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震災を通じて、私たちにできることとは

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東日本大震災から2年が経ちました。世間では復興復興といつつも、政府はエネルギーの話に切り替え、しまいには増税を論じて、最近ではTPPの加入を急いでいます。義援復興金というお金も別のものに使われ、復興は進んでいるようで本当に苦しい人はまだまだいると思います。

ボランティアという大義名分のもと、出会いを求めて東北でお祭り騒ぎをする愚かな若者。節電を多いに利用して経費が浮いた企業。東京では対岸の火事のごとく、他人事でそれを利用して暗い街を何かのイベントと勘違いした若者が合コン騒ぎ。復興という名を利用し、なおかつ放射能汚染を無視して、購入して東北を助けようとなどとマスコミを動かす企業。それを正義のごとく振る舞い、プロパガンダ的に利用するマスコミ。海外では大きく問題に取り上げられている福島原発の汚染水の処理問題を全く報道しないマスコミと報道規制をする政府。

震災直後、雪の舞う瓦礫の前でお祈りをするお坊さんの写真がありました。家族が無事であるように祈る小ささな子の写真がありました。目の前で家族を亡くし泣き崩れる少女の写真がありました。

心が痛むなか、3.11を迎えて改めて考え、このような世の中で、私たちは何をするべきでしょうか。何ができるのでしょうか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

先ずは、心を寄せる事ですね。

弾切れリボルバー様。

私達は、被災地の方々に対して「心を寄せる事」だと思います。
其の一つが、各地で行われた3.11の三回忌法要でしょう。
どうぞ貴方も、被災地の方々に対して「心を寄せる事」を為さって頂けますようにと存じます。

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

忘れないこと

弾切れリボルバー様へ

震災以来人との関係、他者との関係について
改めて考えることが増えたことと思います。
その中で、コミュニティーの存在について
クローズアップされています。

私も被災地にて
法要をさせていただきました。
読経中、涙を流す人など真剣に向き合う姿を見て
大変感動し、今もこころに残っております。

今われわれすべきことは
その震災について忘れないということではないでしょうか。
人はなにかと忘れてしまう生き物。
実際に被災地の方々からは
その忘れない、覚えていてくれているということが嬉しいとの
言葉をいただいております。
その上でなにが自分にできるのか
自分はこれから何をすべきなのか
その道に進めばいいのではないでしょうか。

もうすでに気づいている人がその道に向かって歩んでいます。
                                合掌

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鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

真摯に向き合い続けること

弾切れリボルバー 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

東日本大震災後、皆それぞれにこの事態と大なり小なり真摯に向き合うことになったかとは存じます。しかし、時の流れは無情にも、現実の人間界における欲望・傲慢さ、愚かさといった煩悩がその真摯さを吹き飛ばしつつある中で、震災・原発事故を利用してまで欲望を満たそうとするあさましい所業が見受けられるようになっておりますのは、実に残念なることでございます・・

もちろん、この度の事態に限らず、このようなことは繰り返し繰り返し人間界において多々見受けられることでございます・・このような繰り返し(輪廻)を断つためには・・

拙生も、震災犠牲者の皆様方の三回忌ご供養を迎えた際に、失いつつあった拙いながらの真摯さを改めてほんの少し程度思い出したぐらいであり、誠に恥ずかしく存じております。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52120839.html

あの震災以来、拙生も仏教に携わらせて頂いている者として、では、いかにあるべきか、何ができるのか、何をすべきなのか、苦悩の中、いまだに明確な答えは出ておりません・・

震災以来、拙考致して参りましたことは、ブログ・ツイッターなどにて綴らせて頂いて参りました。下記がその一端となります。特に勝義方便メモ・シリーズは二年経った現在No.8が継続中となっております。

「大震災・空と縁起と」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52009321.html

「勝義方便メモ まとめ1-7」リンク先再掲
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52120961.html

二年間苦悩した結果が、いまだこのていたらくですから、そう簡単には明確な答えは出てこないでしょう・・しかし、この苦悩を通じて、少しずつながら今、何を成さねばならないのかがおぼろげながらに見えてきているようには存じております。この「Hasunoha」への参加もその一つの現れとなっているようには思う次第でございます。

今は、とにかく、忘れずに、風化させずにいつまでも真摯に向き合い続けるのが大切なことではないだろうかと存じております。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

「事件・犯罪・災害・戦争・コロナウィルス」問答一覧

危険だとわかっていて買い物に出ました

コロナ禍になり、ついに自分の地域にも感染者が出ました。 自分の周りにも濃厚接触者の人が出て来ましたが一人は陰性、もう一人の方は検査待ちといった状況です。 なのでどちらかに陽性であれば私は濃厚接触者ということになります。 そんな中友人に遊びの誘いを持ちかけられましたが自分の周りが少し危ないということで遊びは延期になりました。 その後自分は資格試験があり県内の街の方へ行くこととなりました。 その際に友人とは「危ないから試験終わったらどこにも寄らないで帰る」と話し、実際に試験が終わった際にもそうしようとしていました。 しかし自分は試験が終わった気の緩みから買い物だけなら…と街中の行きつけの店に入りマスクをずらした状態で化粧品のタッチアップを受けました。 その後楽しい気持ちのままにSNSにそのことを書きましたが、これを友人が見ていたらしく誰がと書いていたわけではありませんがSNSに「自分が誰かに移すとは思わなかったのか」「バカなのか?」と書き込んでいるのを見ました。 時間帯的にも重なるので間違いなく自分のことを指していると思いました。 怖くなりました。 嬉しさがあったとはいえ気が緩んで街中のお店に入ってしまったこと。それを友人も見ている場所に書き込んでしまったこと。もしかしたら自分も濃厚接触者となるかもしれないとわかっていたのに人が多いところに行ってしまったこと。 罪悪感を感じています。 あのまま試験が終わったあと、自分の立場を考えて帰ればよかったのに。 自分を庇うわけではありませんが手洗い消毒等の対策はとっていたものの、もしまわりの人に陽性反応が出たらということ。 状況が状況だけに後悔だけが浮かびます。周りの人達が無事であることを願うことしかできないです。

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コロナ鬱かもしれません

私は母親が大好きで会いたくて話したくて甘えたいのですが、母は基礎疾患があるので、自分がもしコロナウィルスを持っていてうつしてしまうのが恐くて会いに行けません。父にも姉にも姪っ子にも会いたいのですが、同じく恐くて会いに行くのが億劫になっており、もう半年以上会っていません。 私はとても敏感になってますが、周りの友人や彼氏は、コロナに気を付けてはいるけど、普通に飲みに行ったり旅行に行ったりしてるので、何で自分はこんな不安になってるんだろう、馬鹿らしいなと思ってしまいます。自分も気にしすぎず過ごせたら1番良いのですか、やっぱり会いに行くのは恐くて行けない、でも会いたくて堪らなくなり涙が止まりません。 仕事中もそのような事を考えてしまい涙が出てきて暫く職場に戻れませんでした。 友達や彼氏にこの気持ちを愚痴りたいと思いましたが、そもそもコロナをそこまで気に留めてない人に話しても理解してもらえずもっと苦しくなりそうだと思い相談できず、誰にこの気持ちをぶつけていいか分からず質問させて頂きました。 どうしたら周りの人と比較せず自分の考えに自信を持てますか?また家族に会えない寂しさをどうしたら埋めれますか? あと、不安症な性格はどうしたら治せますか?

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コロナ禍での心気症

こんにちは、只今コロナ禍の中就活をしている学生です。 1番気になってるのは身体のことなのですが、項目としては生き方を選択させていただきました。少し長くなるかもしれませんがお付き合いください。 4月に少し体調が悪く、コロナを患ったかもしれないという思考になり毎日朝起きれるのか、いつ死ぬのか、1ヶ月後にはいないと考えるようになりました。テレビの放送予定などを見るのも、その日生きているか不安だったぐらいです。 しかし5月後半から、自分はコロナではなく難病や重篤な病気にかかって弱っていってるのではないかと感じるようになりました。身体も変な症状は実際かなり起きているのです。ですが、複数の病院へ行っても異常が見つからず鬱ではないかと言われました。オンライン上でも、心気症(自分が重篤な病気に罹ってると囚われること)また身体表現症状だと説明されました。 それでもまだ何らかの症状が出たりするので、いつ死ぬのかと毎日ビクビクしながら生きています。まだ若いのにと涙が止まらない日もあります。 同居している家族には言えず(コロナも罹るのが怖いというよりは罹ったら親に責められるかもしれないという思いが強かったです。私が体調を崩したら母は私を責めるのでしんどくても言い出せません)4月から必死に恐怖を隠して生きています。 体調に関しては気になるところの部位が色々変わったりしていますが、毎日3食栄養のあるものを食べ、できるだけ寝ているので幸せなことですし感謝しています。 それでも死んでしまうのではないかと怖いのです。お医者様の言う通り精神的なものだったらいいのですが、、   この先どんな心で生きていったらいいのでしょうか?「死は怖くありません」とか言われても20歳前半でそれは受け止められないので、生き方を教えてください。 これまで、誰よりも運があったし毎日周りにも神様にも沢山感謝してきました。今も感謝はしていますが、恐怖に支配されすぎており、自分が自分じゃないようです。 部屋の掃除をしていたら、自分は死ぬからその前に掃除しているのでは?とか就活の日記を書いていたら、これが最後の日記と呼ばれるようになるのかも、とこんなことばかり考えてしまいます。 こんな私に喝をいれてくださいませんでしょうか。 長々とすみません、貴重なお時間頂戴いたしました。

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職場の人達が敵に見え、どん詰まりです。

10年以上自分の得意分野の音楽にかかわる仕事をしてきました。 数年前、職場の人からの対応で人間不信になりました。 さらに最近追い打ちをかけるようなことが職場内でありました。 涙も枯れるほど泣きどん底まで落ちた結果 「この人たちは私のことをどうでもいいと思っている。講師がトップでパート勤務の私はどうでもいい存在と思っている。例え音楽レベルで講師と同じかそれ以上の実力を持っていても、この人たちは結局役職で人を判断している。だったら私もこの人たちのことをどうでもいいと思うよう努めよう。でないとこれ以上は自分の身がもたない」と思うようになりました。 当然そんな歪んだ思考したくもありません。 でもそう思わなければやっていけなくて、ある時糸が切れました それ以来、勤務日数を減らせるだけ減らしイベント業務には一切参加しないようにしました。 こんなのでも続けている理由は新規のお客様が私の勧めで楽器を買ってくれたときの喜びが大きいからです。 でも外部からくるお客さんなんて物凄く少なく、ほとんど身内のみで成り立っている職場のため、その「身内」が敵ばかりで喜びである外部のお客さんがほとんどいない状況で、これ以上やっていけるのか悩んでいます。 働けるだけでも感謝しなければと意識を変えようと何度も何度もトライしてきました。 でもあの出来事はもう頭から消し去ることはできません。 私の捉え方に問題があるのかもしれませんが、10年以上経ってもそんな自分は結局変えられていません。 仕事にやりがいを感じて職場の人たちとも息がぴったりで上司にちやほやされ毎日やる気に漲っている人と会話しなければならないのが苦痛で苦痛でしかたありません。 さらに、例えばこつこつトイレ掃除をするパートさんはぞんざいに扱われ、人手不足だからとバイトでたまに臨時に使われる講師がちょっとはたきでその辺りをはたいただけで「よく働くねえ!」と褒める、そういう風潮にももう我慢できません。 そうするしかないから逃げることにしたのに、逃げたことを軽蔑されてるのも伝わってきます。 「方向性が定まらない時は一旦流れに任せましょう」という自己啓発の本を読みましたが、流れに任せて何年経過したことか…。 どん詰まり状態の扉を開くにはどうすれば良いでしょうか。 アドバイスを頂きたいです。よろしくお願いします。

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