因果応報について回答受付中
こんにちは、アドバイスを頂きたく投稿させていただきます。
詳しく説明し難いのですが、先日家族から裏切り行為があり、ひどく傷つきました。
しばらくの間は家族に対する失望や落胆、責める気持ちと、裏切られた自分自身に対する恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。
こんなに傷ついているのだから、その家族にはそれ相応の天罰、しっぺ返しがくるべきだと、沢山調べたり、Youtubeを見ていると、因果応報の法則とは、天罰というよりは、良い種を蒔けば良き結果が、悪い種を蒔けば悪い結果があるというものであることを理解しました。(仏教の考えではこれはあっておりますでしょうか)
そこで、相手は悪い種を蒔いたので悪い結果が待っているのはそうとして、自分のことを振り返った時、果たして自分は日頃から良き種を蒔けているのだろうかと一度立ち止まって考えました。
すると私はここしばらく、家族への強い執着や干渉、感情に任せて強い、いうべきではない言葉を使ったり、職場の人の噂話を休憩中の話のネタにしたりと、私自身も悪い種を蒔き続けてきたと感じました。
裏切られたのは、今でも本当に悲しくて許せないですが、私自身、その怒りに身を任せる前に、自分はどうありたいのかを、考えてみたら、感情に振り回されるのではなく、もっと穏やかに落ち着いて、その時々を楽しんでいたいと思いました。
なので、できるだけ日々良い種を蒔いて過ごして行きたいと思いましたが、今決心しても、また日常のあらゆる感情のなかでかき消されてしまうと思います。今までもそうでした。
良い種を蒔こうという気持ちを忘れずにいられる方法はありますでしょうか。
またこれに関するおすすめの本等ありましたらぜひご紹介いただきたいです。
よろしくお願いします。
お坊さんからの回答 1件
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精進
ご相談ありがとうございます。
因果応報のご理解はその通りです。天罰ではなく、良い種には良い実が、悪い種には悪い実が実るというごく自然の道理であり、そう捉えられたのは正しいことです。
そのうえで、良い種を蒔くこと以上に大切なのは、良い土を育てることだと思います。どれほど良い種でも、荒れた土には根付かず、逆に土さえ整っていれば、多少粗い種でも育つからです。その土にあたるのが、日々の穏やかな心のあり方です。
ただ、この土づくりに一朝一夕の近道はありません。今日決意しても明日すぐに変わるものではなく、むしろ早く結果を求めるほど、うまくいかない自分に苛立ち、かえって土を荒らしてしまいます。ですから、気長に続けていく心構えが大切になります。
そう考えると、噂話や感情任せの言葉にも自然と目が向きます。「口は禍のもと」という言葉もあるように、何気ない一言が大事な土を大きく削ってしまうことがあります。逆に言えば、「今、この言葉は要るだろうか…」と一呼吸置く、それだけで十分な備えになるでしょう。
とはいえ、こうした心構えは必ず薄れていきます。それは意志が弱いからではなく、人の心とはそういうものだからです。
大切なのは、忘れたと気づいた時にまた立ち戻ってくることであり、気づけたこと自体が、土を耕す力がまだ働いている証です。歩みを止めることや後戻りも、道のりの一部だと思ってください。
そしてもう一つ、苦しくなった時に気持ちを吐き出せる先を持つことです。一人で抱え込むと、どんな決意も長くは保ちません。ここでもいいし、ご家族でも、信頼できるご友人でも構いません。
良い土作りには、水や風、日光、そして日々のお世話が必要不可欠ですからね。
裏切られた悲しみや許せない気持ちは、無理に消さなくて構いません。そのまま置いておいて良いのです。焦らず、ゆっくりとほぐしましょう。合掌。


