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消えてしまいたいと思い詰めてしまうことも

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有り難し有り難し 11

数年前、会社からの指示でメンタルクリニックに行くことになりました。その結果、適応障害と診断され休職しながら通院し、退職後も通院していました。傷病手当金や保険会社から就労不能給付金を受け取らせていただいてた時期もあります。当時は会社などから勧められるままにそれらを手続きし、有り難く頂戴していました。しかし、数年経った今、私は制度を利用する資格はなかったのでは?不正なことをしてしまったのでは?という考えに苛まれています…私は本当は早くに復職できるほど回復していたのではないか?
病院で受け答えの際うまく言葉にできず曖昧な言葉を使ってしまったり、解釈を間違えて受け答えしてしまったりしていたかも?とか、聞かれたことだけに答えて、私が自主的に回復の兆しだったかもしれないこと(お医者さんからみたらもしかしたら悪化の兆しなのかはわかりませんが)を話さなかったこと等で、お医者さんが誤診してしまうような回答になっていたのではないか?まだ病気であり、休む必要がある人だ、と。その時は自分のなかでそのような受け答えしかできなかったのだとしても、手当や給付金などを受け取る資格はなかったのではないか?と不安になって、どうするべきかなど考えていると心臓あたりがズキズキします…療養中でも自分にできてる事柄があれば、医師から質問されなくても自分から話すべきだったのではないか?それができていれば手当てなどは早々に打ち切られていたのではないか?私は不当に受給してしまっていた?それらを返金するべきなのでは?でも、精神科の先生からしたら、患者さんがうまく話せなかったり、間違った解釈をして返答する可能性も織り込み済みなのでしょうか。患者さんの答えだけでなく、患者さんの様子やその他なにかを含めてトータルで診断するのだとしたら、私はプロの診断を信じてよく、手当等の受給に感謝する、それでいいのでしょうか?でも、これは自分を正当化したいだけなのか?やっぱり当時の病院に連絡して確認するのがいいのか?など…色々考えすぎて辛くなったり、他の問題も抱えており、早く楽になりたいと涙が出てしまったりしてました…
悪いことをしたかもしれないのに辛いと言ったり、救いを求めるのは間違ってるのかもしれないですし、混乱したままで長文乱文で申し訳ありません…それでも、もし何かアドバイスを頂けましたら幸いです…よろしくお願い致します…

2026年4月4日 20:37
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ma 様 相談ありがとうございます。

精神科の先生は、心理のプロですから、あなたの受け答えの文言だけでなく、仕草・表情・姿勢にも気を配り診断をするはずです。ですので、あなたが「手当や給付金などを受け取る資格はなかったのではないか?」と不安に思う必要はありません。手当等の受給に感謝で、それでいいのです。
また、自分ことを怠惰だとか、自分が悪いとか思う必要はありません。
人は辛い時や苦しい時、脅威を感じます。そうすると闘うとか、逃走するとか、凍りついたりします。自分が悪いと自分を責めたり自己嫌悪になるのは、逃走と凍りつきの反応です。とりあえず自分の心身を守るために脳がそういう信号を出すのです。ですので、あなたが仕事や人間関係で、悩み不安になって自分を責めたりするのはあなたの自身のせいではなく、脳の本能的な反応です。あなたは悪くないのです。
でも、脅威の感情に苛まれたままでは、自己嫌悪などから逃れられませんから、癒しや安心安全を感じるように、変えていかないといけません。

さて、ここからがスタートです。
これまでは、あなた自身のせいでもないし、あなたに責任はありません。あなたは悪くありません。そう常々思ってください。
そして、自分を癒し、安心安全を感じることをしてください。心のざわめきを鎮め、心を穏やかにして、心が温まることをしてください。つまり優しさや思いやりを感じることが大切です。
あなたがこれまで、一番優しさを感じた時はどんな時でしたか?その時を思い出し、その時の感情や身体の感覚を思い出してみましょう。こうして癒しや思いやりを感じることで、安心感を育てて、脅威の感情から変化を起こすことで、徐々にポジティブに行動できるようになるでしょう。さらに安心感を得るために救いを求めていいのです。
さらに、マインドフルネスの瞑想や慈悲の瞑想などが良い方法と思いますので、一人で考え込まずにどうぞいろいろとご相談ください。一礼

追伸:お礼メッセージありがとうございました。「闘う」は「怒り」の感情を沸き立たせます。安心感を求めていいことが難解で説明不足ですいません。詳しくはコンパッション(思いやり)を育むことになります。メールでもいただければ字数制限を気にせずお話しいたします。御検討ください。ご縁に感謝申し上げます。再礼
再度ありがとうございました。遠慮せずにメールでどうぞ。

2026年4月4日 21:42
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有り難し
おきもち

個別相談可能
お寺の法務(法事などのご先祖の供養)と 唱題行・写経・法話・カウンセリング、コーチングなどで活動しています。 メールでの相談も受け付けています。hasunohaの回答後のフォローアップはメールで致しておりますので、メールでお問い合わせください。また面接でのカウンセリングセラピーをご希望の方もメールで連絡をお願いします。 amrita.offcourse@docomo.ne.jp へどうぞ。
昼間は、ほとんど法務に出ておりますので、夜の応対になります。 できれば、事前にメールで相談内容を教えていただければ、スムーズなセッションになるように思います。 プライバシー、相談内容の守秘義務は遵守いたします。

あなたが皆さんと一緒に健やかに生きるように

拝読させて頂きました。
あなたが病気を抱えて傷病手当金や保険会社から就労不能給付金を受け取ってしまったことは悪かったのではないかととても不安に思っているのですね、自分はしっかりと話さなかったのではないかと思ってしまい自分を責めてしまっているのですね。詳細なあなたのことや症状や専門医のことはわからないですけれど、あなたのその苦しいお気持ち心よりお察しします。

そのような状況にあるならば自分のことをうまく伝えることはなかなか難しいでしょうし、自分から率先してお伝えするのもできないと思います。専門医は多くの患者さんを診察なさってきて診断なさって来ておられるでしょう。ですからあなたの状態についてもしっかりと診察なさってご判断しておられると思います。どうか決してご自分のことを責めたりおとしめないで下さいね。

あなたがそのような制度を利用することはしっかりと決められている中でのことです。どうかご安心なさって下さい。

そしてあなた自身の心身をいたわり癒してあげて下さい、沢山の方々から支えられて生きていくことができるのです。あなたはかけがえのない尊い存在です。あなたは決して消えることはないのです、あなたはこれからも多くのご縁の中で恵まれながら生きていくことができるのです。

あなたがこれからも沢山の方々とご縁につながりながら毎日を穏やかに生きることできますように、あなたの心身が回復なさっていき健やかに皆さんと一緒に充実して生きることできますように切に祈っております。
そしてあなたを心より応援させて頂きます。至心合掌

2026年4月5日 11:22
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有り難し
おきもち

個別相談可能
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラーメンが有名な処です。)これからも皆様のご質問に対して誠心誠意回答させて頂きたいと存じます。まだまだ修行中の身ですので至らぬ点あろうかとは存じますが共に精進して参りましょうね。お寺にもお気軽に遊びに来てください。
ご相談は朝から午後5時まで受け付けております。 人間関係や恋愛のお悩み、自殺願望、大切な方の死に直面した苦しみなど、どんな内容でも構いません。一人で抱え込まずに、ぜひお辛いお気持ちを吐き出してください。 仏様や神様、ご先祖様は、いつもあなたを見守り、聞いてくださっています。あなたが少しでも穏やかな気持ちになれるお手伝いをさせていただきます。

質問者からのお礼

釋 孝修 さま
ご回答ありがとうございます。客観的に見ても、今回の件は「受給させていただいたことを有難く感じ、感謝することでよい」とのことで、少し心が軽くなった気がします。ありがとうございます。また、脅威への脳の本能的反応として逃走と凍りつきが現れ、自責や自己嫌悪につながる、それを安心安全に変化することが大事とのこと。このことについては難解に感じてしまいました。実際に罪を犯した人でも安心感を求めていいのでしょうか…逃走や凍りつきではなく「闘う」を選ぶことが一番いいのでしょうか?「闘う」とはどういうことなのか等またの機会に質問させていただければと存じます。
文字制限もあり初めての相談で、相談内容もうまく説明できたのか?言葉足らずではないか?などありますが、今後の在り方にも触れていただき、ご丁寧かつ心のこもったご回答を頂戴し感謝申し上げます。ありがとうございました。

釋 孝修さま
追伸もいただきありがとうございます。
適切な診断結果や治療を受けるのに私が不適切であったのではないか?私がもっと自分のことを話せていたら、別の精神的病気を私は持っていそうなことや大人になってからの自分の生活状況などを伝えられていたら、治療のアプローチ方法も違っただろうし、それにより早期に回復し、その分の手当金等を受給しなくてもいい状態になっていたかもしれない…でもその時はそれが私の精一杯だったり、物事を深く考えられなくなったりしていたんだとも思いますが、どうにでもなれとか、どうでもよくなってしまっていたりした時もあったと思います…これも病気の症状なのかと思われますが、もし、これがただの怠けや甘えだとしたら余計に私は手当等を受け取る資格がなかったのではないか悪いことをしてしまっていたのではないか?…今日もそんな考えが浮かんできます…
最近、強迫性障害、加害恐怖という病気を改めて知る機会があり、私はそれに当てはまる気がしています。そのため、過去のことを今更になって悪いことをしたのではと考えることがそもそもこの病気の症状というだけなのか?(今更という言葉で片付けられるとは思えないのですが…)
それでも、正すべきことがあるのなら正し、過ちがあったのなら謝る、償う、そういったことをするのが正しい生き方なのではないか?とも考えたりもして自分がどうすべきか?手当金等を返金したいと思う気持ちは病気がそう考えさせてるだけで、返金をするのはしなくてよくてやりすぎなのか?何が人として正しいのか…そんなことを考えてしまいます。
とりあえず一旦結論を出し、別のことをして考えないようにしよう、考えすぎないようにしようとしています。
アドバイスを頂戴し、少し気持ちを落ち着かせることはできてきたのですが、まだ完全には自責から抜けられていません…申し訳ないです。

闘うことや安心感を求めていいこと、思いやりを育むことについてはメールにてご相談させていただくことになるかもしれません。ご提案いただき、ありがとうございます。その際はお手数おかけ致しますが、どうぞ宜しくお願い致します。
こちらこそ御縁に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

Kousyo Kuuyo Azumaさま
ご回答いただきありがとうございます。
少し気持ちが軽くなりました。ありがとうございます。
沢山の方々に支えられて生きていることができる…そうですよね…感謝です…
沢山の方々とのご縁やつながりに感謝し続けたいと思いました。そして、私も恩返しができるようにしたいです。
お祈り、そして、応援もありがとうございます。
Kousyo Kuuyo Azumaさまとのご縁にも感謝申し上げます。ありがとうございました。

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