友達とは
過去、こちらでも投稿した、自殺願望のある友人を、縁を切った(3、4年前)ぶりに駅で見かけました。それをきっかけに日記を書いていると、8年程前に自殺した、高校時代の友人に対し、自分の本音がまだあることに気がつきました。
高校時代、彼女のTwitterの裏垢をクラスメイトから見せられたことがありました。
そこには「学校に友達がいない」という書き込みが沢山ありました。
わたしはショックを受けましたが、彼女は当時、学校を休みがちになっていたので
理由があるのだろう、彼女から話す時まで、何事もなかったかのように接しようと思い、そう行動していました。
そして卒業し、一年程経ったとき、その子が自殺したとききました。
わたしはその子が自殺する前日に、自分も上京したので会おう!と連絡しており、そのメッセージが既読になることはありませんでした。
日記を書いていて、今までこの出来事を丁寧に思い出そうと向き合えたことがなかったことに気がつきました。
わたしは、その子に対して「自分の責任だ」と思い込むことで、本音から逃げていたことを知りました。
本当は友達がいないという書き込みを見たとき「裏切られた」と感じた。
だけど、その子のことを考えると何も言えなかった。
自殺したときも「何で何も話してくれなかったんだ」と怒っていた。
いつだってわたしは友達じゃないんだね、という思いだった。
でも亡くなった人に対してそんなことを思うのは不謹慎だと思って感情を抑圧した。
ずっとその子に対しての怒りを抑圧していたことに気がついたんです。
そして初めて「あの出来事はわたしを傷つけた」と認識しました。
そうすると、不思議と一緒にいた期間を
思い出したくない辛い出来事ではなく
ただ、自分に起こった過去として捉えられるようになりました。
その子が生きていれば、やっとその子自身とわたし自身で、本音と本音の会話ができるのになって思いました。
不謹慎なことかもしれませんが、嬉しく思ったんです。
やっと分かり合えた、と思えたのです。
相手がもうこの世に存在していなくても感じられることに感動しました。
縁を切った友人に感謝の気持ちが芽生えました。やっとスッキリできた、思い出すきっかけをくれてありがとうと素直に思いました。
毎回、こちらに投稿するときは
わたしが大きく変化する前触れのように感じています。感謝しております。
こちらのサイトを初めて見つけた頃は、悩みを相談したい気持ちが強く、書く文章にも感情がよく表れていたと思います。 それから数年が経ち、多くの素敵なご縁に恵まれ、たくさんの学びを得ました。その中で、自分が「生きている」と実感できる瞬間が増えたように感じています。過去がネガティブだったということではなく、自分の本当の気持ちと繋がる感覚が増えたのです。 この数年で最も大きな変化は、自分自身を愛おしいと思えるようになったことでした。そして、自分や周囲の人、生き物、植物、空気など、あらゆる存在や現象をフラットな視点で見つめ、感じられるようになりました。 私にとって「感じる」とは言葉では説明しきれない感覚です。自分以外のあらゆるものから何かを受け取り、その積み重ねが自分自身を知ることに繋がっている気がします。周囲のすべてが自分へのヒントを与えてくれているように思うのです。
本当の自分自身とは
お坊さんからの回答 4件
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多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
救われていきますように。みんなが精一杯に生きてきたのだからね
誰かが残したメッセージを、どう捉えるのか。
友達って、何なのだろうね…
まさに、友達の「問い」ですね。
私は日頃、希死念慮や自死問題の支援をしています。家族や友達だからわかってもらえるのかと言われたら、難しいよね。「わかってほしい」ことが何なのか。相手に届いていなかったら、気づけない。どう届けるのか。話せたのか。察するのか。そのSOSが分かりづらいこともあるのです。また気づけても、相手が何を望んでいるのか。そっと見守ってほしいのか。話せるタイミングまで何も言わずにいてほしいのか。どうしたのと聞くのを待っているのか。相手との距離によっては、友達だから言えなかったという場合もあるのです。
私のような相談員だから、第三者だから、守秘の中で、やっと言えることもあるのです。だから、悩みを打ち明けるって、とても難しいし、勇気もいることなのですよね。
あなたが、「友達がいない」と目にしたときに、残念に思ったのは、あなたはちゃんと友達だと思っていたからだよね。だから、相手は私を友達として見てくれていなかったのだと悲しかったのだよね。
今なら、わかるよね。言えなかったのだろうなと。
でも打ち明けてくれたら、何か力になれたのかも。なれたのかな?それでも話を聞いて、一緒に悩むことはできただろうと思うと…
自死という知らせに、なんで?ごめんねって。悲しくて、自分を責めたのよね。やっぱり生きていてほしかったのよね。
あの時、また違った道(方法)があれば、伝え合えていたのかも。わかり合えていたのかも。生きていてくれたらって。
出来事や経験、辛さや悲しみ、傷つきは、あの時 引き出しにしまい。今 引き出して見つめていくことができたのね。あなたの考えや感情を、整理することができたのですね。
不思議ね。ハスノハで、こうして時を経て、亡き友人を語り、私たちとも分かち合っている。これも供養の形。あなたの人生の一時に、私も思い巡らせることができました。
救われていきますように。みんなが、精一杯に生きてきたのだからね。
合掌
お友達は、あなたに人生の難しさを身をもって教えてくれた
ご相談ありがとうございます。過去の辛い記憶を紐解き、ご自身の心の奥底にあった本当の感情と丁寧に向き合われましたね。長い間、お一人で本当によく頑張ってこられました。
大切なお友達が自死されたという事実は、当時どれほどお辛い経験だったことでしょう。「自分の責任だ」と自責の念を抱えてこられたお気持ち、痛いほど伝わります。しかし、生きている私たちが、たとえ亡くなった方に対してであっても「なぜ話してくれなかったのか」「裏切られた」と怒りの感情を抱くことは、決して不謹慎なことではありません。「あの出来事は私を傷つけたのだ」と、ご自身の受けた痛みを事実として率直に認められたことは、大変素晴らしい気づきです。
当時、お友達の心に寄り添えなかったことは、仏教でいう「ご縁」や「めぐり合わせ」によるものです。相談者様が責任を感じる必要は全くありません。
時を経て抑圧していた感情が解放され、お友達への感謝の気持ちが芽生えたのですね。相手がこの世にいなくても、本音と本音で対話ができるのだという尊い体験をされました。お友達は、あなたに人生の難しさを身をもって教えてくれたのでしょう。今は仏様となり、あなたを見守ってくださっています。
どうか折に触れてそっと手を合わせ、感謝を伝えてみてください。そして、ご縁あるご自身の尊い「今」を、精一杯生きていかれることを心より願っております。
拝
縁起寺 釋聴法
友達だったからこそ
貴重な体験談をありがとうございます。
文章を読ませていただきながら、一つ感じたことがありました。
あなたと私は同じ景色を見ているようでいて、
実はまったく違う世界を生きています。
同じ出来事を経験しても、
受け取り方は違う。
同じ言葉を聞いても、感じ方は違う。
それぞれが、自分だけの世界を持って生きているのだと思います。
そして悩みとは、自分の世界と、
相手の世界との間にあるズレを感じたときに生まれるものではないでしょうか。
ご友人は、「友達がいない」と感じていた。
一方で、よしえ様は、友達として接していた。
ここに大きなズレがありました。
だから、「なぜ話してくれなかったの?」
という怒りも生まれたのでしょう。
「私は友達ではなかったの?」
という悲しみも生まれたのでしょう。
けれど今回、日記を書きながら、
そのズレをもう一度見つめ直されましたね。
そして、ご友人の世界と、ご自身の世界を、
今の自分なりに解釈し直すことができた。
だから不思議と、苦しかった出来事が、
ただの過去へと変わっていったのではないでしょうか。
私には、
相手の世界と自分の世界のズレを、
自分なりに補い、理解しようとしたことで、
心の中で一つの区切りがついたように見えました。
本当に分かり合えたかどうかは分かりません。
それはもう誰にも確かめられません。
けれど、よしえ様の中で、
ご友人との関係が新しい形で結び直されたことは確かなように思います。
人はどこかの時点で必ず亡くなります。
しかし、ご縁まで消えるわけではありません。
時には何年も経ってから、
そのご縁が自分を成長させてくれることもあります。
今回の出来事は、
ご友人との最後の会話だったのかもしれませんね。
これからもご縁を大切になさって下さい
拝読させて頂きました。
あなたのその友人への思いを読ませて頂きました。あなたがその友人のことをとても大切になさっていてわかり合いたいと思っていることも感じます。あなたのお気持ち心より受け止めさせて頂きます。
あなたはその子が自死してしまったのでご自分の気持ちを押し殺してしまっていたのですね。そして今ようやくあなた自身の気持ちに気づいて向き合うようになったのですね。
そしてその子との関係にも向き合うことができるようになり、その子と分かり合えるように感じられるようになったのですね。
あなたの中で一つその子との関係が深まっていったのかと思います。きっとあなたの思いもその子に届いたのだと思います。
死があったとしても人と人とのご縁はつながっていくものですね。
あなたにとってその子は今までもこれからもずっと大切ね人でしょうし、その子にとってあなたはこれからもずっと大切な人でしょう。どうかこれからもずっとその子とのご縁を大切になさって下さいね。
あなたがこれからもずっとその子とのご縁を大切になさり思いを分かち合い、ご縁を深めていくことできますように、あなたがこれからも沢山の方々とのご縁に恵まれて豊かな人生を生きることできますように、あなたが人として健やかにご成長なさっていき皆さんとお互いを思いやり幸せを分かち合い生きることできますように切に祈っております。
そしてあなたを心より応援させて頂きます。
質問者からのお礼
ご回答いただきありがとうございます。
読んでいて、自然と涙が出ていました。
相手の世界とわたしの世界のズレで
たまに1人きりになろうと思ったりもしてしまいます。
でも、それでもわたしは
自分以外の誰かと通じ合えたと思える時
それは本当にそうかはわからないですが
自分自身は心からそう思える時、
その時がすごく好きなんですよね。
わたしだけはわたしの真実をいつだって知っている
と近頃は思っています。
日々は答え合わせをしているような気がするんです。
こう思えたきっかけをくれた友人たちや
ご回答くださった皆様に感謝しています。
これからも
ご縁を大切に
周りにいる人を大切にしていきたいと、改めて思いました。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )