消えてしまいたいと思い詰めてしまうことも回答受付中
数年前、会社からの指示でメンタルクリニックに行くことになりました。その結果、適応障害と診断され休職しながら通院し、退職後も通院していました。傷病手当金や保険会社から就労不能給付金を受け取らせていただいてた時期もあります。当時は会社などから勧められるままにそれらを手続きし、有り難く頂戴していました。しかし、数年経った今、私は制度を利用する資格はなかったのでは?不正なことをしてしまったのでは?という考えに苛まれています…私は本当は早くに復職できるほど回復していたのではないか?
病院で受け答えの際うまく言葉にできず曖昧な言葉を使ってしまったり、解釈を間違えて受け答えしてしまったりしていたかも?とか、聞かれたことだけに答えて、私が自主的に回復の兆しだったかもしれないこと(お医者さんからみたらもしかしたら悪化の兆しなのかはわかりませんが)を話さなかったこと等で、お医者さんが誤診してしまうような回答になっていたのではないか?まだ病気であり、休む必要がある人だ、と。その時は自分のなかでそのような受け答えしかできなかったのだとしても、手当や給付金などを受け取る資格はなかったのではないか?と不安になって、どうするべきかなど考えていると心臓あたりがズキズキします…療養中でも自分にできてる事柄があれば、医師から質問されなくても自分から話すべきだったのではないか?それができていれば手当てなどは早々に打ち切られていたのではないか?私は不当に受給してしまっていた?それらを返金するべきなのでは?でも、精神科の先生からしたら、患者さんがうまく話せなかったり、間違った解釈をして返答する可能性も織り込み済みなのでしょうか。患者さんの答えだけでなく、患者さんの様子やその他なにかを含めてトータルで診断するのだとしたら、私はプロの診断を信じてよく、手当等の受給に感謝する、それでいいのでしょうか?でも、これは自分を正当化したいだけなのか?やっぱり当時の病院に連絡して確認するのがいいのか?など…色々考えすぎて辛くなったり、他の問題も抱えており、早く楽になりたいと涙が出てしまったりしてました…
悪いことをしたかもしれないのに辛いと言ったり、救いを求めるのは間違ってるのかもしれないですし、混乱したままで長文乱文で申し訳ありません…それでも、もし何かアドバイスを頂けましたら幸いです…よろしくお願い致します…
お坊さんからの回答 1件
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ma 様 相談ありがとうございます。
精神科の先生は、心理のプロですから、あなたの受け答えの文言だけでなく、仕草・表情・姿勢にも気を配り診断をするはずです。ですので、あなたが「手当や給付金などを受け取る資格はなかったのではないか?」と不安に思う必要はありません。手当等の受給に感謝で、それでいいのです。
また、自分ことを怠惰だとか、自分が悪いとか思う必要はありません。
人は辛い時や苦しい時、脅威を感じます。そうすると闘うとか、逃走するとか、凍りついたりします。自分が悪いと自分を責めたり自己嫌悪になるのは、逃走と凍りつきの反応です。とりあえず自分の心身を守るために脳がそういう信号を出すのです。ですので、あなたが仕事や人間関係で、悩み不安になって自分を責めたりするのはあなたの自身のせいではなく、脳の本能的な反応です。あなたは悪くないのです。
でも、脅威の感情に苛まれたままでは、自己嫌悪などから逃れられませんから、癒しや安心安全を感じるように、変えていかないといけません。
さて、ここからがスタートです。
これまでは、あなた自身のせいでもないし、あなたに責任はありません。あなたは悪くありません。そう常々思ってください。
そして、自分を癒し、安心安全を感じることをしてください。心のざわめきを鎮め、心を穏やかにして、心が温まることをしてください。つまり優しさや思いやりを感じることが大切です。
あなたがこれまで、一番優しさを感じた時はどんな時でしたか?その時を思い出し、その時の感情や身体の感覚を思い出してみましょう。こうして癒しや思いやりを感じることで、安心感を育てて、脅威の感情から変化を起こすことで、徐々にポジティブに行動できるようになるでしょう。さらに安心感を得るために救いを求めていいのです。
さらに、マインドフルネスの瞑想や慈悲の瞑想などが良い方法と思いますので、一人で考え込まずにどうぞいろいろとご相談ください。一礼
質問者からのお礼
釋 孝修 さま
ご回答ありがとうございます。客観的に見ても、今回の件は「受給させていただいたことを有難く感じ、感謝することでよい」とのことで、少し心が軽くなった気がします。ありがとうございます。また、脅威への脳の本能的反応として逃走と凍りつきが現れ、自責や自己嫌悪につながる、それを安心安全に変化することが大事とのこと。このことについては難解に感じてしまいました。実際に罪を犯した人でも安心感を求めていいのでしょうか…逃走や凍りつきではなく「闘う」を選ぶことが一番いいのでしょうか?「闘う」とはどういうことなのか等またの機会に質問させていただければと存じます。
文字制限もあり初めての相談で、相談内容もうまく説明できたのか?言葉足らずではないか?などありますが、今後の在り方にも触れていただき、ご丁寧かつ心のこもったご回答を頂戴し感謝申し上げます。ありがとうございました。



昼間は、ほとんど法務に出ておりますので、夜の応対になります。
できれば、事前にメールで相談内容を教えていただければ、スムーズなセッションになるように思います。
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