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執着を捨てることと自分を殺すことの違い

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今年結婚したばかりですが、早速価値感のすれ違いに直面しています。

夫はお金は十分にあったとしても自分に注目が集まるのが嫌だから結婚式や披露宴などはやりたくないというタイプです。また、同様の理由で誕生日や記念日も祝われたくないし祝いたくない、と言います。
付き合っていた頃の誕生日に関しては、彼に「いい女だ」「居心地いい」と思ってもらいたい欲求が強く、その価値感に寄り添い合わせていました。
しかし結婚式はそうとはいかず、「どうしてもやりたい」という感情が自分の中で処理しきれませんでした。そのため、1,5次会を提案しました。一度は夫も了承してくれたのですが、前金を入金した後も夫は度々1,5次会を行うことへの後悔のようなものを呟いているのが気になっていました。
夫とも何度も話し合って、「自分はやりたくないけど、今後の蟠りになるのも嫌だしやれば?」という返答がありました。
ここで私が1番悲しかったのは、夫と同じベクトルで結婚の喜びを分かち合えないことでした。
結局、「あなたがやりたくないのに無理に私がやらせるのは嫌だ」と伝えて1,5次会はキャンセルすることにしました。

私にとって結婚式や誕生日、記念日というのは、「お互い存在を大切に思っているという気持ち」や「日頃の感謝」を“形で感じられる”ことへの喜びがあります。
プレゼントがなくとも手紙や言葉を使って「あなたを覚えています」「あなたは私にとって特別です」「あなたと分かり合えて幸せです」という“記憶と愛情の確認作業”をすることが幸せです。
ただ、夫にとってはそうではありません。

ただ、私はこれらの欲求をはじめとした、「分かって欲しい」「報われたい」という思いがある限り、夫に期待・執着をし続けてしまい、自分で自分の首を締めてしまうような感覚があるので、自分の中の自分を殺そうと思っています。今までそうやって他人との問題や環境への問題を解決してきました。感じ取れる喜びが薄くなりはしますが悩みは無くなり、夫も負担を感じずに二人で暮らしていけると思います。
私はこれを執着を捨てる方法にしているのですが、お坊さんから見た正しい執着の捨て方はありますか?
素人には、自分を殺し、欲求を殺すこと=執着を捨てることに思えて虚しい時があります。

2025年11月14日 4:43
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたは自分の意見を押し通していい

執着を手放すことと自分を押し殺すことは全くの別物です。
釈尊の教えにおいて、執着はすべての苦しみの原因であり、それを手放すことによって心の平安を得ることができます。
一方、釈尊は自分を律することの大切さを指摘していますが、自分の意見を押し曲げろとは一言も言っていません。
むしろ、他人に従属しない独立自由を目指すことを推奨しています。
ここからは一般論のお話となります。
結婚前はこれほど価値観の合う相手はほかにいないと思った二人でも、一緒に暮らし始めれば生活の端々で衝突を繰り返し、お互いに考え方の修正を迫られることは少なくありません。
私は、そうした二人の成長こそが、結婚生活の醍醐味だと思っています(もちろん、過度に衝突して離婚に至るケースもありますが)。
結果として、夫が正しいこともあれば、妻が正しいこともあり、逆に夫が間違っていることもあれば、妻が間違っていることもあります。
さて、今回の結婚式や誕生日を祝うべきかどうかという問題ですが、過去にご主人がどのような辛い経験をされたのかわかりませんが、祝いたいというあなたの意見が間違いなく正解です。
人の幸せを自分のことのように喜び、祝福したいというのは、仏教の慈悲の教えを持ち出すまでもなく、当たり前の倫理であり、人として自然な感情です。
将来、お二人の間にお子さんができて、自分の誕生日を両親から祝福してもらえなかったら、どれほど寂しい思いをするでしょう。
これからはご主人を教育する覚悟で、あなたの意見を押し通してください。
最初は嫌々従ったご主人も後になって、あなたに感謝するはずです。

2025年11月14日 10:14
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有り難し
おきもち

社会人生活を長年送った後、曹洞宗の僧侶となりました。仏教の教えの一つ一つが、かつての私自身の場合がそうだったように、相談者の皆さんの生き辛さの解消につながるものと信じています。愛知県内にご住職のいないお寺がありましたら、ぜひご紹介ください。メールアドレスは hasunoha.inoue@gmail.com です。 なお、私が僧侶を目指すきっかけとなった東京国際仏教塾では現在、令和8年度第38期生を募集中です。宗派にこだわらず、仏教を一から学んでみたいという方におすすめです(希望する宗派で得度を受ける道も用意されています)。詳しくはホームページ https://tibs.jp をご覧ください。

お茶 様 相談ありがとうございます。

あなたのこれまでの人生が、我慢や自分を押し殺してきたようなことが多かったとしても、誰かから思いやりを向けられたり、優しさや温かさに包まれた時があったでしょう?
その心の温かさを感じて、自分に向けた時、あなたはあなたの誕生日や記念日にお祝いをして、誰かとその喜びを分かち合いたいと思うでしょう。
それを執着として押し殺していいのだろうか?
そのまま押し殺したままでいると、怒りも湧かないかわりに本当の心の喜びもわからなくなるのではないでしょうか?心豊かな生活や人生が、私はいいように思いますがいかがでしょうか。
さらにもし、お子様が生まれたとして、誕生のお祝いやお子様の成長の記念日にお祝いをせず、喜びを分かち合えないとしたら、どうだろうか?

人生は常に学びかと思いますので、執着を捨てることや欲望を無くすことと、心温かな思いやりを持った、慈悲の心の分け与える精神からくる「喜び」を別に育てていく必要があるとように私は思います。
例えば、もし自分で自分の誕生日をお祝いをしたいとしたら、どんなことをしたいですか?どんな食事やケーキを楽しみたいですか?そしてそれをご主人にその喜びを分けるとすればどんなことをしたいですか?
もしご主人が無反応で無感動でも、あなたは自分の為にしたのですから、気にしないことと思いやりや喜びを分けたことに自分を褒めるのがよいでしょう。
虚しさより、自分の別の視点から心の温かさや喜びを感じられるようにどうか心がけてみてください。「笑顔」や「喜び」を心から素直に表現できる自分の人生を目指してください。参考にしてください。一礼

2025年11月14日 10:53
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有り難し
おきもち

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お寺の法務(法事などのご先祖の供養)と 唱題行・写経・法話・カウンセリング、コーチングなどで活動しています。 メールでの相談も受け付けています。hasunohaの回答後のフォローアップはメールで致しておりますので、メールでお問い合わせください。また面接でのカウンセリングセラピーをご希望の方もメールで連絡をお願いします。 amrita.offcourse@docomo.ne.jp へどうぞ。
昼間は、ほとんど法務に出ておりますので、夜の応対になります。 できれば、事前にメールで相談内容を教えていただければ、スムーズなセッションになるように思います。 プライバシー、相談内容の守秘義務は遵守いたします。

友達が少ないコンプレックス

披露宴を開催しても呼べるような友達や同僚、親戚が少ない場合に、新郎側と新婦側でアンバランスになる恐れがあります。
夫は、それ(友達が少ないのがバレる)のが嫌なだけの可能性はないでしょうか?
また、若い頃に犯罪を犯していたとかで、昔の友達とあなたを会わせて昔のことがバレるのを恐れているとかはないでしょうか?
夫がそこまで嫌がるのは、何か裏の理由(悩み苦しみ)があるのかもしれませんね。
触れられたくない(バレたくない)コンプレックスや古傷を抱えている人も世の中にはいると思います。
欲・怒り・怠け・プライド等の煩悩は悩み苦しみストレスの原因となります。
夫にも夫なりの欲・怒り・怠け・プライドがあり、それらへの執着が結婚式を挙げたくないという苦しみにつながっているのかもしれません。
あなたには「やりたい」欲があり、夫には「やりたくない」怒りや怠けがあり、また、お互いに守りたい何か(プライド)がある。
そのような人間同士が夫婦になるのですから、お互いの煩悩(欲・怒り・怠け・プライド)を許し合える仲になれると良いですね。

2025年11月14日 6:03
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

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