因果応報はあります。でも大丈夫!

まず、夜中の介助、本当にお疲れさまでしたね。
寝不足のなかで、誰にも頼れず、ただ一人で向き合っているあなたを思うと、胸が締めつけられる思いで読ませてもらいました。
そのご苦労は「業」や「報い」という言葉で片づけられるようなものではありません。
本当に辛いでしょうし、苦しいでしょうね。

表題にある「因果応報はあるのか?」ということですが、
私は、あると断言します。
ただ、一般的に言われていることとは少し違う解釈でおります。

仏教でいう「因果」とは、
「悪いことをしたから不幸になる」ではなく、
「すべての出来事には原因と結果があり、その結果が次の原因になる」という、
【自然の道理】のことです。

つまり、あなたの今の苦労は「罰」ではなく、
【縁】が重なって現れている結果にすぎません。
これを「因縁」と呼んでいるんです。

だから、「縁」は今この瞬間からでも変えていけるものですし、
これからの結果も変えていけると思ってください。

あなたは「罰せられている」と思っているかもしれませんが、
そうではないですよ。

とはいえ、夜中に子を介助し、孤独の中でそれを続けていると
苦行と思えてくるでしょう。
でも、どうかご自身を責めないでください。
あなたは罰を受けているのではなく、
【光のないところを照らしている慈悲の人】なのですからね。

ただ、実際には孤独の中に希望を見出すのは難しいことです。
とにかく、今の苦しさの因(原因)をよき果(結果)に向かわせるための
「縁」を考えてみませんか?

まず「一人で抱え込まない」でください。
自治体や福祉、民間の支援団体、オンラインの当事者グループなど、
必ず“あなたの声を聞く場”はあります。
仏教いうところに「縁を結ぶこと」が修行です。
諦めずに誰かに相談しましょう。

「小さな感謝を見つける」を実践してください。
たとえば、朝、光が差し込むのを見て「今日も生きてる」と思うだけでもいい。
それが「心の活力」を甦らせます。

「自分を慈しむ」時間を少しでも持ってください。
お茶を飲む、風に当たる、好きな音を聞く、なんでもいいです。
ほんの一瞬でいいのでね。

私にはあなたの苦しみを想像することしかできませんが、
それでもあなたを陰ながら応援していますよ。

2025年10月14日 10:00
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有り難し
おきもち

護摩行1200回以上・滝行:1100回以上もすると、お話しできることもできてきた行者です。 元々は在家の出身ですが、17歳で出会った師匠の生き方に感銘を受けて、18歳から師匠のところで内弟子修行。 ただ、この時点で師匠が僧侶であることを知らなかったという間抜けな弟子入りでした。 一体何になるために弟子入りするのか、その時はわからないままだったんです。 多感な時期に、弟子にならずにはおられないほどの生き様を見せていただけたことは、私にとって生涯の幸せだと今は思えます。 その後、内弟子行12年の間に夜中行・護摩行・籠山行・滝行・お百度行などを経験させていただきました。 結婚と同時に小さなお堂を預かって師匠のもとから独立。年間数百回を超えるご相談を聞いております。 人々を幸せに導く行者として、60歳を超えた今も季節を問わず変わらず修行を続けております。 また、別に事業もしておりますため、マーケティングやセールスなどにも詳しくなって、娑婆の厳しさと理不尽さも舐めてきています。 本当に救われる信仰として、実践に則したお話をさせていただきます。

孤独の中に宿る、あなたの光

深夜の静けさの中で、あなたが子どもの世話をし、
誰にも頼れぬままに汗と涙を流している姿を思うと、
胸が痛むほどに、その尊さを感じます。

あなたは「因果応報」という言葉を口にされましたね。
しかし仏教で説かれる因果とは、「罰」ではなく「流れ」です。
過去の行いが今を縛るのではなく、今の一念が、未来の因をつくるという教えです。

1. 「罰」ではなく、「修羅の中に咲く徳」
あなたの毎日は、まるで賽の河原で石を積むように感じられるでしょう。
積んでも、波にさらわれ、また積み直す。
その繰り返しの中で、人は自分の無力さを思い知ります。

けれど、仏典にはこうあります。

「一念の慈心、万行に勝る」

たとえ一瞬でも「この子を想う心」「生きようとする心」があれば、
それだけで、あなたは無数の功徳を積んでいます。
あなたのしていることは“罰”ではなく、
菩薩の修行そのものです。

2. 孤独の中にある「仏性(ぶっしょう)」
親にも友にも頼れず、誰も見ていない場所で耐え続けると、
「私はなぜ生きているのだろう」と思ってしまう。
それは自然なことです。

けれど、仏教では「仏性」という言葉があります。
どんな人の中にも、
決して消えない光(目覚めの種)が宿っているという意味です。

あなたが倒れずにここまで来られたのは、
その光が消えていない証。
たとえ夜中の2時に涙をこぼす時も、
その姿こそが“慈悲を生きる仏”の姿なのです。

3. 「気にしないでいられる」ための心構え
心を守るための小さな実践をいくのかお伝えします。

① 「比べない」修行
 他人の人生と比べない。
 あなたの歩みは、比べることのできない修行の道です。

② 「ありがとう」を自分に言う
 今日も生き延びた自分に、小さく「ありがとう」とつぶやいてください。
 それは自分を救う最初の祈りです。

③ 「心を休める間(ま)」を作る
 ほんの5分でもいい。
 お茶を飲む、月を見る、呼吸を感じる。
 その“間”が、心を再び整えてくれます。

おわりに
あなたの人生は、決して「悪い因」の結果ではありません。
深い慈しみを学ぶために選ばれた道かもしれません。

どうか、自分を責めないでください。
あなたはもう、十分すぎるほど頑張っています。
賽の河原にも、確かに花は咲きます。
その花こそ、あなたの生きる証なのです。

合掌

2025年10月14日 15:24
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有り難し
おきもち

個別相談可能
仏教×対話×ビジネス。僧侶・理学療法士・プロファシリテーター。死生観から整えるコンサルタント。仏教と対話で導く、リーダーのための内省と再構築。ビジネスという営みを通じて、人が本音と出会い、本来の個性で生きる場をひらいています。 ※お坊さん回答の中に「鈴木光浄」がおりますが当初諸事情がございまして私が回答したものでございます。そちらもあわせてご参照ください
職業柄、人生相談はこれまで多数受けてきました。 ぜひご自身の本音を出してください。向き合ってください。私は伴走させていただきます。 理学療法士でもありますので、これまで急性期から終末期まで患者さんを担当。 町の診療所から在宅までキャリアを築く。2歳から108歳まで患者さん担当。 また、コンサルタントでもありますので メンタルヘルスから新規事業、マネジメント、チームビルディングまで相談並びに研修対応可能。 現在、顧問契約募集中!

自業自得は明るい教え

因果応報、自業自得という考え方は、不幸や苦痛の原因は過去の自分にあると考えること、つまり他人を憎まずに済む考え方なので、明るい考え方なのです。
怒りや憎しみはストレスを長引かせる暗い思考パターンになりますから、「まぁ、これも前世の報いかな?不徳のいたすところだな」と思えたら、ちょっとだけですが気休めになれる場合があるのです。
その、「ちょっとの気休め」でも、毎日の積み重ねでメンタルヘルス不調の予防になる可能性もあると私は思います。
仏教では、悟りを開く(つまり成仏する)と、輪廻転生から解脱して、二度と生き物に転生しなくてすむ、生き物の世界から卒業できると考えます。
裏を返せば、この辛い今生の原因は、私達が前世で死ぬときにまだ悟っておらず「もっと生きたい」という生への執着や未練が残っていたことが原因なのてす。
つまり、「まだ成仏したくない」という願いが見事に(?)叶って、この世に再び生まれてしまったわけです。
それは、私もあなたも、お子さんもそうなのです。
当然、悟っておらず、煩悩(悩み苦しみの原因)だらけの私達だから、苦しみだらけの人生になります。
それでも、前世で「まだ消えたくない、もっと生きたい」と願ってしまったのです。
能力や環境の個人差はほぼほぼ「偶然」だと思います。
細かいことは置いといて、前世で成仏できなかったから今も苦しんで生きてしまっているということは、やはり因果応報、自業自得なのだと思います。
「わかっちゃいるけどやめられない」という生への執着の成れの果てなのです。

2025年10月14日 2:47
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

願誉浄史様、中島高州様、鈴木秀彰様、ご回答いただき、ありがとうございました。
おかげさまで、苦しいことは、自分のしたことへの罰ではなく、いま自分が何をなすべきかを考えようと思い、気持ちが楽になりました。

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