人徳がなくて自分は滅びるのでは
そろそろ還暦に手が届く年齢となりました。専門的なことを活かせる仕事をしていられるのはありがたい限りですが、かつては正社員の職場をリストラで追われ、すでに10年以上、もとの立場へ返り咲くことができずにおります。たぶん今後も難しいことでしょう。そんな私を「人徳なし」と指弾した人(故人,仏縁は深厚なお方でした)もおられました。私自身は、「自分には単に運がないだけで、人徳がないとまでは言えないのではないか」という思いもございますが、その反面、本当に人徳がなくて、このまま老いへ向けて没落の道を突き進むのではないかという危惧懸念もございます。運と人徳との関係は、本当に捉えどころがありませんが、それでも何か腑に落ちるお言葉を頂ければ幸甚至極です。思えば数年来、いつも似たような質問を繰り返し、心苦しい限りなのですが、そのつど力強いお言葉を回答僧諸師から賜り、少しずつですが、しだいに元気になりつつあります。ありがとうございます。
お坊さんからの回答 4件
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自分が歩いてきた道を誇ったらいい。これからも自分の道を信じて
リストラも社会情勢の影響を受けたからではないでしょうか。労働者側に落ち度がなくても、企業の維持存続のために人員整理が避けられない財務状況であったことなど、時代の渦に飲み込まれてしまったのかもしれません。
どの業界や職種も激変する中、スキルや専門性は、あなた自身が築いてこられた力。素晴らしいことですよ。
あなたの何を知って、指弾する立場にいるのでしょうかね。残念な人たちですね。
人徳は、肩書きや数などではありません。あなたの魅力を、どれだけ知っていて、判断しているのでしょうか。
私の身近には、名もなき人でありながら、人々に寄り添い、手を携えて生きておられる方々がいらっしゃいます。そのお人柄は、とてもあたたかく、笑顔を見るだけでホッとするのです。私の両親や家族、師、友人など、私を支えてくださる大事な人であり、尊敬すべき存在です。私もそうでありたいと、いつも学んでいます。
人徳は、他人が 他人目線で判断していること。そんなことが重要だとは思いませんよ。あなたがこうして頑張ってこられたこと、ハスノハでの縁から、丁寧に生きておられる人だと感じております。
自分が歩いてきた道を誇ったらいいのですし、これからもあなたの道を信じていきませんか。私たちも、あなたと共に。こうして繋がっていることを喜んでまいりますね。
仏教で大事なのは今をどう生きるか
あなたの今回のご相談、そして過去のご相談を拝見すると、「人徳」にこだわっていらっしゃるようですが、私がこれまでに学んだ仏教の教えの中に「人徳」という言葉は出てきません。
仏教で大切なのは、今現在、どのように生きているかというだけです。
では、どういう人が幸運に恵まれるのか。
お釈迦様は善生経の中で次のように語っています。
「学識あり、戒めを身に備え、柔和で、才智あり、謙虚で、控えめの人」
「勇敢で怠ることなく、逆境に陥ってもたじろがず、行いを乱さず、聡明である人」
「人々をよくまとめ、友をつくり、寛大で、もの惜しみをせず、順応して導く人」
──かくのごとき人は名声を得る。
「施与と、親愛の言葉を語ること、この世で人のために尽くすこと、あれこれの事柄について適当に協同すること」
──賢者はこれらの愛護をよく観察するが故に偉大となり、称賛を博する。
私はこの中で一つだけを挙げるとすれば、「この世で人のために尽くすこと」に尽きると思っています。
あなたの現在の仕事が誰かの幸せのために役立っているのなら、それで十二分でしょう。
自らを灯火として、一歩一歩を確かに歩んでいくことです。
ご相談ありがとうございます。長年のご苦労のなか、ご自身の専門性を活かして実直に歩んでこられたこと、それ自体が尊いお姿です。
仏教において「徳」とは、世俗的な地位や富、名誉を築くことではありません。それらはむしろ、移ろいゆく「運」の善し悪しに左右されるものです。真の「人徳」とは、どのような状況にあっても感謝を忘れず、自らを律し、他者を思いやる心に宿ります。
あなたを「人徳なし」と指弾した方は、単にご自身の狭い尺度であなたを測ったに過ぎません。仏縁が深い方であったとしても、その言葉があなたを縛り続ける必要はないのです。現にあなたは、「仕事をしていられるのはありがたい」と深い感謝の念を持たれています。その謙虚な心が、すでに大いなる「徳」の証明にほかなりません。
「自灯明(じとうみょう)」というお釈迦様の言葉があります。他者の評価に惑わされず、自らを灯火として、一歩一歩を確かに歩んでいくことです。あなたには長年培った確かな歩みがあります。没落など決していたしません。どうぞご自身を信じ、今日という日を活き活きとお過ごしください。心より応援しております。
拝
縁起寺 釋聴法
心より応援させて頂きます
拝読させて頂きました。
あなたはご自分のことを人徳がないと思うのですね。詳細なあなたのことや今までの人生はわからないですけれども、あなたが迷っておられることとても伝わってきます。あなたのお気持ち心よりお察しします。
運と徳について直接的につながるかどうかはわかりません。私達には計り知ることのできないことだと思います。
とはいえどやはり善いことを日々考えて善い言葉を使い善い行いをなさっていくことが徳につながり、自ずと機運も増してくるのではないかと思います。
仏教の教えは、あらゆる悪いことをしないようにすること、あらゆる善いことを進んで行うこと、自分自身を省みて心清らかにすること、それがあまたの仏様の教えです。
あなた自身いかがでしょう。あなた自身を省みてみてこれから善きことを日々心がけてみてはいかがでしょうか。
あなたが自らを清めて進んで善いことをなさっていきますように徳を積まれていきますように、あなたがこれから善きご縁に恵まれて心から満たされて豊かな幸せな人生を生きることできますように切に仏様神様ご先祖様にお祈りさせて頂きます。至心合掌
そしてあなたを心より応援させて頂きます。
質問者からのお礼
井上大道先生:
心が潤う『善生経』からの御引用の数々、誠にありがとうございます。本当に潤います。そして、「あなたの現在の仕事が誰かの幸せのために役立っているのなら、それで十二分でしょう」というお言葉には、おやさしさの中にも大喝一声を頂いたような思いでございます。誠にありがとうございます。迷いの雲がからっと晴れ渡るようです。ありがとうございます。
釋聴法先生:
ここでは詳しく書けませんが、そのお方は知る人ぞ知る仏教者なので、お言葉にもいわゆる千鈞の重みがあります。それで、言われた言葉「君は人徳ないなぁ」が、まるであの孫悟空の頭部に装着された金属製の輪のような感じで、毎日私を束縛していた、というのが偽らざる感慨でございました。解放してくださいまして、誠にありがとうございます。幾重にも御礼申し上げるばかりです。どうか温かくお見守りください。
中田三重先生:
久しきにわたり、いつもおやさしい、いつまでも心を支えてくれる御言葉の数々を賜り、誠にありがとうございます。ことこの悩みに関して、先生からお励まし頂くのは今回が初めてかと存じます。いつもながらの懇切丁寧な御教導、誠にありがとうございます。人徳という目に見えないものが一体何なのか、いくら考えても愚鈍な自分にはなかなか答えの出ない問題に悩まされてはや幾年。先生の仰せにもある「時代の渦に飲み込まれてしまった」ということを、自己の心を護る盾としてこれから末永く使わせて頂く所存でございます。これでもう、このうえ自分で自分を責め立てることもなくなるものと信じております。ありがとうございます。
Kousyo Kuuyo Azuma 上人:
心温まる、そして心の奥底にまで沁みとおる励ましのお言葉、誠にありがとうございます。いただいた応援に背かぬよう、励んで参ります。以前にも似たような質問をした際、懇切なお言葉を賜りましたこと、重ねて心より御礼申し上げます。あれから1年以上、どんな不徳な者をさえも救ってくださる阿弥陀さまのお力を信じて参りました。今後もその所存であります。引き続き温かくお見守りくださいませ。



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言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )