病で失った時間の受け止め方回答受付中
私は30代の頃に酷く体調を崩し
その後大病になり、それをきっかけに離れていった人も居て
病が受け入れられないショックと人間不信で鬱状態になりました。
闘病しつつ、かろうじて仕事には行っていましたが
人間不信が強く長い間なるべく人との交流を避けていました。
それから9年近く経ち今は病状は良く普通に生活しております。
最近になって人間不信が改善してきて
人と交流したい気持ちが起こり
社内での交流の場に行ったり、
趣味サークルを探して出掛ける様にもなりました。
しかし、長い間交流していなかったので
周囲との差を痛感する場面が多々有り情けなくなります。
いつの間にか同世代のお子さんが成人近くまで成長していたり
既婚者の子育てトークについていけず疎外感を感じたり
趣味サークルでは若い人が多く。
私の中では闘病前の30代のままで時間が止まっていた様です。
特に、お子さんの話になると凄く辛いです。
闘病前は婚活をしていましたが、病気で活動出来なくなり
婚期を逃してしまいました。
そんなに子供が欲しい訳でも無かったのに
仕事中心で生きてきて女性としての幸せも有ったのに
何故選択しなかったのかと自分を責めてしまいます。
今からでもパートナーは欲しいですが
もう子供が望めない年齢ですし選ばれる立場に無いと感じます。
それに、病気をしてから心が傷つきやすくなったのか
結婚していない事を冗談っぽく突っ込まれても聞き流す事が出来ません。
以前の様に明るく振舞えないのです。
デリケートな事なので他人に事情を話したくも無いです。
孤独感を和らげたい思いも有り交流したいと思っていましたが
周囲との差をつい気にしてしまい結局交流が疲れてしまいます。
病が憎いというか、時間を失ってしまった事が苦しいのです。
病にならなければ違う人生を歩む可能性も有ったので。
どう心の整理を付ければいいでしょうか。
孤独感、劣等感、自責の念、他人への羨み、人生の後悔
お坊さんからの回答 1件
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日日是好日
9年間、病と闘いながら生きてこられたこと、それだけでもう、十分すぎるほど大変なことだったと思います。
「時間を失った」という感覚、すごくよくわかります。でも少し視点を変えると、その9年間は「止まっていた」のではなく、あなたなりの全力で生きた9年間でもあったのではないでしょうか。
「諸行無常」という言葉に照らしてみます。この言葉はよく「すべては移ろう、はかない」という意味で使われがちですが、裏側には「今の苦しさも、今の状況も、ずっとこのままではない」という意味もあります。明けない夜はない、今感じている疎外感や孤独感も、変わっていく余地があるということです。
「なぜ選ばなかったのか」と自分を責めてしまうとのこと。でも、そのときは選べる状況ではなかった、というのが実際のところだと思います。自分を責める気持ちは、それだけ真剣に生きてきた証でもあります。ただ、責めることで過去は変わらず、今のあなたがさらに傷つくだけになってしまいます。どうかご自身には、何よりもやさしくしてあげてください。
交流が疲れてしまうのは、無理もないことです。子育てトークが多い場、デリカシーのない言葉が飛び交う場は、今のあなたにとって単純にしんどい環境です。「自分が弱いから」ではなく、「今の私と場所がマッチしていないだけ」と考えてみてください。
ゆっくりでいいと思います。9年ぶりに外へ出ようとしているだけで、もうすごいことです。これからも焦らず拘らず、ご自身と根気よく向き合ってみてください。合掌。


