自分の歪さを治したいです。回答受付中
私は幼少期から暴力や暴言の多い家庭で育ちました。母がヒステリックに怒鳴ったり、感情に任せてものを投げたり、胸ぐら掴まれて殴ってきたり。お前がいるせいで私が不幸なんだ!と機嫌が悪い時はよく言っていました。父親はいつも泣いている私を優しく抱きしめて涙を拭って、「これに耐えたらもっと強くなれる、社会に出ても苦労しないからね」といって慰めて?くれていました。
そんな家庭から大学卒業と共に飛び出し約3年。結婚もして旦那と2人、余裕はないもののささやかで穏やかな日々を送っています。
ですが穏やかな環境に置かれれば置かれるほど、自分の歪さが嫌になります。
幼少の頃のトラウマや経験が私をそうさせているんでしょうが、思考が極端だったり、突然声が大きくなってしまったり、歩き方が粗雑だったり。常に体と奥歯に力が入っているので歩き方も変だし姿勢も悪くて、毎日つかれてばっかりです。
旦那が静かで丁寧な人で、私もそういう落ち着いた人が好き、そうありたいと思うので自覚する度に落ち込みます。人も鳥も植物も、みんなのびのび、しなやかに生きているのに私だけ体も心も、傾いたまんまです。
そんな自分がすごく醜く思えて、変えたいと思っていても今の歪をどうにかするために体も心も何処かを庇うように生きているので余計歪になる悪循環です。
精神的にはだいぶ落ち着いて、心がけて良くしていこうとは思っているのですが、何で私だけみんなと違って姿勢が悪いんだろう、みんな急に声大きくなったりしないよね、みんなみたいに自然に生きていたい、とすぐ思ってしまいます。
どうしたら良くなるでしょうか。また、良くなるためには一旦今の状態を愛さねばならない気がするものの、全然好きになれません。どうすれば良いでしょうか。
私も本来の私で、自然体で体の力を抜いて生きていける日がいつかくるのでしょうか。
なんだかんだ家族仲のいい人が羨ましくて、いいなぁと思ってしまいます。 また、疲れていたら精神が安定してない時は嫌われているかも、と周りの人を疑ってしまったりします。
お坊さんからの回答 1件
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力が抜ける日は、今のありのままの自分を許せた時にふと訪れます
過酷な環境の中、今日まで懸命に生き抜いてこられたこと、まずはその強き命に深く敬意を表します。
ご自身を「歪(いびつ)」と表現されていますが、決してご自身を卑下なさらないでください。あなたが気にされている「力の入った体」や「大きな声」は、かつての苦しみからご自身を守るために身につけられた、言わば「心の鎧」であり、あなたが生き抜いてきた尊い「証」です。風雪に耐えた木が独特の枝ぶりを見せるように、それは異常なことではなく、あなたの懸命な歴史そのものです。
「みんなと同じように」あろうとして、ご自身を責める必要はありません。何より、今、穏やかで丁寧なご主人があなたの傍におられること。それが答えではないでしょうか。ご主人は、あなたのその「生き抜いた形」も含めて、あなたを大切に想っておられるはずです。
無理に矯正しようとせず、まずは「今までよく守ってくれたね」と、ご自身の心と体を労ってあげてください。力が抜ける日は、「治そう」と必死になる時ではなく、今のありのままの自分を許せた時に、ふと訪れるものかと思います。
あなたは今のままで、十分に尊い存在です。どうぞ、安心してください。
拝
縁起寺 釋聴法



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