因果応報で分からない部分がある回答受付中
因果応報は三世を貫くと仏教で教えられてますが例えば過去世で悪さをした報いが今生で帰ってきた時、具体例を出すなら例えば過去世(前世或いは前前世或いは前前前前世、、、、)でイジメをしてた人間が今生でその報いが同じイジメという形で返ってきた場合、また過去世で殺人事件を起こした人間がまた同じ人間界に人間として生を受けた時その報いが殺人事件に巻き込まれるという形で返ってきた場合など一般的に受け入れ難い問題が出てきます。
自分の理解不足の可能性もあるので教えて頂きたいのですが例に出した様な場合の因果応報もあるのでしょうか?
お坊さんからの回答 2件
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「未来に向けて何をすべきか」。
はじめまして。
浩文(こうぶん)と申します。
「因果応報」というと、
過去のことをしきりに話題にしがちですが、
基本的には「未来に向けてどうすべきか」ということを
念頭に置いているんではないかと思います。
すなわち「過去と未来をつなぐもの」ですね。
”原因と結果”という考え方で
未来に必然的に起こりうることを意識しているのだろうと思われます。
私たちは今起きてしまった悪いことを
過去に向けて原因を探しがちですが、本当にそれが正しいかどうか分からないわけです。
分からないけれど、
例えばいじめをしている人間を罰したとしても
いじめをする原因を無くさない限り、いじめはなくなりませんね。
テロの問題もそうで、テロを生む原因を無くさない限りテロは無くならない、と。
そう考えたとき
次に私たちがやるべきことが見えてくる。
未来が明けてくるのです。
起きているすべての物事を因果応報で管理できるわけではないですし
各々、個人の行いがそのまま個人に報いる、というわけでもないでしょう。
偶然事件に巻き込まれてしまった、などは物事を必然的に考えようとする因果応報の観点にはそぐわないケースもあると思うかもしれません。
でもいじめや暴力をふるう人物などはいわば意識的にやっているわけで
その禍根が来世に影響するだろうということ。
過去の出来事になにか原因があるのだろうということ。
そんなふうにして因果応報的にとらえることは可能だと
私は思います。
すべては、投稿者様がいじめや殺人など世の諸問題をみた場合に、
「未来に向けて何をすべきか」という観点を持ったとき。
すなわちその問題の「過去」と「未来」をご自分なりに引き受けたときのみ、
「因果応報」が立ち現れてくるのではないでしょうか。
ご参考いただければ幸いです。
南無釈迦牟尼仏 合掌
そういうこともあるでしょうね。でも私たちには前世のことなど分かりませんから、悪いことに巻き込まれた時はどう考えてどう行動したら乗り越えていけるのか、悪いことから離れられるのかということを重視したらいいと思いますよ。


